表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊彼女はツッコミ大魔王  作者: リンダ
彼女いない歴=年齢の優馬と美人な幽霊みすずのドタバタ喜劇
136/176

新曲リリース。そして、私の妹の物語

——2033年8月4日。

東京は蒸し暑さの残る夏の夜。

美香は学生寮の一室、机の上に五線譜とMacBookを広げ、真新しいジャズのスコアに静かに指を走らせていた。


夜風がカーテンを揺らし、部屋の片隅でキャンドルライトが小さく揺れる。


美香モノローグ

「21歳って、なんか特別な気がする……もう子どもって言えんし、大人って言い切るには、まだ未完成。でも、だからこそ出せる音があるって、信じたい」


ふとピアノの鍵盤に手を置く。

静かに鳴り始めるのは、しっとりとしたテンポのジャズバラード。


ベースのラインは低く深く、

サックスは囁くように語りかけ、

メロディーにはどこか儚さと優しさが宿る。


――タイトルは、《Midnight Gift》。

夜の静けさに包まれてこそ聴こえてくる、自分だけの“贈りもの”。


完成した音源を、すぐさま双子ちゃんに送信。

そしてその夜、博多・小倉家。


光子イヤホンつけながら

「……!これ……えらい大人っぽいやん……」


優子(目を丸くして):

「ふわ〜っ……!これ、美香お姉ちゃんの音やね。うち、夢ん中で踊りたくなる〜♡」


光子うっとりしながら

「大人の夜っち感じやね。うちも、はよ大人になりたか〜!」


優子:「でも、うちらもちゃんとお祝いせなやろ?」


——次の瞬間。スマホの画面の向こう、美香に届く動画メッセージが送信される。


\動画スタート/


光子・優子(声を揃えて):

「美香お姉ちゃん、お誕生日おめでとうございますっ!!」


光子:「21歳っち、にーに超えとるやん!」


優子:「もう、立派なレディやね〜♡ その曲、うちの“寝る前ランキング”第1位ばい!」


光子:「博多でまたコンサートやってね!……あ、今度は夜の部も希望っちゃん!」


優子:「その時は、かっこいいドレス着て来てね♪うちらもオトナの顔して、うしろでうっとりしとくけん♡」


\動画おわり/


美香、スマホを抱きしめながら、にこりと微笑む。


美香ぽつりと

「……最高の、プレゼントやん……」


東京の夜に、小さく鳴るジャズ。

それは、ひとりの女の子が大人になる瞬間に生まれた音楽。

そして、それを真っ先に聴いてくれる小さな家族たち。


――この音は、きっと明日へつながっていく。



――《Midnight Gift》、リリース。


美香が21歳の誕生日に合わせて発表したこの新曲は、ジャズ・バラードのしっとりとした質感と、大人びた色気を帯びた音使いで、彼女のこれまでのイメージに新たな深みを加える一曲となった。


音大の仲間や関係者の協力で、配信とCD同時リリースという形に。

美香自身もトロンボーンとピアノを担当し、アレンジとプロデュースを手がける。録音は、都内の落ち着いた雰囲気のスタジオで、夜の空気を封じ込めるように丁寧に進められた。


