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幽霊彼女はツッコミ大魔王  作者: リンダ
彼女いない歴=年齢の優馬と美人な幽霊みすずのドタバタ喜劇
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事故の償いと赦し

【福岡市・ある日の夜、小倉家のリビングにて】


夕食の食卓を囲むのは、小倉家の面々に加えて、大畑家の三人――理恵、奏太、小春。

今日は、月に一度の「ファイブピーチ★ご褒美ごはん会」。

小倉家のお父さんが張り切って腕を振るった料理が並ぶ。テーブルの真ん中には、おでん鍋がぐつぐつと湯気を立てていた。



美鈴(湯気越しににっこり)

「理恵さん、ほんっとに働き者やもんね。でもね、今日はちゃんと食べて、笑って、肩の力抜いてって、子どもたちも言いよったとよ。」


理恵(苦笑しながら)

「もう……あんたたち、ほんと生意気になったよね〜。こないだも奏太がさ、“お母さんが倒れたらファイブピーチ★がクワトロになる”とか言ってさ。誰がうまいこと言えと頼んだんやか……」


奏太(照れながら)

「いやでも、本当の話やけん。俺ら、ちょっとギャラもらえるようになってきたやん?生活費、ぜんぶ背負ってもらうんやなくて、みんなで分け合えばよかろうもん。」


小春(湯豆腐をふーふーしながら)

「お母さんがにこにこしとるほうが、うちはうれしかけんね!」



優馬(缶チューハイ片手に)

「それにしても、こうやって家族ぐるみで食事できるようになったとはねぇ……最初の出会いの時は、まさかこんな未来が来るとは思わんかったばい。」


光子(おでんの大根をほおばりながら)

「奏太くんが、“こんにゃくは味がしみとらん”って真顔で言った時、うち噴き出したけんね。やっぱりギャグの才能あるよ!」


優子(ツッコミ気味に)

「それ、味の問題やなくて、お父さんの煮込みが足りんかったっちゃろ!」


お父さん(むくれて)

「ちょ、何でワシがダメ出しくらうと!? ワシはおでん界のミシュラン取った男ぞ!」


全員

「どこのミシュランやねん!!(爆笑)」



笑いが溢れるなか、理恵はふと、子どもたちが心配してくれることにじんと胸を熱くした。


理恵(小さくつぶやくように)

「ありがとね……本当に。うち、幸せやなって、今、思う。」


その言葉に、誰からともなく「かんぱーい!」の声が上がり、おでん鍋の湯気の中で、グラスが優しくぶつかり合った。


こうして、小倉家と大畑家は、少しずつ時間と心に余裕を持った「笑顔の共同体」として、温かな関係を育てていた。 

  



◆「兄妹の涙と笑い」~トリプルピーチ★改めファイブピーチ★の日常にて~


【ある放課後、小倉家のリビング】

みんなで宿題をしたり、軽く歌やギャグの練習を終えたあと、奏太がふと、ぽつりと呟く。



奏太:「なあ……小春。オレさ……最近、また夢わからんくなってきた。」


小春:「え? 夢って、先生になるって言ってたやん?」


奏太:「うん。けどさ……加害者の息子が“人にものを教える”とか、なんかおこがましいって思ってしまうんよ。」


光子と優子、表情を曇らせる。けど、すぐに優子が口を開いた。



優子:「それ、間違っとーよ。だって奏太くん、自分が悪いことしとらんやん? お父さんのことはお父さんのこと。奏太くんは、奏太くんやけん!」


光子:「そやそや! それに、奏太くんが“先生になりたい”って思ったんも、きっと“優しい先生”に出会ったことがあるけんやろ? その気持ち、誰にも邪魔できんって!」


小春も、目を見開きながらうなずいた。



小春:「……あたしね、学校で“なんかかわいそう”って言われとるって、ちょっと前に泣いたことあるっちゃん。でもね、光子ちゃんたちとギャグやったり歌ったりして、“あたしは可哀想やない”って思えるようになった!」


