俺にとっては、それだけの魔法だ。
「傀儡魔法だと?」
傀儡魔法。
魔力の高い者が、魔力の低い者を操るために生み出された魔法で、その魔力差が大きいほど、相手の肉体を自在に支配することができ、魔力差によっては、精神まで支配することのできる危険な魔法だ。
勇者が、最も得意する魔法である。
手足に絡みついている、この見えない糸のようなものがそうなのか。
「魔力抵抗の高いおぬしは、糸のような感覚かもしれんが、ワシらは、荒縄、いや、鎖で縛りつけられているような感覚じゃ……」
ミーネが、地面にうずくまった。
つまり、俺と敵の魔力差は、それほど大きくはないということか。だが、こうやって魔法で干渉されているということは、俺よりも、敵のほうが魔力が高いってことだ。
「くそっ、ハーデブルクのどこから攻撃しているんだっ!」
継続して魔力探知を行っているが、いかんせん精度が悪いため、傀儡魔法が、どこから発動されているのか、まったく分からない。
そもそも、都市の中に、勇者の魔力を感じる取ることはできない。
勇者は、常に、膨大な魔力を垂れ流しているため、どんなに精度の悪い魔力探知であっても、すぐに見つけ出すことができる。
だが、都市の中で、膨大な魔力を垂れ流しているのは、赤帽子の王だけだ。さすがに、俺の超低性能な魔力探知でも、人間と魔物の判別くらいはできる。
この傀儡魔法、本当に、勇者が放っているのか。
あまりにも不可解だ。
「勇者は、赤帽子に攫われたはずだ。都市にいるはずがない!」
「な、なんじゃと……?」
ミーネが、驚きに目を張った。
「じゃ、じゃあ、この魔法は、別の誰か、が……?」
ルピナスが息を荒げながら、小さく反応した。
「い、いや、もう、考えるのは後じゃ、すぐに、この場を離れるぞ……」
「ああ、ここは、かなりヤバそうだ……」
傀儡魔法の効果は、魔力差の他に、距離にも大きく影響される。距離が、近ければ近いほど、効果は増大していき、逆に、距離が、遠ければ遠いほど、効果は縮小されていく仕組みだ。
貧民窟からここまでの距離でさえ、数キロは離れている。仮に、貧民窟から遠距離攻撃を仕掛けているとしても、魔力の高いミーネやルピナスの動きを封じるなど普通ではありえない。
つまり、敵は、圧倒的な魔力を有していることになる。
距離を縮められれば、確実に、俺自身も危うくなる。
とにかく今は、ここを離れたほうがいい。
敵は、魔力探知にも優れている。なぜなら、今、傀儡魔法に捕まっているのは、俺とルピナスとミーネだけだ。魔力が空っぽのシュタインや、貧民窟の住人たちに変わった様子はない。敵は、俺たちの魔力を探知して、ピンポイントで傀儡魔法を繰り出しているのだ。
それだけでも、敵の精密さが伺える。
もし、敵が、俺たちの目の前に姿を現せば、傀儡魔法によって、シュタインや貧民窟の住人たちは、一瞬にして精神まで浸蝕されてしまうだろう。
そうなる前に、逃げなければ。
「シュタイン、敵が迫ってるみたいだ。急いでみんなを荷台に乗せるぞ!」
シュタインはこくりと頷くと、その場に残っていた病人や怪我人を抱え、テキパキと荷台へ乗せ始めた。
俺も、地面に蹲っているルピナスとミーネを抱え上げ、荷台へと乗せた。ついでに、勇者パーティーの魔導士も、荷台へと乗せた。
不本意ではあるが、コイツも、勇者の欲望の捌け口にされた哀れな娘だからな。
しっかし、手足に糸が絡みついて、本当に動きにくい。しかも、嫌がらせのように、後ろへ引っ張ってくる。イライラするので、その度、思いっきり引っ張り返している。とんでもなく鬱陶しい魔法だ。
ただ、俺にとっては、それだけの魔法だ。
みんなを荷台に乗せ終えると、俺は、バルムンクを背負って紐で括り、荷台の後ろへと回り込んだ。後は、シュタインが荷台の柄を握れば、スタンバイオッケーだ。
俺は、シュタインとのタイミングを合わせ、魔法で筋力強化を行い、全力で荷台を押した。
絡みつく糸を振り解きながら、俺たちは、ハーデブルクから離脱した。