映画館へ〜光子のドキドキ初デート。
【2034年 初夏・小学校の校庭】
青空の下、初夏の風が校庭を吹き抜ける。
砂ぼこりが舞い上がり、遠くでセミが鳴き始めていた。
体育の時間、体力測定の真っ最中。
短距離走、走り幅跳び、握力測定――
「はぁ…結構きついわ〜…」と息を切らす優子。
でも、その瞳は別の方向に引き寄せられていた。
スタートラインに立つ拓実。
汗に濡れた髪が額に貼りつき、腕を軽く回して準備運動をしている。
その姿を見ているうちに、優子の頬がふわっと熱くなる。
(あ…かっこいい…)
そんな優子の視線に、すかさず光子が気づいた。
「優子、今…拓実くん見てたやろ〜?」
ニヤリと口元を上げながら、ひそひそ声で突っ込む。
「べっ、別に見てないもん!」
慌てて否定する優子。
だが、その耳まで真っ赤な様子は隠しきれない。
光子は両手を腰に当て、わざと大げさに言った。
「ほらほら〜、顔が茹でダコやん。今にも湯気出そうやし!」
「ちょっと!やめてよ!」
優子は慌てて光子の口をふさごうとするが、
光子はひょいっとかわしてクスクス笑う。
測定の合間、ふたりのやりとりに近くのクラスメイトがくすっと笑い、
優子は余計に恥ずかしくなって、下を向いてしまう。
夏の始まりの陽射しの中、
優子の胸の奥で、誰にも言えない気持ちが小さく膨らんでいた――。
【校庭・体力測定の合間】
走り幅跳びの列に並んでいた優子の横に、いつの間にか拓実が立っていた。
「優子、握力何キロやった?」
ごく自然な声。
でも、その一言で優子の心臓はドクンと跳ねた。
「えっ…あ、あの…23キロ…」
(やば…声、震えてない?私…)
拓実は軽く笑って、
「おー、結構強いやん。俺、まだ21キロやったし」
なんて、屈託なく言う。
そのやりとりを聞いていた光子は、ニヤニヤが止まらない。
「ふぅ〜ん、優子、声のトーン高くない?拓実くんにだけ、やけに可愛い声出してない?」
「そ、そんなことないし!」
優子は慌てて否定するが、視線が泳ぎっぱなしだ。
いつもなら即座に切り返すはずの鋭いツッコミが、このときばかりは影を潜め、
「そ、そっちは…ジャンプ、どのくらい跳べたの?」
とぎこちない会話に変わってしまう。
拓実は特に気にした様子もなく、
「えっと…2メートル50くらいかな。もうちょっと頑張りたいけど」
と笑顔を見せる。
その笑顔に、優子は胸がふわっと温かくなる。
言葉がまた出なくなりそうな自分に戸惑いながらも、
(やっぱり…好きだなぁ)と密かに思ってしまう。
そんな優子の様子を、光子は横目でちらりと見て、
「…まぁ、がんばれ。うち、応援しとるけん」
と小さくつぶやいた。
初夏の風が、二人の間をすり抜けていった――。
【放課後・帰り道】
放課後、夕日が差し込む帰り道。
二人の影は並んで伸び、ランドセルが軽く揺れていた。
光子「ねぇ〜優子。今日、体育のときのあんた、完全に“恋する乙女モード”やったやろ〜」
優子「そ、そげなことなかって!」
光子「だってさぁ、拓実くんが話しかけてきたとき、顔が“茹で蛸+満月の笑顔”のハイブリッドやったもん」
優子「なにその例え!…変なこと言わんでよ!」
光子はわざと優子の真似をして声をひそめる。
光子「ほら、優子の声マネするけん聞いて。『えっ…あ、あの…23キロ…』」
優子「やめんしゃい!」
ランドセルで軽く小突く優子。
光子「うわっ、暴力反対〜!」
優子の頬はまだ少し赤いままだった。
それを見て、光子の口元がにやりと歪む。
光子「でもさ、優子って普段は“毒舌ツッコミマシーン”やん? 今日のあれはレアやったわ〜。保存版!」
優子「保存せんでよかし!」
光子「…でも、ああやってドギマギしとる優子、なんか可愛かったばい」
優子「うるさいなぁ…」
照れ隠しの声が、少しだけ震えていた。
家に帰ると、リビングには美鈴と優馬がいた。
光子は玄関をくぐるなり、「お母さーん!今日の優子、体育のとき完全に恋する乙女やったとよ〜!」と大声で報告。
優子「ちょ、やめんしゃいっ!」
優馬が新聞を置いて、にやりと笑う。
優馬「おぉ? そげな面白か話があるとね? で、相手は誰ね?」
優子「別におらんけん!」