美鈴(台所から顔を出して):「それ、あんたが自分で見つけた“えらいこと”やけんね。泣いて、笑って、それでまた前に進むんよ。おばちゃん、保証する!」



【その夜、奏太と小春が2人で並んで歩いて帰る道】


奏太:「……なんかさ、小春、いつの間にか強なったなあ。」


小春:「ふふん。お兄ちゃんが泣かんように頑張っとるからやん。」


奏太:「泣いてたんバレとったんか……」


小春:「ばればれ。」


2人とも、くすっと笑った。夕暮れの博多の空が、ほんのりオレンジ色に染まっていく。



◆ 後日、小倉家&大畑家の“夜のお茶会”にて


優馬:「なにか問題にぶち当たった時、ちゃんと“誰かに相談する”ってことができたんなら、もうそれだけで立派なんよ。」


美鈴:「うちの双子も、事故のあとで“もう人前に出られんかも”って泣いてたんやけどね……ちゃんと“声を出す勇気”があったけん、ここまで来られたとよ。」


理恵(しんみりと頷いて):「奏太、小春。……ごめんね、お母さん、気づいてやれんかったかもしれん。」


奏太:「ううん。お母さんが頑張っとるけん、オレらも頑張れたっちゃん。」


小春:「でも、ちょっとだけ、ゆっくりして? あたしたちが“お母さんを守る番”やけん。」



そして、その会話をスマホで録音していた優子がニヤニヤしながら宣言する。


優子:「ファイブピーチ★の新ネタ、できたっちゃー!! タイトルは――“うちのおかん、過労寸前!”」


一同:「ははははっ!」



奏太と小春の心にあったしこりは、完全には消えないけれど、誰かに話せたことで、そして誰かと笑えたことで、きっと少し軽くなった。


「大丈夫。兄妹なら、また一緒に乗り越えられる。」


そう信じて――次のステージに進んでいく。

    


