ヤバい魔物。
教皇座聖堂騎士団の男は、呻き声を漏らしながら、血走った眼で、こちらを見上げると、大量の血を吐き出し、そのまま事切れてしまった。
男の背中には、太く鋭い枝が、飛び出しており、腹部から貫通していた。
「ちょっと、どうして、コイツらが、こんなところにいるの? 竜骨のある場所は、まだ、ずっと先のはずよね?」
俺たちは、ハーデブルクを迂回しながら現場へ向かっているため、竜骨のある場所まで、あと数キロはある。
「むむっ、こりゃ、一体、どういう状況なんじゃ? なぜ、串刺しにされとるんじゃ?」
ミーネが、念力のような魔法で男を浮かせて、身体全体に目を通した。
「他に、これといった外傷は見当たらんな。やはり死因は、この枝が原因のようじゃな」
「てことは、赤帽子に襲われた可能性は低いってことか」
赤帽子は、斧や鉈を使って斬りつけてくるため、襲われれば、必ず裂傷が入る。そもそも、教皇座聖堂騎士団は、全員が、屠竜武器ノートゥングを装備しているため、よほどの物量攻撃を受けない限り、赤帽子にやられる可能性は低い。実際、この男の手にはノートゥングが握られている。
「もしかして、赤帽子とは、別の敵がいるってこと?」
ルピナスの言葉に、ミーネが曖昧に頷いた。
「ううむ、どうじゃろうな……」
ミーネが、眉間にシワを寄せながら、続ける。
「ただ、こやつらが、とんでもない厄介事に、巻き込まれておるのは、間違いなかろう」
俺は、嘆息した。
「で、今から、俺たちも、その厄介事に、首を突っ込むってわけか……」
本当に勘弁してもらいたい。
赤帽子の他に、未知の敵が、この先に潜んでいる可能性があるということだ。教皇座聖堂騎士団は、ハーデブルクを占拠していた赤帽子を全滅させるほどの戦力を持っている。そんな連中が、こうも簡単にやられるとは、にわかには信じられない。
ヤバい魔物がいるかもしれない。
だが、ヤバい魔物が潜んでいれば、すぐに、俺の魔力探知に引っかかるはずだ。現在、俺の魔力探知は、《竜骨生物群集帯》全域を網羅しているため、ヤバい魔物が現れたら、即座に探知することができる。
だが、ヤバい魔物の魔力など、微塵も探知していない。
そもそも、ここに来るまで、魔物の魔力すら探知していない。
あれ?
今さらながら、違和感を覚えた。
いや、ちょっと待て、こりゃどういうことだ?
確かに、竜骨のある場所まで、まだ距離はあるが、ここは、紛れもなく《竜骨生物群集帯》の中だ。
これまでの経験上、魔物がいないなどありえない。
何か、とんでもなく嫌な予感がする。
この状況を伝えるため、ルピナスとミーネに視線を向けると、彼女らは、不敵な笑みを浮かべて、見つめ合っていた。
「何だかよく分かんないけど、アイツら、竜骨の回収に手間取ってるみたいね、ふふふ……」
「うむ、そうじゃな。もし、奴らと敵対している者がおるなら、その者に感謝せんとな、ふっふっふっ……」
この先、ヤバい魔物がいるかもしれないのに、二人とも、どこか嬉しそうだ。
この世界は、男性よりも女性のほうが、魔力が高い傾向にある。そのせいなのか、男性よりも、女性のほうが、好戦的で逆境に強いような気がする。まあ、個人差はあるだろうが、少なくともルピナスとミーネは、どんな逆境であっても、果敢に挑んでいるイメージがある。
やっぱり、二人とも強い。
俺も、彼女たちのように、強くならないといけない。
「よし、先を急ごう、さっきも言ったが、この村から、早く出た方がいい」
「うむ、分かっておる。それで、この付近に魔物はおるのか?」
「うーん、それなんだが、魔力探知を《竜骨生物群集帯》全域に広げているんだが、魔物の魔力が、まったく感じないんだ……」
眉間にシワを寄せ、ミーネが考え込んだ。
「大半の赤帽子は、ハーデブルクに集まっておったからのう。森の中で遭遇せんかったのは、そのせいじゃと思っておったが、まったくおらんとなると、話が変わってくるのう……」
「悪い、俺が、もっと早く気付けば、よかったんだが」
「まあ、よい。ならば、竜骨の近くはどうじゃ?」
俺は、竜骨に向けて意識を集中させた。
「竜骨の魔力は、感じ取ることはできる」
「て、ことは、まだ、竜骨は回収されてないってことでいいのね?」
「そうだな、特に魔力の変化は感じない」
竜骨が回収されれば、魔封じの布で覆われるため、魔力を感じなくなるはずだ。
まだ、竜骨は放置されている。
ルピナスとミーネが、安堵の溜息を漏らした。
竜骨の魔力は、しっかりと感じ取ることはできる。
だが、それだけだ。
「正直、ここら一帯、竜骨以外の魔力をまったく感じない。教皇座聖堂騎士団どもは、魔力を制御する魔法式服を着てるから、探知できないのは分かるんだが、魔物の魔力を感じないってのは、明らかに変だよな……」
今までの経験上、《竜骨生物群集帯》に、魔物が生息していなかったことなどなかった。魔物が竜骨の周りに群がり、そこで独自の生態系を形成することが《竜骨生物群集帯》と呼ばれる所以となったため、魔物がいないと《竜骨生物群集帯》は、成立しないのである。
赤帽子が人間の血に強い執着があるのは分かるが、竜骨を放置して大移動するのは、明らかに違和感がある。
人間の血が、竜骨の魔力を凌駕するほどの魅力があるとは、到底思えない。
「ならば、あの騎士は、誰に殺されたんじゃ……」
やはり、ヤバい魔物の仕業だろうか。
魔力探知に引っかからないヤバい魔物。
そもそも、本当に魔物なのだろうか。
俺は、踵を返し、集落を見渡した。
村の中心には、ポツンと大きな井戸がある。
井戸の奥底からは、生温い風に乗って腐敗臭が漂ってきている。
無論、そこに魔物の影はない。
魔物。
いや、ちょっと待てよ。
この村は、赤帽子の棲み処のはずだ。
確証はないが、聖職者や貴族の衣類の切れ端、そして、井戸から漂っている死臭が、直感的にそう感じさせた。だから、この村を早く出るように、ルピナスとミーネを促した。
だが、赤帽子は、一匹もいない。
赤帽子の大半が、ハーデブルクに集結しているのは分かるが、棲み処に一匹もいないのは、明らかにおかしい。
この村は、奴らの棲み処じゃないのか?
いや、違う。
奴ら、棲み処を移動したのか。
何かしらの理由で、棲み処を移動するしかなかったのか。
棲み処を移動する理由。
森で、何か異変があったのか。
「とにかく、魔物が探知できなくても、警戒はしておいたほうがよさそうね」
ルピナスがノートゥングを鞘から抜いた。
湾曲した細身の剣が、金色に煌めいた。
「ふむ、ここを離れたら、ワシも魔力探知を行う」
「そうだな、お前の超高性能魔力探知で、魔物を探してくれ。俺の魔力探知じゃ、どうにも分からん」
とにかく、今は、ヤバい魔物を探知することが先だ。