リリース当日――。


SNSにはファンや関係者のコメントが次々と上がる。


「まるで夜に咲く花みたいな曲……」

「彼女の成長と“覚悟”が音に滲んでる。これからがますます楽しみ」

「前は“少女の切なさ”だったけど、今回は“女性の余裕”。いい意味で、変わった」


一部のジャズ系ネットラジオや音楽ブログでは、

「若き女性作曲家が描く“夜”の世界」

「21歳の転機を刻んだ傑作」と取り上げられ、注目度はじわじわと高まっていった。


中でも、印象的だったのは、とある音楽評論家の一言。


「この曲は、“音で書かれたラブレター”だ。宛先は、自分自身か、それとも――」


そして美香は、この曲について尋ねられるたび、こう微笑むだけだった。


「……ふふ、それは秘密です」


寮の部屋、窓辺に腰掛けて夜の東京を眺めながら、

トロンボーンのマウスピースをそっと拭う。


どこかに届いてほしい音。

どこまでも深く、優しく。


この“贈り物”が、聴いた人の心の奥に灯ることを、ただ願いながら。




ファイブピーチ★の新曲、タイトルは《秋色ステップ》。


作曲は奏太が担当。夏の終わりから秋にかけての、少し物憂げで、それでもどこか高揚感のあるメロディ。

コード進行にはジャズのテイストも織り交ぜられ、奏太らしい、繊細かつ芯のある楽曲に仕上がっていた。


歌詞は光子・優子・小春の三人が共同で手がけた。


それぞれの想いが交錯する中、「秋の女の子」「風に舞うスカート」「木の葉のかさなる音」「背伸びしたマニキュア」などのフレーズが次々と生まれた。


最終的に三人の間でテーマとしてまとまったのは――


「まだ子どもだけど、大人のまねごとをしてみたい、そんな秋の午後」


三人で顔を寄せ合いながら歌詞を書いた日のこと。

途中、光子が「『つま先立ちの夢』って入れたらよくない?」と提案すると、優子が「それ、なんかええやん……詩やん」と小春と目を見合わせ、そこから一気に詞が形になった。



《秋色ステップ》歌詞の一節より:


つま先立ちの夢

まぶたの裏に 描いた秘密

木漏れ日にそっと願った

あの人のようになれるかな



レコーディングも、寮のスタジオと音大のレッスン室を借りて行われた。

奏太がピアノとギターを演奏、美香がトロンボーンでサビにアクセントを加え、ドラムは寮の仲間・由美が担当。


歌唱はファイブピーチ★の3人。

光子のまっすぐな声、優子の柔らかさ、小春の透明感。

三人の声が溶け合って、まるで秋の空に浮かぶ淡い雲のような浮遊感を生み出していた。


リリースは、美香の《Midnight Gift》とほぼ同時期。

両方を聴いたファンの間では、こんな比較も――


「《Midnight Gift》は夜の女神。《秋色ステップ》は午後の妖精たち」

「姉と妹たち、それぞれの“秋”の表現に痺れる」

「トロンボーンが両方に出てるのが最高のリンク感」


そんなふうに語られながら、

この秋、彼女たちはそれぞれの「音」で、静かに、しかし確かに成長の階段を登っていくのだった。





《秋色ステップ》完成記念・東京お祝いナイト


レコーディングを終えたその晩。

スタジオ近くの小さなレストランを貸し切って、ささやかだけれど心のこもった打ち上げパーティーが開かれた。


集まったのは、

光子・優子・小春の《ファイブピーチ★》三人に、作曲を手がけた奏太、

そしてレコーディングでトロンボーンを吹いた美香、

さらにはドラムとして参加した音大の先輩・由美。



店内には、秋の花・コスモスのアレンジが飾られ、控えめな間接照明とアコースティックジャズが流れるお洒落な空間。

誰かが「大人の階段の踊り場っぽくて、今の私たちにピッタリかも」とつぶやくと、双子ちゃんが即座に食いついた。


光子:「ようし!ここで階段ダッシュ選手権ば開催しますっ!」


優子:「せんどって〜!踊り場で転げたら階段ば降りるどころか、逆戻りやけん!」


小春:「そもそも、踊り場で“走る”っていう発想がもう小学生よ……」



そんなやりとりで笑いが起こる中、

店の奥では、パーティープレートやノンアルコールカクテルが並ぶテーブルが用意されていた。

由美は早速ドリンクコーナーで、「グレープフルーツのスカッシュがめちゃウマ!」と連呼。

その横で、美香が音大の話をしながら、さりげなく小春の髪を整えてあげていた。



乾杯の音頭は、奏太。


奏太:「みんな、お疲れさま。…正直、曲作りってこんなにしんどくて楽しいって、初めて知った。

光子、優子、小春、詞ありがとう。美香、由美さん、演奏も最高でした。

この曲が、誰かの“秋”に寄り添えたら嬉しいです――乾杯!」


全員:「かんぱーい!!」



そのあとは、それぞれが完成した楽曲について語ったり、スマホで再生して「あっ、この部分好き!」と盛り上がったり。

光子と優子は、歌詞に入れた「つま先立ちの夢」の意味を熱弁しはじめ、止まらない。


光子:「これはな、うちらの世代が大人ぶるときに、ほんとに“つま先立ち”するって話を詩にしたっちゃん!」


優子:「スニーカーでも、ヒール風の歩き方になるんよ、なんか知らんけど!」


由美:「わっかる〜、そういうの。中学生のとき、めちゃくちゃ“カッコつけ足音”やってたもん」


小春:「それ、学校の廊下で禁止されとったやつ……」



最後に、店の人がサプライズでケーキを持ってきた。

プレートにはチョコペンで――


「祝・《秋色ステップ》完成!ファイブピーチ★のみんなへ」


光子:「おおぉ〜〜っ!お店の人、センス神かっ!」


優子:「うちら、いつから“ケーキ似合う女”になったっちゃろね?」


美香:「いやいや……ケーキがあなたたちに合わせて背伸びしたんよ、きっと(笑)」


由美:「それな!“つま先立ちケーキ”や!」



そんな感じで、夜はふけていく。

でも、どこか満ち足りたような、少し切ないような、

まさに“秋”を感じさせる夜――


光子たちは、大人になる階段の、

その一段を、たしかに登った気がした。




月曜日、福岡は晴れ。にぎやかだった東京でのレコーディングと祝賀の余韻を胸に、光子と優子はいつものように制服を着てランドセルを背負い、笑いながら登校した。

教室に入れば、「昨日テレビ出とったやろー!」「東京行ったっちゃろ?」とクラスメイトに囲まれたが、ふたりは「んー、まぁちょっとだけね」と笑って受け流す。


そして、午前中の道徳の時間。

先生が読み上げたのは、『私の妹』という短い作品だった。重いテーマだった。

姉が妹を助けられなかったこと、いじめの加害者にも傍観者にもなってしまったことへの後悔、そして妹からの最後の手紙。


――読み進むうちに、光子の顔がゆっくりと曇り、優子の目にも涙が浮かんできた。

やがてふたりは、声も出せないまま、ぽろぽろと泣いた。

教室に静寂が落ちた。


普段は、どんな時もギャグを飛ばして笑わせてくれる光子と優子。

ふざけてばかりのふたりが、泣いていた。


クラスの空気が変わった。

真面目でおとなしい子も、いたずらっ子も、いつもは遠巻きにしていた子も、目を伏せたまま何かを考えていた。


授業の終わりに先生がぽつりと言った。


「涙を流した人が、弱いわけじゃないんです。大切なことに、心が動いた証拠です」


その日、給食の時間も、教室はいつもより静かだった。

光子も優子も、ふだんのテンションには戻らず、静かにごはんを食べた。


でも、昼休み。

ふたりはぽつんと校庭の隅で話し合って、しばらくして――


「よっしゃ!あたしらが明るくせんと、あかんばい!」

「うん、やっぱうちらの役目っちゃん。笑いと優しさの、ミックスジュースやけんね!」


そう言って、ふたりは笑顔で立ち上がり、再び“いつもの小倉姉妹”に戻った。

でも、ほんの少しだけ、大人びた優しさが、ふたりの中に芽生えていた。



道徳の時間――

読み聞かせられた作品『私の妹』は、決して長い話ではなかった。けれど、その一文一文が胸に刺さった。

いじめられ、助けを求めながらも救われなかった妹。