◆「正義のギャグも容赦なし」〜ファイブピーチ★、路上で遭遇〜


【ある土曜日の午後、福岡市・吉塚のとある商店街付近】


ファイブピーチ★のメンバー、リハの帰りにみんなでたこ焼きを食べながら歩いていた。笑い声が響くなか、前から中学生の男子グループが数人やってくる。


その中のひとり、奏太のクラスメイトが、こちらを見てニヤニヤ。



クラスメイト(鼻で笑いながら):「……おい、加害者の妹と兄が、街中で楽しそうにしとってよかと? 反省してるんか、ほんとに?」


その場の空気が、ピシッと張り詰めた。

一瞬にして表情を変えたのは、光子だった。



光子:「……は?」


彼女の声には、ピリリと電流のような鋭さが走る。



光子:「あんた、何者なん? 被害者じゃなかろうが。なんで部外者のあんたがゴチャゴチャ言いよると?」


優子がすかさず、背筋をピンとのばして、加勢する。



優子:「うちら、“事故で死にかけた側”やけど? なんで、“うちらが許しとる人間”を、あんたが許さん権利あるっちゃろ?」


光子:「おもしろいな。あんた、“正義の味方ごっこ”が好きなんか?」


優子:「じゃあ今から、うちらと“問答ギャグ勝負”でもする? うちら、ただの小学生やないけんね。“被害者パワー×ギャグスキル”、舐めたらいかんばい?」



男子たちは唖然。双子の目には、一切の迷いがなかった。

笑いながらも、言葉には力があった。



光子:「うちら、“ちゃんと生きとる”ってことが、最大の答えやけん。黙って見とって。――それができんのなら、二度と話しかけんで。」


優子:「もしくは今ここで、ギャグ謎かけの洗礼受けてく? “自分の無責任さ”とかけまして、“濡れたパンツ”と解きます。その心は――…」


光子:「どっちも、恥ずかしくて乾かんとよ!」


ドッカーン! 一瞬の沈黙の後、周囲にいた通行人が吹き出す。



男子たちは赤面しながら、そそくさとその場を離れた。


小春がポツリと呟く。



小春:「お兄ちゃん……かっこよく守ってくれるのも嬉しいけど……やっぱ双子ちゃんの“ギャグ攻撃”、最強やね。」


奏太ぽつり:「……いや、もはやあれは、笑顔の装甲車やね……」



◆ 後日談:SNSで「ギャグで正論、ぶっ刺す小学生たち」として話題に


SNS上では、たまたま現場にいた高校生がこのやり取りを撮影し、


「#ファイブピーチ★の光子&優子、正論ギャグで粘着中学生撃退」

「“許すのは当事者であって、部外者じゃない”って小学生に言われた…泣いた…」

「あんな強い子たちがいるって、ちょっと希望感じた」


とバズ。交通事故の被害者でありながら、誹謗中傷を笑いと共に跳ね返す姿が共感を呼び、多くの大人たちが心を打たれることに。



◆「手紙の橋渡し」〜大畑浩二、初夏の午後にて〜


【場所:福岡県内 某所。小さな賃貸アパートの一室】


狭い部屋の一角に、ポツンと置かれたテレビの前で、大畑浩二は身動きひとつせずに座っていた。画面には、ファイブピーチ★の活動の様子が映し出されていた。


テレビの中、娘・小春が屈託のない笑顔で手を振る。息子・奏太はインタビューでしっかりと受け答えし、時折照れくさそうに笑った。


浩二の目に、いつの間にか涙が浮かんでいた。



浩二(心の声)


――情けない……なにもできんまま、子供らは立派になって。

なぁ理恵……おれは、あんたにも、子供らにも……なんにも残せんかった。


小さく嗚咽が漏れたその時、玄関のチャイムが鳴った。



ピンポーン。


ゆっくりとドアを開けると、そこに立っていたのは――優馬と美鈴だった。



浩二(驚いて)


「……え、えっ、あんたたち……」



美鈴(優しく微笑んで)


「こんにちは。急にすみません。少し、お時間いいですか?」



優馬は、軽く頭を下げると、手にした封筒を差し出した。



優馬


「これ……双子からの手紙です。小春ちゃんと奏太くんからの、ね。」



浩二の手が震える。受け取った封筒の封を開け、中の便箋をそっと開いた。



【手紙・小春より】


『お父さんへ

 お父さんのこと、私はもう責めてないよ。

 いっぱい悲しい思いはしたけど、

 今は、お母さんと、奏太と、そしてたくさんの優しい人たちに囲まれて、

 楽しく生きています。

 でも、できたら……

 今度、会いに来てくれたらうれしいな。

 私たちが笑ってるところ、直接見てほしい。

 きっと、安心すると思うから。

 小春より』



読んでいるうちに、浩二の肩がふるふると震え出す。

彼は、ただ黙ってその場に崩れ落ち、こみあげる涙を拭おうともせず、泣いた。



優馬(静かに)


「子供って、強いですね……僕も、色々あったんで、気持ち分かります。

でも――“過去”は変えられなくても、“今の関わり方”は変えられるんじゃないでしょうか。」



美鈴


「私たちだって、いろんな過去を抱えて、ここに立ってます。

だから、もし、“今からでも”って思えるなら――

お父さんも、少しずつでいいんですよ。」



浩二は、しばらくうつむいたまま、何度も何度も手紙を読み返した。

涙の跡が便箋に滲んでいく。



浩二(声をふるわせて)


「……ありがとう……こんなおれに……伝えてくれて……」



窓の外には、夏の陽射しが差し込んでいた。

風鈴の音が、どこか懐かしく響いていた。



◆ その夜、浩二の決意


夜、ベッドの横に置いたカレンダーに、浩二は小さく丸印をつけた。

その日は、次のファイブピーチ★のイベントが行われる日だった。



浩二(心の声)


――まだ、間に合うやろうか。

あいつらに、ちゃんと向き合える“父親”に……なれるやろうか。



彼は初めて、自らの意志で、理恵の番号をスマホに打ち込んだ。 




◆【封筒の中には、2通の手紙】


優馬と美鈴が渡した封筒の中に入っていたのは、小春の便箋とは別に、もう2通の手紙。

それは、双子――光子と優子からのものと、奏太からのものだった。



◆【手紙①:光子と優子より】


おじさんへ


あたしたちは、小倉光子と優子です。小春ちゃんのお友だちで、今は家族みたいなものです。


おじさんのことで、小春ちゃんがどれだけつらかったか、少しだけど話を聞いたことがあります。


でも、小春ちゃん、すごいがんばってるよ。笑顔も元気もいっぱいで、周りの人にも優しくしてる。

奏太くんだって、ちゃんと“お兄ちゃん”してて、かっこいいんです。


そんな二人を見てたら、あたしたちも、「人って、ちゃんと変われるんだ」って思いました。


だから――


これからもし会えるなら、ちゃんと会ってあげてほしい。

小春ちゃんも、奏太くんも、本当はきっと、それを待ってると思います。


それから……


あたしたちも、おじさんにもう怒ってません。

だって、未来を一緒に大事にできるなら、過去は置いといていいって思えるから。


ちょっとギャグも言うけど、怒らんでくださいね!

