その後の2人と、笑いの絶えない日々
2021年10月その後のふたりと、笑いの絶えない日々
美鈴は退院後、しばらくの静養期間を経て、元の職場である幼稚園に復帰した。
「おかえり、美鈴先生!」
同僚や園長先生、子どもたちが拍手で迎えてくれた。
復帰初日から、美鈴は全開だった。
ボケる子ども、調子に乗る同僚、だらける園長──誰であろうと容赦はしない。
卓越した間合いと鋭さで放たれる“ツッコミ大魔王”の一撃が炸裂すると、園舎は毎度爆笑の渦。
「せんせ〜、おなか痛い〜〜っ!!」
「笑いすぎて涙出た〜!」
「今日も美鈴先生サイコー!!」
園児たちの笑い声が空に響き渡るたびに、近所からも「いい幼稚園ねぇ」と評判になり、ついには「笑いの聖地」扱いされるほどの人気園に成長した。
噂が噂を呼び、入園希望者は激増。
まさかの“入園抽選制”が導入され、毎年春には保護者たちの「幼稚園ガチャ」なる言葉が飛び交う始末。
──そんな園の帰り道。
美鈴は帰宅すると、制服からさっと着替え、セクシーランジェリーに身を包んで、優馬の帰りを待つのだった。
「……ただいま〜……って、ちょ、またそれかぁっ!!」
「ふふっ、悩殺ポーズVer.3よ♡ 今日のは谷間多め♪」
「うわあああ鼻血出るうううぅぅ!!」
それでも、優馬の心はどこまでも幸せに満ちていた。
結婚生活は、毎日がツッコミとボケ、コチョコチョと鼻血の応酬。
ふたりの間に沈黙はない。笑いがある。安心がある。そして、愛がある。
──そして、新婚旅行。
ふたりが選んだのは、ニュージーランド。
自然が息づき、空気が澄み渡るこの地で、ふたりはたくさんの“はじめて”を経験した。
「ねぇ見て見て! 羊さん、こっち来た〜!!」
「うおっ、めっちゃ囲まれてる……これ、モテ期到来やな」
「羊にモテてどうすんのよッ!」
旅先でもツッコミ炸裂。
そして夜、空一面に広がる星の海。
南十字星が静かに瞬き、マゼラン星雲が空に漂っていた。
ふたりは手をつなぎ、言葉を忘れてただ空を見上げた。
「……美鈴」
「……うん」
「ここに来られて、本当によかった。……生きててくれて、ありがとう」
「私も……こんなにも綺麗な星空を、あなたと見られる日が来るなんて思わなかった。幽霊だった私が、今こうして……」
涙がひとすじ、美鈴の頬を伝った。
でも、彼女はすぐに笑顔に戻った。
「さて、そろそろ、あの時間ね♡」
「え、まさか……ニュージーランドで?」
「温泉、予約しといたの。家族風呂よ♪」
「いや、海外でもそれやんのかい!!」
その後ふたりは、じゃぶーんと温泉に浸かり、疲れを癒した。
──帰国後も、ふたりの日常は変わらない。
美鈴はツッコミ大魔王として幼稚園に笑いを届け、
優馬は変わらず鼻血を流しながら、美鈴のすべてを愛し続けている。
世界中がどうあれ、ふたりにとっての日常は、笑いとぬくもりと少しのエロス。
きっと、この愛おしい毎日は、まだまだ続いていく──
壁ドン&小指クラッシュ事件』
ある晴れた午後、洗濯物を干していた美鈴が、取り忘れたハンカチを取りにリビングへ戻ろうとしたとき――
「……あっ、やばっ、取りに行かなきゃ!」
幽霊時代のクセが無意識に発動。
美鈴はそのまま、壁を突き抜ける勢いで――
「よし、通り抜け……って、いったぁぁぁああああ!!」
バコォンッ!!