見て見ぬふりをした姉の、悔恨と赦しをめぐる手紙。


教室が静まり返る中、光子のほおを一筋の涙が伝い、優子の肩が小さく震えた。

ふたりが黙って泣いている。

その様子を見て、周囲の空気も変わった。


そして――


「……っ、う゛っ、うわあぁぁあああん!」


柳川拓実くんが、声を上げて泣き始めた。

机に顔を伏せ、肩を揺らして、こらえきれず、涙と嗚咽があふれていった。

優子がハンカチをそっと渡すと、拓実は顔を上げ、ぐしゃぐしゃの顔で「ありがとう…」とだけ言った。


普段は元気で、おちゃらけて、光子や優子ともよくはしゃいでいる拓実。

けれどこの日、彼の涙もまた、教室中の子どもたちにとって衝撃だった。


「……なんで、あんなことになるんやろね」

「気づいとったはずやのに、見て見んふりしてしまうんやろか……」


授業が終わっても、誰もすぐには立ち上がらなかった。

沈黙と、ぽつりぽつり交わされるつぶやきだけが、静かに教室を包んでいた。


先生は、教壇の前でしばらく黙ったあと、こう言った。


「泣いてくれて、ありがとう。それが、心の中に届いたという証拠です。

――今日、きっと、皆さんの中に大事な種がまかれました。

これから時間をかけて、その種がどう育つか、先生は信じて見守ります」


そして昼休み。

光子と優子は校庭の片隅で、拓実と肩を並べて座っていた。

誰もふざけなかった。けれど、誰も目をそらさなかった。


やがて、光子がぽつりと言った。


「……うちら、泣くんって、わるかことやなかっちゃんね」


優子がうなずき、拓実がうつむいたまま「ほんと、そうやね」と言った。


そして、午後の授業が始まるころには、光子と優子はほんの少しだけ背筋を伸ばし、

「さーて、午後も真面目にいくばい!ふざけんのは明日からね!」と、笑いながら言った。


それを聞いて、拓実も少しだけ笑った。




道徳の授業が終わった後も、教室にはいつもの賑やかさがなかった。

教室の片隅では、いつも元気な拓実くんが、涙をぬぐいながらぽつりとつぶやいた。


「……うちも、姉ちゃんおるけどさ。小さいころ、よう泣かせたっちゃね……。でも、本当は大好きやったっちゃん……」


その言葉に、誰もがじっと耳を傾けた。

静まり返った教室の中で、誰かがすすり泣く声が聞こえた。

ふだん、笑いでクラスを明るく包んでいる光子と優子の目には、まだ涙が残っていた。


「……いじめっち、ぜったいいかんよね」

優子がぽつりと、だけど力強く言った。


「うちは……うちは、誰かが泣いとったら、すぐに行くけん。ほっとかんけんね」

光子も、鼻をすすりながら言葉をつなぐ。


その日、クラスの誰もが「いじめ」という言葉を、他人ごととしてではなく、自分の問題として初めて真正面から受け止めた。

先生も、それをただの授業で終わらせず、一人ひとりに静かに語りかけてくれた。


帰り道、優子がふと光子に聞いた。


「みっちゃん……あの物語の“お姉ちゃん”って、どげんな気持ちやったっちゃろうね」


光子は、少し考えてから答えた。


「きっと……苦しかったけど、それでも、妹のことば大好きやったっちゃろうね……。だから、守りたかったっちゃろうもん」


優子はうなずいた。


「うちも……みっちゃんば守るけんね。ずっといっしょけん」


「うちこそやん。ず〜っと、やけんね」


ふたりは、いつものように笑って指切りをした。

夕暮れの博多の空に、オレンジ色の光が優しく差し込んでいた。



数日後。

昼休み、校庭の隅の、誰もあまり通らない裏庭のような場所。


光子と優子は、ひとりでトコトコ歩いていく男の子を目にした。

「……あ、あの子……」と気づいたときには遅かった。


草の生えたあたりの陰で、すでに数人の男子が、その子を取り囲んでいた。

「おまえ、また先生に告げ口したやろ!」「生意気なんよ!」

そう叫びながら、ひとりが肩を押し、もうひとりが足を蹴る。


「や、やめて……やめてください……」

細い声が、草の向こうから聞こえた。


――その瞬間、駆け出していた。

光子と優子が、ふたり同時にその輪の中に飛び込んだ。


「やめんかぁーーっ!!!」

光子の怒声が、校庭中に響いた。


「なにしよーとね!? 暴力やん! 人ば殴って、強くなったつもりかいな!? そげんとは強さやなかっちゃ!」


男子たちは一瞬、目を見開いた。

普段はギャグばっかり言って、クラスの笑いの中心にいるふたりが、真剣な目でにらみつけてくるとは思っていなかった。


優子が、涙をこらえながらその子のそばにしゃがみこむ。

「大丈夫? もう、うちがついとるけん。怖くなかよ」


光子は一歩前に出た。

暴力をふるっていた男子のひとりに、はっきりと言い放つ。


「人ひとり 泣かせて何が 面白か?

 笑い取れんと 拳ば使うとか」


男子が一瞬、ぎょっとする。


「言葉の刃で笑い取らんと、拳で人ば黙らせるっち、そげん情けなかこと、うちにはできんっちゃん!」


もうひとつ、啖呵を切る。


「拳より もっと強かと 知っとーね

 やさしか心 ばり強かとよ」


その場に、しんとした空気が流れる。


ふだんならケラケラ笑っている優子が、真顔で言った。


「うちはね、みっちゃんと約束しとると。泣いとる子がおったら、そっちに行くっち。絶対見捨てんっち。それが、うちの“やさしか子”の生き方やけん!」


男子たちは何も言い返せず、ひとり、またひとりと、うつむいてその場を離れていった。


残された子は、まだ震えていたが、優子の手を握りしめた。


「ありがとう……」


光子と優子は、ふたりしてその子の手を両側から握った。


「もう、だいじょうぶ。これからは、うちらがそばにおるけん。心配せんでよかよ」


その声は、優しさの中に、しっかりとした強さが宿っていた。


そして――

それを、廊下の向こうからじっと見ていた担任の佐伯先生の目にも、静かな涙が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