おじさんが真面目そうだから、笑わせてみたくなってきたけん(笑)


じゃあ、またね。


小倉光子&小倉優子 より



手紙の隅には、小さく手描きのキャラ(おじさんが涙をポタポタこぼしてるギャグ風似顔絵)が描かれていた。



◆【手紙②:奏太より】


親父へ


いきなり“親父”って書くの、なんか変な感じするけど。


オレ、昔のこと、まだ正直全部は許せてない部分もある。

でも、それはそれ。今の小春や母さんのこと、ちゃんと見てほしいし、

できれば……“これから”の自分たちを見てほしい。


小春も強がってるけど、本当は会いたいんだと思う。

なんか、ずっと「お父さんって、どんな人やったと?」って聞かれても、

「……さあな」ってしか答えられんの、オレもちょっと苦しい。


だから。


親父が、今の自分の人生と向き合ってくれるなら、

オレも、向き合ってみようと思う。


変わるのは勇気いるけど、

そっから先が、たぶんホントの人生なんだろうなって思う。


奏太



便箋の下の方に、小さな文字で――


P.S. 今度、ファイブピーチ★のライブあるけん、

来れるなら来てみて。妹、めっちゃはじけてるから(笑)


と書き添えられていた。



◆浩二、涙と共に――


手紙を読み終えた浩二の肩は、また小さく震えていた。

今度は、“悔しさ”や“罪悪感”ではなく――希望に揺れる震えだった。



浩二(絞り出すように)


「……なんや、これ……

 こんなもん、泣くしかないやないか……」



美鈴と優馬は黙って、静かに頷いていた。



優馬


「大畑さん。

 “今からでも遅くない”って言葉は、

 本当にそのとおりだと思うんです。

 子供たちが、それを教えてくれてます。」



美鈴にっこり


「だから、まず一歩。出てきませんか?

 一緒に、ご飯でも食べながら。」



浩二は、便箋を胸元にそっと当て、深くうなずいた。



浩二


「……会いにいく。

 ちゃんと、この手で、謝って、ありがとうって伝えたい。」



その表情には、初めて――父親としての、覚悟の色が宿っていた。




◆【再会の日 — ある夏の夕方、大畑家の玄関先にて —】


小春は、ドアのチャイムが鳴る音に、いつもよりちょっと緊張した顔で玄関に向かった。


ドアの向こうにいたのは――

薄いグレーのシャツに、くたびれた帽子をかぶった男。

でも、その目は、どこか昔とは違っていた。



小春ぽつりと


「……お父さん?」



浩二は、まっすぐその目を見て、帽子を取って深く頭を下げた。



浩二


「……会いに来た。

 あの日、お前たちを置いて出ていった、ダメな父親やけど……

 それでも、どうしても、ちゃんと伝えたくて……」



奏太(後ろから)


