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イヤな臭い。

 俺たちは、敵の攻撃から逃れるため、一旦、ハーデブルク司教座都市を離れた。


 このまま病人や怪我人を連れて、ヴィーネリント小教区に避難しても良かったのだが、ルピナスとミーネから、猛反対を受けたため、病人や怪我人の移送は、シュタインに任せて、俺たちは、三人で、竜骨の回収に向かうことになった。


 どうやら、ルピナスとミーネは、教皇座聖堂騎士団の動向が気になって仕方ないようだ。


 もし、奴らに竜骨を回収されれば、ブルグント王との約束が、反故にされる可能性があるからだ。


 ――国内すべての竜骨を回収できた暁には、お前たちに《ニーベルゲンの財宝》の在処を教えよう。


《ニーベルゲンの財宝》の在処を開示するにあたって、ブルグント王から打ち出された条件は、()()()()()()()()()()()だ。


 つまり、今回の竜骨が、教皇座聖堂騎士団によって回収されれば、王の条件に達しないため、約束が反故にされてしまうかもしれない、と、言うのが、彼女らの考えだ。


 この危機的状況下において、どっちが先に回収したとか言っている場合ではないように思えるが、彼女たちにとっては死活問題のようだ。


 確かに、《ニーベルゲンの財宝》の在処を教えてもらえないとなると、彼女たちの二年間は、無駄になってしまう。


 ただ、ちょっと引っかかるのは、ブルグント王は、《ニーベルゲンの財宝》の在処を教えるとは言ったが、《ニーベルゲンの財宝》を褒美として渡すとは言っていない。


 数多のブラック企業で、騙され、利用され、陥れられてきた経験から、俺は、組織というものを、まったく信用していない。


 この国は、ブラック企業とよく似ている。


 つまり、まったく信用できないということだ。


 まあ、こんなこと、今、考えることじゃないのだが。


 そんなこんなで、俺たち三人は、危険なハーデブルクを迂回しながら、竜骨が放置されている現場を目指して、森の中を突き進んでいる。


 シュタインは、ヴィーネリントに病人と怪我人を送り届けてから、俺たちに追いつく予定だ。今のシュタインは、魔力がほとんどないので、魔物に襲われる可能性はかなり低い。まあ、仮に襲われたとしても、自慢の怪力に加え、竜骨鋼の大斧も装備しているので、苦戦することはないだろう。


「ずいぶんと静かね……」


 ルピナスが、聖水を口に含みながら言った。


「そうじゃな、魔物の気配すら感じんのう……」


 ミーネが、聖水を口に含みながら言った。


 二人とも、傀儡魔法かいらいまほうによって浸蝕された肉体を浄化している最中だ。


「お前ら、本当に大丈夫なのか?」


 俺が訊くと、二人が同時に振り向き、大きく頷いた。


「問題ないわ。これくらいの魔力汚染なら、今までに何度も経験しているから。ただ、いろいろと思い出して、気持ち悪くなっただけ……」


 ルピナスの言葉に、胸が痛くなった。


 彼女が受けた心の傷は、決して癒えることはないだろう。


「それよりも、勇者が、赤帽子レッドキャップに攫われたというのは、本当か?」


 ミーネの言葉に、俺は小さく頷いた。


「ああ、間違いない。夢で、はっきりと見たからな」


「ならば、勇者の下僕どもはどうなったんじゃ? なぜ、魔導士がバルムンクを持っていたんじゃ?」


 いろいろ聞きたいことは分かるが、俺自身、頭の整理が追いついていない。


 ええっと、まず、僧侶が、実は邪眼のバロールで、戦士は、邪眼のバロールと戦って石にされて、勇者は、赤帽子レッドキャップに攫われて、魔導士は、バルムンクで、赤帽子レッドキャップを追い払って……こんな感じの流れだったか。情報量が多すぎて、説明するのも大変そうだ。