壁に思いっきりおでこをぶつけ、派手な音とともに床に転がる美鈴。
「……い、痛い……ご、五感が、リアルに……! 私、生きてるぅ……」
そんな彼女の額には、くっきりとタンコブが浮かび上がっていた。
そこへ帰宅してきた優馬がドアを開けた瞬間、美鈴と目が合う。
「ただい……って、なにその額!? 壁とケンカでもしたんか!?」
「み、見ないでぇぇぇええ!! これはその……ちが……いや、ちがわないけど! 壁、動くと思ったの!」
「……“壁は透明”という幻想は、病院の玄関に置いてきてくれ……」
赤くなった顔を隠しながら、バタバタと立ち上がった美鈴は、ハンカチを取りにダッシュ。
──しかしそのとき、
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええっっ!!!」
ガツンッ!!
「どした!? 今度は何や!?」
「足っっっ! 足の小指っっっ!! 家具の角ぁぁぁああああああ!!」
小指を押さえて床にのたうち回る美鈴。
おでこにはタンコブ、小指は紫色。
涙目で転げ回る姿に、優馬は耐えきれず――
「ぶふっ……ははっ、な、なんやねん、そのドジっぷり!」
「わ、笑うなぁぁぁぁああああああ!! 恥ずかしいじゃんっ!! 見ないでぇぇぇ!!」
その声は、マンション中に響きわたった。
優馬がそっと保冷剤を持ってきてくれて、美鈴のおでこと小指に当てながら、一言。
「……生きてるって、証拠やな」
「……うん……もう、痛くて、涙出そうだけど……幸せすぎて、それでも笑っちゃう」
そんなふたりの毎日は、今日も“ドタバタ”と“幸せ”に満ちている。
【たんこぶ先生、出動!】
夜中──
月明かりがうっすらと差し込む寝室。
ぐっすり眠っていたはずの美鈴が、急にムクリと起き上がる。
「……あれ? トイレ行こうと思ってたんだった」
まだ半分寝ぼけている美鈴。
なんと、幽霊だったときの“浮遊移動”の感覚がフラッシュバック!
「……よーし、壁、通るぞ〜〜〜……」
ヨタヨタと歩きながら、思い切り壁に向かってジャンプ。
――ドガッ!!!
「……いったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
激突。額に思いっきりたんこぶ。
そして、倒れ込むと同時に、ベッドの脚に足の小指を引っ掛ける。
「……ぎゃぁぁああああっ!! い、痛いぃぃぃ! またやったぁぁ!!」
隣で寝ていた優馬が跳ね起きる。
「……え!? なに!? 泥棒!? 幽霊!? ……あ、美鈴か。何してんの!?」
「……浮こうとしたら、物理的に激突した……」
「だから、浮かんでええのは“気分”だけって、何回言ったらわかんねん!!」
そして翌朝――
眉間にデカいたんこぶ、足を引きずりながら出勤した美鈴先生は、幼稚園の玄関で園児たちに囲まれる。
「せんせぇ〜〜〜!! おでこ、どうしたと〜〜!?」
「……え、えっと……えーとね、壁にぶつかっちゃった♡」
「え〜〜〜!! 壁とケンカしとったと〜〜!? 勝ったん!?」
「負けたよ! もう、完敗!! 壁、めっちゃ硬かった!!」
「ドジ〜! ドジの美鈴先生〜!」
「……あんたら、言いすぎぃ〜!!」
「でも、そんなせんせぇ、だいすき〜〜!!」
園児たちはケラケラ笑いながら、美鈴先生の手を引いて教室へ。
その後も、
「おでこにおにぎりつけとる〜!」
「今日は“たんこぶ先生”や〜!」
など、1日中ツッコミの嵐。
そのたびに、
「ツッコミは一人でええんやて〜〜!!」
「誰が“たんこぶの妖精”やねんっ!!」