「玄関先で泣かれても困るけん。

 入ってこいよ。」



わずかに口元をゆるめた奏太が、そっと玄関を開ける。


小春は一瞬ためらったが、浩二が手にしていた封筒――

それは、あの日、自分が書いた手紙の入っていた封筒だと気づくと、

目に涙を浮かべながら、静かにうなずいた。




かつて、浩二が運転する車によって、信号無視の末に光子と優子が大怪我を負ったあの日。


事故現場に駆けつけた理恵は、泣きじゃくる小春を抱きしめながら、担架で運ばれていく双子の姿を目の当たりにして、震えるほどの怒りと恐怖を感じていた。


事故後、浩二はすぐに職場を辞め、家には多額の賠償請求が突きつけられた。生活は一気に傾き、家庭は修復不能なほどに崩れていった。


「……もう、子どもたちにこれ以上、辛い思いはさせられんとよ。あんたは……反省しとるって、口では言うけど……行動が伴ってなかった……」


理恵のその言葉が、最後だった。


浩二は荷物をまとめ、家を出た。


あれから月日は流れた。


──そして今。


福岡市郊外のアパートに、一組の男女が訪れる。優馬と美鈴だった。


玄関先で立ち尽くす浩二の目の前に、二人は封筒を差し出した。


「……これ、光子ちゃんと優子ちゃんからの手紙です。それから……奏太くんと小春ちゃんからも。」


震える手で受け取った封筒の中には、拙い字で綴られた、まっすぐな思いがあった。



「わたしたちは、もうだいじょうぶです。」


「事故のことは、わすれません。でも、わたしたち、前を向いてます。」


「いま、ファイブピーチ★っていうグループで、歌ったり、笑わせたりしています。」


「わたしたちは、生きてます。だから、あなたも、生きてください。」



そして、奏太の文字で、もう一通。



「俺は正直、父さんを許せなかった。」


「でも……今は違う。だって、小倉さんたちが許してくれたから。あの人たちが、俺たちのことを信じてくれたから。」


「父さん……俺はもう、お父さんを恨むために生きたくない。」


「ほんの小さな間違いで、すべてを失うことがある。けど、それでも人はやり直せる。俺はそう信じたい。」


「だから……どうか、お父さんも、もう一度、前を向いて。」



浩二の手から、封筒がこぼれ落ちた。


がっちりと握った拳が震えていた。


「……俺は……俺は……」


絞り出すような声で、浩二は泣いた。


自分が壊したもの。


それでも、差し伸べられた手。


償いきれぬ罪の重さに打ちひしがれながらも、彼は少しだけ顔を上げる。


優馬と美鈴は、黙ってその様子を見守っていた。


「……伝えてくれて、ありがとう。俺……もう一度、償うために、生き直す。」


その言葉に、微かに射し込んだ夕陽が、二人の肩越しに浩二の部屋を照らしていた。




【NPO法人みらいのたね・福岡事務所】


夏の午後、クーラーの風がやさしく吹く応接室に、柔らかな木の匂いと、カレンダーに貼られた手書きのメッセージが漂っていた。


「いらっしゃい。まぁ、座って。暑かったやろ?」


と、出迎えたのは理恵。

隣には中学二年生になった奏太、小学四年生の小春。

顔は似ているが、どこか空気感の違う二人が、少し緊張した面持ちで椅子に座る。


そこに現れたのは──


「おー、やっぱ来とったか。ちゃんと挨拶せな、また光子にガツンて言われるけんね〜」


と笑いながら入ってきた優馬。

美鈴はニコニコと横で手を振り、

その後ろから、双子の光子と優子が走ってきて──


「おっそーい!待っとったんよ、うちら!」


「はいっ、土産の梅ヶ枝餅もあるけんね!まずそこ座って!」


と、ズケズケと荷物を置いて、場を一気に明るくしていく。



小春はちょっと緊張気味だったが、

光子がその肩に手を置いて、


「ねぇ、こないだのあれ!覚えとる?バナナのやつ!」


「……あーっ、あれ!“ハイ、バナナでございます”のポーズやろ!?」


とギャグを振り返り、四人で盛大に吹き出す。


奏太はそんな様子を見ながら、ふと真面目な声で話し出した。


「実はさ……父さんに、手紙渡してくれたんよね。ありがと。たぶん、あれでやっと…伝わったと思う。」


優馬は真顔でうなずき、


「浩二さん、泣いとったよ。いまさらって思うかもしれんけど、あの人、本気で悔いとる。だから、あんたらの気持ちが、何より効いたんよ。」


すると美鈴が、目を細めながら理恵を見る。


「理恵さんもさ、もっと肩の力抜いてよかっちゃないと? 子どもたち、ちゃんとお母さんのこと見とるけん。」


理恵は苦笑いしながら、麦茶のコップを手に持った。