 と、その時、ルピナスが足を止めた。


「ちょっと、何か、臭わない?」


「臭う?」


 俺は、くんくんと鼻を鳴らした。辺りは木々が生い茂っているため、濃厚な緑の臭いしかしない。


「魔力探知のほうは、どうじゃ?」


「うーん……」


 魔力探知の範囲を、この周辺に絞ってみたが、魔力を感じることはなかった。


「あたしたちエルフは、他の種族に比べて五感が鋭いの。間違いないわ、この先から、イヤな臭いが漂ってきてる」


「イヤな臭い……」


 何となく嫌な予感がした。


「ワシらの向かっておる方角じゃな……」


「ああ、そうみたいだな」


 あまり行きたくはないが、残念ながら通り道のようだ。


 しばらく歩いて行くと、真っ暗な森の中に、少しずつ光が差し込み始めた。


 次第に、密集していた木々が減っていき、差し込む光の量が増えていった。


 光の方へと進んで行くと、突然、開けた場所に突き当たった。


 広大な海原の中に、ぽっかりと浮かぶ小島のような感覚だ。


「こんなところに、村が……」


 森の奥深くに、ぽつんと小さな村があった。


 村を囲むように小さな畑がいくつもあり、その畑に沿って、茅葺屋根の平屋が並んでいる。それら建物の一番奥に、高く掲げられた十字架が見える。木造の小さな教会だ。


 人の気配はない。


 畑は荒れ果て、雑草が生い茂っている。家は傾き、崩れ落ちているものもある。


「うむ、放棄されて、数年といったところかのう」


 この世界は、深い森に覆われているため、街や村、そして都市は、森という名の大海に浮いた小島のような存在だ。しかも森には魔物が棲みついているため、魔物が活発な地域では、防衛手段を持たない街や村は放棄されることが多い。そして、街や村を捨てた人々は、流民となり、都市の貧民窟などに棲みつくようになる。


「ここは、赤帽子レッドキャップの生息域のど真ん中だからな。魔力のない人間でも、安心して暮らすことはできないだろうな」


 赤帽子レッドキャップにとって、人間は絶対的な敵であり、それは魔物となった今でも、しっかりと受け継がれている。


「ふむ、恐らく、数年前までは、村が、冒険者や傭兵を雇って、魔物の侵入を防いでおったんじゃろうが、見るからに貧乏そうな村じゃからな、近年の魔物の活性化で、金が底をついて、村を手放したんじゃろう」


「魔物の活性化、か……」


 近年、俺のような異世界転移者が増加している。彼らは、転移後、冒険者に認定され、冒険者ギルドに配属させられる。そこで二週間の訓練を受けたのち、クエストへの参加が認められる。


 つまり、元ニートや元社畜のオッサンたちが、たった二週間の基礎訓練のみで、実戦に投入されるのである。高い魔力を宿す異世界転移者であっても、素人同然の剣と魔法では、この世界で生き残ることはできない。しかも魔力量に応じて挑戦できるクエストが決められているため、異世界転移者は、高難易度のクエストしか挑戦することができない。


 そして、大半の異世界転移者は、最初に挑戦したクエストで命を落とす。


 そして、彼らの死体は、魔物に喰われ、魔素を取り込まれる。やがて、その魔物が死に、別の魔物が、その死体を喰って、魔素を取り込む。この繰り返しにより、異世界転移者の魔素は、魔物の食物連鎖の中で循環され続け、魔物全体の魔力を底上げしているのである。


 異世界転移者は、魔物にとって多大な栄養源になっているのだ。


 もしかして俺たちは、魔物の餌として、この世界に連れて来られたのかもしれない。


 漠然と、そんな風に思ったこともある。


 その時、鼻の横を風が通りすぎた。


「うっ!」


 俺は、思わず口を押えた。


 風に混じって、漂う激臭。


 この激臭、どうやら村の中心部から流れてきているみたいだ。


 俺は、この臭いを知っている。


 異世界に来てから知った、イヤな臭い。


 死体の臭いだ。

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