大きな井戸。
この村の中心には大きな広場があり、その広場を囲むように家屋が並んでいた。
広場は、酷い臭気が立ち込めていた。
俺は、あることに気が付いた。
地面に、無数の布切れが、散らばっている。
布切れは、どれも引き裂かれたような跡があり、ところどころ赤黒く染まっていた。
「これって、もしかして……」
ルピナスが、表情を強張らせた。
「うむ、人間の服じゃな。汚れておるから、何とも言えんが、ちらほら十字架の刺繍が見えておるから、恐らく聖職者のものじゃろう。あと、この絹や羅紗の切れ端は、貴族のものじゃろうな……」
聖職者と貴族の衣服が、引き裂かれた状態で、散らばっている。
――魔力の高い、聖職者や貴族は、魔物にとって、ご馳走だもの。
クリームヒルトの言葉が蘇った。
俺は、背筋が凍りついた。
もしかすると、ここは……。
「ちょっと、あれ……」
ルピナスが指さす先、広場の中心に、大きな井戸があった。
恐らく、村人たちが、共同で利用していた井戸だろう。
井戸に、意識を集中させただけで、鼻孔が刺激された。
恐らく、この激臭は、あの井戸の中から漂ってきている。
「あの井戸には、近づかないほうがいい……」
俺は、ルピナスとミーネに向かって言った。
「あと、すぐにここを離れた方がいい」
とんでもなく嫌な予感がする。
「おぬし、何か知っておるのか?」
静寂が落ちた。
「分かったわ、エイミが言うとおり、早く、この村から出ましょう」
ルピナスは、井戸に背を向け、こちらへ歩いて来た。
「おぬし、現場に向かう道中で構わん、例の白昼夢の内容を聞かせてくれ」
「ああ、分かった……」
俺たちは、足早に、村の外へと向かった。
そして、村の境界線を抜け、森に足を踏み入れようとした時、近くの茂みで、どすんっ、と大きな音がした。
同時に、俺の魔力探知にも、微弱な魔力が引っかかった。
「なんだ、今の音?」
「もしかして、赤帽子?」
ルピナスの問いに、俺はかぶりを振った。
「いや、感じた魔力は、かなり弱い……」
「じゃが、何やら、嫌な予感はするのう……」
ミーネが、俺とルピナスに視線を向けた。
俺たちは、小さく頷き、戦闘態勢を取った。
俺は、竜骨鋼のハンマーに力を込め、物音のした方へと歩みを進める。
どれほど微弱な魔力であっても、ここは《竜骨生物群集帯》の中だ。相手が竜属性を宿していないという保証はない。絶対に警戒を解くことはできない。
「誰だ、誰かいるのかっ!」
茂みの向こうで、微かな呻き声のようなものが聞こえた。
俺は、足で茂みを掻き分けながら、恐る恐る進んで行く。
すると、一人の男が、うつ伏せで倒れていた。
俺は息を呑んだ。
男は、群青色の魔法式服を身に纏っていた。
紛れもなく、ブルグント魔導団の魔法式服だ。
「コイツは……」
ミーネが、魔法式服の隙間から見えている紋章に目を凝らした。
「ふむ、この男は、教皇座聖堂騎士団の騎士じゃな」