と返して、笑いに包まれるクラスルーム。
──その日、園長先生がそっと呟いた。
「……あの子が戻ってきてくれて、本当によかった。
あんなに子どもたちが、毎日楽しそうに笑ってくれるのは、美鈴先生の力やね」
──美鈴は今日も、“たんこぶ”すらネタに変えて、
笑顔とツッコミを振りまいている。
【せんせぇ、ぼくのおよめさんになって!】
午後の自由遊びの時間。
紙の王冠をかぶり、背筋をピンと伸ばした年長さんのケンタくんが、なにやら真剣な表情で美鈴先生のもとへ向かってくる。
「……せんせぇ!」
「ん? どうしたの、ケンタくん?」
「ぼく……せんせぇのこと、まえからずっとすきやったっちゃ!」
「えっ!?」
「けっこん、しよ!! せんせぇ、ぼくのおよめさんになってぇ!」
保育室中、シーン。
お友だちたちは「わ〜!!」と黄色い声をあげて大盛り上がり。
「わー! ケンタ、プロポーズしよる〜!」
「かっこいー!」
「でもでも、せんせぇには、かれしがいるっちゃろ?」
美鈴はちょっと困ったように、でも優しい笑顔で言う。
「ありがとう、ケンタくん。でも先生には、すっごく大事な“おにいさん”がいてね。もうすぐ結婚するの」
ケンタくん、唇をぷるぷる震わせて──
「……うわ〜〜〜ん!!!」
「泣いたーーっ!?!? ケンタくん、泣いちゃダメーー!」
「……でも、でも、おっきくなったら、せんせぇをとりもどすけん!!」
と、宣言して教室を飛び出していった。
美鈴:「……なんか、またプロポーズされたんやけど」
園長先生:「美鈴先生、園内プロポーズ、今月3人目です」
美鈴:「競争率、高すぎやろ!?」
そして、仕事終わりの夕方。
いつもより少し遅れて、スーツ姿の優馬が園に登場。
「おつかれー! 美鈴、迎えに来たぞー……」
そこへ、さっきのケンタくんが再登場!
「だれ!? このおじさんっ!? せんせぇの“だいじなおにいさん”って、こいつ!? なんでスーツなん!?」
「ちょ、ちょっとまってケンタくん、“おにいさん”は比喩表現!」
美鈴が説明しようとするが、ケンタくん、なぜか手作りの段ボール剣を取り出して仁王立ち。
「ぼくが! せんせぇをまもるけん!! いくぞ、おじさん!!」
優馬:「ええぇぇ!? なんで俺、決闘されとるん!? 園でそんな制度あんの!?」
美鈴:「ないっ!! 断じてないっ!!」
「ケンタくん、先生はこの人とほんまに大好き同士なんよ。プロポーズもしてもらって、お嫁さんになる予定なんよ」
ケンタ:「……ほんとに? ほんとに、しあわせになる?」
美鈴:「うん。ありがとね、ケンタくん」
ケンタくんはしばらく考えてから、しぶしぶ段ボール剣を納めて、小さくつぶやく。
「じゃあ、ぼく……せんせぇのこと、ずっとおうえんする」
──そんなやりとりに、優馬はそっとケンタくんの頭を撫でて言った。
「おう、ケンタ。頼むな。おれ、美鈴のこと、世界でいちばん笑わせて、幸せにするけん」
そして美鈴の手をとり──
「ほな、かえろか、俺のお嫁さん!」
「……もう、なんなんそのセリフ。かっこよすぎて、惚れ直すやろっ!!」
「うっわ鼻血ブーなりそう……!」
そう言いながら、笑顔で園をあとにするふたり。
──帰り道、美鈴はふと思い出す。
「あの子、ほんとかわいいなぁ……うちの子どもが生まれたら、どんな子になるんやろな」
「うちの子……そら、絶対“ツッコミ大魔王Jr.”になるわ」
「いやいや、“コチョコチョ大魔王Jr.”やろ!?」
「どっちにしろ、大魔王なんかいっ!」
──爆笑しながら、今日もふたりは“日常という名の漫才”を繰り広げているのだった。