「……そうねぇ。最近、逆に子どもたちに怒られるんよ。“こんつめんでよか”って……親が言う立場やったはずが、いつのまにか立場逆転。」


「それ、うちもやし!」

と優子がツッコむ。


「うちんちなんて、“お父さんナルシストやけん”って、毎日いじられとるばい!」


「じゃけん、心の傷も、ギャグで癒していこうやん♪」

と光子がウィンクして、みんながふっと笑う。



奏太は一瞬、何かを迷うように目を伏せたが──


「……俺さ、ほんとは…今でも父さんのことで悩むことあるんよ。」


「そら、あるっちゃろうね。」

優馬が頷く。


「でも、そんな時はさ、こうして誰かに話せばいいっちゃん。ためこまんで、外に出すこと。大事よ。」


「わたしたちも、昔そうやったけんね」

と、美鈴が静かに続けた。



ふと、小春がぽつりとつぶやいた。


「……こうしてまた、笑い合える日が来るって、思ってなかった。」


その言葉に、理恵が目を潤ませ、そっと娘の手を握る。


光子と優子は、ぴょんと立ち上がってポーズを決める。


「じゃあ、記念に一発芸いっとこうか!」


「そうそう、〆はこればい! ファイブピーチ★の名にかけて──」


「ハイ、バナナでございますッ!!」


事務所中に爆笑の渦が巻き起こった。



まっすぐじゃなくてもいい。

時に迷い、時に立ち止まりながらでも──


彼らは、また一歩ずつ前に進んでいく。




【数日後・NPO法人みらいのたね事務所】


その日は曇り空で、雨が今にも降り出しそうな午後だった。

理恵、奏太、小春、そして美鈴と優馬、光子と優子の一同がまた事務所に集まっていた。


誰もが、少しだけそわそわしていた。


「……くるんかな。ほんとに。」


奏太がぽつり。

小春はうつむいたまま麦茶の氷をカラカラと回している。


そのとき──

「……失礼します」


扉の向こうから、静かな声がした。


ゆっくりと入ってきたのは、大畑浩二。


ワイシャツにスラックス、以前よりも痩せ、表情には疲れと緊張がにじんでいた。

手には、クシャッと折れかけた紙袋を提げている。


「……こ、こんにちは。……皆さん、突然すみません……」


「あ、どーもー!」と優子、思わず軽く手を挙げる。


「優子、軽っ!!」と光子が肘でツッコミ。


「……お父さん」


奏太が、ぽつりと呼ぶ。

小春は何も言わずに、少し目を逸らしていた。


浩二は深く一礼したあと、紙袋から何かを取り出す。


「……これ、ほんとは、何持ってきたらいいかわからんかったけど……」


出てきたのは、奏太と小春が小さいころ描いた似顔絵。

くしゃくしゃにならないよう、大事に取っていたのだろう。裏には「おとうさん だいすき」の文字。


「これ、ずっと財布に入れとった。手紙、もらってから……どうしても渡したくなって。」


一同、息をのんだ。


「……俺は……取り返しのつかないことをした。信号無視で……二人に怪我をさせて……」


そのとき、優馬がボソッと


「いや、ほんま今さら気づいたんかいっ」

とツッコミを入れかけるが、美鈴が肘で「シーッ」と押さえる。


浩二は続ける。


「何回も、“もし”を考えた。もしあの時、電話をせずにハンドル握ってたら、とか……

でも現実は変わらん。……俺がしたことは、決して消えん。」


その時、光子が前に出る。


「でもな。」


ピタリと場の空気が止まる。


「うちら、あんたが“何したか”より、“どう変わったか”を見るけん。

その代わり──」


優子が横から出てきて、


「“またやらかしたら、今度はうちらがガチでお尻ペンペンするばい”。しかもハリセン付きやけんね」


「ダブルでケツにくるやつね」と光子。


一瞬、事務所中が沈黙──


「は、はっ……」

浩二が噴き出して、思わず笑ってしまった。


「……ははっ、君たち……ほんとに、すごいな……。強い。」


すると小春が、ゆっくり立ち上がった。


「お父さん……会いに来てくれて、ありがとう」


そして奏太も、


「俺、もう一度ちゃんと向き合いたいと思ってる。……でも、“無理はしない”けんね。ゆっくりでいい。」


理恵も静かにうなずいた。


「家族やけんね。何があっても、やっぱり、どっかで繋がっとる。」



その日、事務所に流れたのは、

過去の償いと、再生のための第一歩。


双子は帰り際に、浩二の肩を叩いて、


「おじさんも、ギャグ磨きなよ!」


「“涙から笑い”に変える力、うちらに鍛えられちゃるけん!」


浩二は深く、深く頭を下げた。


そしてまた、空に少しだけ、光が差し込んだ──。








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