添い寝は突然に
2022年5月添い寝は突然に ~ドキドキ実体化現象~
「っふぅ……」
風呂から上がった優馬は、まだ火照る体をそのままタオル一枚で包み、ベッドにダイブ。
ギシッ、と軋むベッドの音も、どこか心地いい。
濡れた髪が首筋を伝い、背中に残る熱が、じわりと布団に吸い込まれていく。
「……もう今日は何も考えんと寝る。うん。寝るしかない」
目を閉じると、全身から力が抜けていった。
職場の嫌味課長も、電車の痴漢冤罪ニュースも、風呂で鉢合わせした幽霊の裸も……全部、寝て忘れたい。
――が。
「……ん?」
隣の布団あたりで、モゾモゾと動く気配。
(……え?)
そして、ふわりと布団が持ち上がる。
「ちょっと。あんた、ひとりだけズルい」
耳元で、少し拗ねた声がした。
振り返ると、そこには――白いワンピース姿の美鈴が、ぷくっと頬をふくらませて立っていた。
「……え、ちょ、美鈴!? なんでこっち来とん!?」
「いや、“なんで”やないけん。私の寝る布団がないやん」
「え……あれ? ちゃぶ台の横に敷いとった布団は?」
「……さっき、座布団に化けて、転がってった」
「なんで勝手にポルターガイストしとるとぉぉぉ!!」
「文句ばっか言わんでよ。しょうがないけん、あんたのベッド借りるよ」
「ちょ、待っ――え!?え、来るん!?本当に入ってくるん!?」
ギシリ……。
遠慮ゼロで、美鈴が布団をめくって潜り込んできた。
しかも、ほんのり湿った肌が、実体化して触れてくる。
「い、いやいやいや、ちょっ……っ!待って!? え、いま実体あるの!? なんでそんなリアル!? 触感ありすぎぃぃ!!」
「時々ね。気分で“実体モード”なるとよ」
「気分でなるなあああ!!こっちの精神がもたんけん!!」
優馬は冷や汗だくだが、美鈴は至って平然。
ごろん、と仰向けになって天井を見上げながら、
ぽつりと、つぶやいた。
「……風呂あがりって、なんか心もゆるむっちゃね。生きてたときも、こうやって布団入ってたら、すぐ眠れてたのに」
「…………」
急に真面目なトーンに、優馬はドキッとする。
その横顔が、なんだか少し寂しそうに見えた。
「……寝れんと?」
「うん。実体化してると、なんか落ち着かんし。あんたが隣でゴロゴロしてると、気配感じて余計に眠れんし」
「俺のせいやんけっ!!」
「でも……」
美鈴は、そっと優馬の肩に触れる。
その指先は、確かに“温かかった”。
「なんかね。安心もするっちゃ。不思議やね」
優馬は言葉に詰まった。
その“温かさ”が、幽霊であるはずの美鈴から伝わってくるなんて――
「……じゃあさ、眠れるまで、こうしとく?」
「え?」
「お前が落ち着くまで。ここにいてやるってこと」
「……ふふ。じゃあ、お言葉に甘える」
ふんわりと、美鈴の頭が優馬の肩に寄りかかる。
体温が、鼓動が、距離が――全部近すぎて、優馬はまるで眠れなかった。
心の声:
『――これ、男子として試練すぎん?
ただでさえ幽霊と添い寝って非日常やのに、
相手がEカップって、もはや眠らせる気ないやろ……』
だがそのすぐ横で。
美鈴「……すぅ……」
優馬「寝るんかい!!」
かくして――
優馬の眠れぬ夜は、またひとつ増えたのであった。