光子「嘘ばっか〜。体育で拓実くんに話しかけられたとき、優子の顔、カニ鍋の中のカニみたいやったもん」
優子「何その例え!」
優馬「ほぉ〜、顔がカニ色になっとったと?」
優子「なっとらん!」
その瞬間、優子はほっぺたをぷくーっと膨らませる。
優馬「あははっ、まるでフグやな! お前、今日から“フグ姫”って呼ぼうか?」
優子「呼ばんでよか」
その時、美香の声が画面から響いた。
「そげんからかわんの。優子が好きな人の前で照れるとよかろ?」
その声には、恋愛の先輩としての温かさが込められていた。
「美香お姉ちゃん、さすがやね。あたしらはいつもからかうけど、やっぱりわかっとるとね」
と光子が言う。
「そうそう、あたしもお姉ちゃんみたいに、堂々と恋愛したか〜い」
優子は少し照れながらも、頷いた。
美香は優しく笑って続ける。
「恋愛は照れることも大事やけど、素直な気持ちを大切にせんとよ。からかわれても気にせんで、優子の良かところば見せたらよか」
「は〜い、お姉ちゃんの言葉、胸に刻むけん!」
優子が元気よく答えると、家族の中に温かい笑いと絆が広がった。
家のリビングは笑い声とツッコミが飛び交い、いつもの賑やかな雰囲気に包まれていた。
優馬がニヤニヤしながら、ぷくっと膨らんだ優子のほっぺを指さし、
「おぉ〜、うちのフグ姫ばい。ほんなこつ可愛か〜」とからかうと、
光子も負けじと追い打ちをかけた。
「お父さんも負けとらんよね。さっきからずっと“うにゃだらぱ〜”言いよるし」
すると、東京の学生寮から美香が画面越しに口を開いた。
「からかわんの! 光子んとお父さんば。そげんやけん、うちら家族はいつまでも仲良かとよ」
優馬はちょっと照れたように笑いながら、
「そげん言われると、ちょっと恥ずかしか〜」
光子も「お姉ちゃんの言葉は重たいばいね〜」とクスクス笑い、
優子は「美香お姉ちゃん、ほんとに頼りになる〜」と目を輝かせた。
そんなふうに、東京と福岡をつなぐ温かな絆が、家族の笑顔をさらに輝かせていた。
光子のスマホが突然鳴った。画面には翼のマークが光っている。
「もしもし?みっちゃん?今度の日曜日、なんか用事ある?」
電話の声は優しいが、光子の心臓はドキドキ。
「に、にち、にち、日曜日?たぶん用事はなかったと思うけど、どねしたと?」
光子の声は完全に裏返ってしまい、照れ隠しもできない。
「んー、日曜日に二人で映画観に行かん?」
電話の向こうからの誘いに、光子の顔はさらに真っ赤に。
「うんうんうん。いくいく」
思わず声が早口になる。
「じゃあ、日曜日の10時にみっちゃんの家に行くわ」
電話を切ったあと、優子がニヤニヤしながら言った。
「お姉ちゃんも顔、真っ赤やん」
光子は慌てて顔を背け、赤面を隠そうとしたが、もう遅かった――。
約束の日曜日。朝の光子の部屋は、さながら自宅ファッションショー会場のようだった。
「ど、どれにしよう…勝負のTシャツはどれにしよう…」
光子はクローゼットの前で右往左往。ツーピースにしようか、それともラフなTシャツで勝負するか…迷いに迷う。
そこへ優子が、にやにやしながら登場。
「みっちゃん、翼くんきたー!」
光子は慌てて振り返り、
「えぇ?まだどれ着て行こうか決まっとらんとよ〜!」
と声を張り上げる。顔は真っ赤で、まるで茹で上がったカニのようだ。
優子はさらに追い打ち。
「ゆうちゃん、どれがいいとおもう?」
優子の提案に従い、光子は決定。赤い色をベースに、真ん中に椰子の木が描かれたTシャツに、ホワイトジーンズ。さらに薄い色のサングラスを胸にかけ、ちょいセクシーさを演出する。
「よし、これで決まり…かな…?」
鏡の前でポーズをとりながらも、ドキドキが止まらない。
慌てて玄関に行くと、まだ翼くんは来ていない。時間を見ると、9時半。
「もう、ゆうちゃん、なんで焦らせると〜!」
光子はプンプンしながらも、心臓はバクバク。
そこへ、チャリの音とともに翼くん登場。
「みっちゃん、何やってんの?」
光子はその声を聞いた瞬間、顔から湯気が出るんじゃないかと思うくらい真っ赤に。
「あ、あ、い、いらっしゃい…」
優子は肩を揺らして笑う。
「お姉ちゃん、顔赤すぎ〜。茹でカニみたいやん!」
光子は必死で落ち着こうとするが、ドキドキは収まらない。
「ゆ、ゆうちゃん!静かにして!」と小声で怒るも、心臓は口から飛び出しそう。
翼くんはにこにこしながら、
「そっか、今日は映画か。楽しみやね」
と自然体で話す。
光子は頭の中で、「落ち着け…落ち着け…」と何度も呟くが、内心はパニック。
優子はさらに追い打ちで、
「みっちゃん、胸のサングラスがちょいセクシーすぎるばい!」
光子は手で胸元のサングラスを押さえながら、
「ゆ、優子!やめんか!」
翼くんは自然な笑顔で、
「いや、似合っとると思うよ」
光子の心臓はさらに早鐘を打つ。
「もう…死にそう…」
その様子を見た優子は、「あー、お姉ちゃん、完全に恋の沼にハマっとるね」と小声で笑う。
こうして、日曜日の朝、光子のドキドキ劇場は幕を開けた。
⸻
映画館までの道を歩き始めた二人。光子の足取りは落ち着かず、視線はチラチラと翼を追うばかり。
「みっちゃん、今日は静かやね。体の具合悪いと?熱あるんじゃない?」
翼は優しく光子のおでこに手をかざす。
光子は顔から湯気が出るんじゃないかと思うくらい真っ赤に。
「あ、だ、大丈夫…あ、ありがとう、翼くん…」
言葉が喉でつっかえて、心臓の鼓動が耳まで響く。
足はもつれそうになり、思わず小声で、「あ、あの…えっと…」とつぶやくも、続きが出てこない。
翼はにこやかに、「そっか、無理せんでいいよ」と普通に返すだけ。
その自然体ぶりが、光子のパニックをさらに加速させる。
「も、もう…心臓、破裂するかも…」
光子は心の中で叫ぶ。
優子の声が後ろから聞こえるかのように脳内で響く。
「お姉ちゃん、顔赤すぎ!茹で蛸みたいやん!」
光子は顔を手で覆いながらも、翼の顔を見る。
「な、なんで…そんな普通に笑えると…」
歩道を渡るたび、信号待ちの時間がまた長く感じられる。
「え、えっと…映画、えっと…ど、どんな感じのやつ…?」
言葉が震えて出てこない。
翼は笑いながら、「楽しみにしとるやろ?」とだけ言い、手を軽く振る。
光子の鼓動はさらに早くなる。
心臓が爆発しそうな状態のまま、映画館の建物が見えてくる。
「あ、あの…つ、着いた…?」
光子はもはや呼吸も乱れ、まさに茹で蛸状態。
翼はにこにこしながら、「うん、着いたよ。ゆっくり入ろうか」と手を差し伸べる。
光子は手を握られるたび、心臓が跳ね上がる。
「ひ、ひゃー…もう…死ぬ…でも…楽しい…」
思わず小声でつぶやきながらも、足は映画館の中へ。
映画館の前に着くと、光子はそわそわしながら小声でつぶやく。
「みっちゃん…飲み物なんにする…?」
翼はにこやかに、選びながら、「なんでもいいよ」と自然体。
光子は小さな手でカップを握り、声が震える。
「あ、わ、わたちは…うーりょんぢゃ…」
翼は一瞬首を傾げ、「は?」と聞き返す。
「う、うーりょんちゃ、烏龍茶にする…」
光子は顔を真っ赤にしながら、なんとか言葉を絞り出す。
翼はすぐに、「じゃあ、ジンジャーエールでいくわ」と答え、二人分の飲み物を注文。
さらにメガサイズのポップコーンも購入し、映画館の暗がりに入る準備を整える。
光子は手にカップとポップコーンを持ちながら、足元も心臓もふわふわ状態。
「あ、あの…翼くん…」
言葉がつっかえてなかなか出てこない。
すると翼はさりげなく、くらい中で自然に光子の手を取り、
「ここ、くらいから一緒に入ろうか」とエスコート。
光子の頬は茹で上がったカニのように真っ赤。
「ひゃ、ひゃー…な、なんで…こんなにドキドキ…」
優子が後ろで見ていたら間違いなく、「お姉ちゃん、完全にトロけとる〜!」と叫ぶところだ。
光子は小さく手を握り返し、ポップコーンとカップを両手に抱えながら翼の隣へ。
「う、うん…あ、ありがとう…」
翼はにこやかに、「じゃあ、座ろうか」と声をかけ、光子を自然に席へ誘導。
光子は心臓が口から飛び出そうになりつつも、翼の手の温もりと、暗がりの安心感で少し落ち着く。
「ふぅ…なんとか…平静を装わんと…でも…あ、あつい…」
と、また小声でつぶやく。
映画館に入った瞬間から、光子の心は完全にドキドキ劇場。翼は何も変わらず、自然体で光子をそっと支える。