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私たちは、とんでもない大罪を犯してしまいました。

「英雄?」


 その異質な赤帽子レッドキャップが、室内に入って来た途端、勇者を取り囲んでいた赤帽子レッドキャップの動きが、ピタリと止まった。


 振り上げていた斧を、静かに降ろしていく赤帽子レッドキャップたち。


 室内が、不気味な静寂に包まれた。


 一匹の赤帽子レッドキャップの足音だけが、室内に響いている。


 錆びた鉄の擦れる音。


 耳障りな金切り音。


 赤帽子レッドキャップは、ベッドの上に飛び乗ると、頭を抱えて丸まっている勇者を、じっと見降ろした。


 燃えるような眼球を剥き出し、勇者を睥睨する。


 次の瞬間、握っていた斧を、天井高く振り上げると、勇者の背中に向けて、勢いよく、叩き下ろした。


 丸まっている勇者の背中に、刃が突き刺さり、派手に血しぶきが上がった。


 勇者は、呻き声を漏らして、ベッドの上に、大の字でひれ伏した。


 悶えるように嗚咽すると、血に混じって、吐しゃ物も飛び散った。


 斧の刃は、かなり深くまでめり込んでいる。恐らく背骨は断ち切られ、内臓まで達しているのだろう。勇者の苦しむ様が尋常ではない。


 すると、次の瞬間、またも勇者の身体が光り輝き、裂傷から、とめどなく流れていた血液が、徐々に乾いていった。


 異質な赤帽子レッドキャップは、その様子を、まじまじと見ていた。


 そして、どこか納得するような素振りを見せると、勇者の背から勢いよく斧を引き抜いた。


 再び、勇者の口から、血とゲロが吐き出され、掠れた呻きが聞こえた。


 勇者の血が付着した斧を、満足気に眺めながら、異質な赤帽子レッドキャップは、周囲の赤帽子レッドキャップに、合図のような動きを見せた。


 瞬間、今まで大人しかった赤帽子レッドキャップたちが、急に慌ただしく動き始めた。


 ぐったりしている勇者の手足を押さえつけ、ベッドのシーツを剥ぎ取ると、勇者の全身をぐるぐる巻きにして、きつく縛り上げた。そして七匹掛かりで、勇者を抱えると、そのまま小走りで部屋から出ていった。


「アイツら、勇者をどこに連れて行くつもりだ?」


「棲み処に持って帰るんでしょ。特上の獲物は、縄張りの中で、ゆっくり頂きたいのよ」


 特上の獲物。


 俺は、怖気が走った。


 そして、スクリーンには、もう一人の獲物が映っていた。


 彼女も、奴らにとって、特上の獲物に違いない。


 異質な赤帽子レッドキャップが、魔導士を睥睨していた。


 常に冷淡な表情を崩すことのなかった魔導士が、恐怖に怯えた表情を浮かべている。


 室内には、異質な赤帽子レッドキャップの他に、まだ数匹の赤帽子レッドキャップが徘徊している。


 出入口は、一カ所しかないため、隙を見て逃げ出すのは難しい。


 互いに睨み合う魔導士と赤帽子レッドキャップ


 すると、異質な赤帽子レッドキャップが、また合図を送った。


 次の瞬間、うろうろしていた赤帽子レッドキャップたちの動きが、急に機敏となり、横一列に隊列を組むと、魔導士へ向け、一斉に襲い掛かってきた。


 必死に逃げようとする魔導士。しかし、巧みな連携で、退路を塞ぐ赤帽子レッドキャップたち。そして、彼女の脚に向けて、豪快に斧を振り回す。


 赤帽子レッドキャップたちは、彼女の脚ばかりを執拗に狙っていた。


「やっぱり奴ら、魔導士も生け捕りにするつもりか!」


 魔導士は、赤帽子レッドキャップの猛撃を必死でかわしながら、ふいに、出入口とは逆方向へ走り出した。


 その刹那、赤帽子レッドキャップの刃が、彼女の太腿を斬り裂いた。派手に鮮血が飛び散る。それでも彼女は、走ることを止めず、ある一点に向かって、突っ込んでいった。


「コイツ、この土壇場で気付いたのか!」


 魔導士が手を伸ばした先、そこにはバルムンクがあった。


 バルムンクは、黄金の輝きを放ちながら、壁に立てかけられている。


 彼女は転がるように壁に激突し、その衝撃で倒れそうになったバルムンクの柄をしっかりと掴んだ。


 魔導士の表情が、苦悶に歪む。


 それでも、渾身の力で、バルムンクを振り上げ、その切っ先を、目前に迫った赤帽子レッドキャップたちへと突き付けた。


 途端、赤帽子(レッドキャップ)の動きが止まった。


「ハアハア、やっと、分かりました……」


 息を荒げながら、魔導士は続けた。


「貴方たちは、赤帽子レッドキャップではなく、竜なのですね」


 うっ、と痛みに顔を顰める。


 太腿からは、おびただしい量の血が流れている。


「な、なるほど、バロールの言っていた通りですね。私たちは、とんでもない大罪を犯してしまいました」


 魔導士の膝が、がくんと落ちた。


 太腿から流れ落ちていた血が、膝を伝って地面で弾けた。


「私たちは、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》を甘くみていました。もし発現したとしても、勇者さまとバルムンクがあれば、何とかなるだろうと高を括っていました。それが大きな間違いでした……」


 魔導士は、歯を食いしばりながら、必死でバルムンクを持ち上げる。


「私たちは、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》の脅威を頭では理解していましたが、イメージすることができていませんでした……」


 異質な赤帽子レッドキャップは、魔導士を睥睨したまま、動きを止めている。


 他の赤帽子レッドキャップたちも、動く気配はない。


 魔導士も、バルムンクをかざしたまま、その場に静止している。


「ふう……」


 魔導士が静かに息を吐き出した。


「まさか、こんな地獄が待ち受けているなんて、想像すら及びませんでした……」


 猛烈な勢いで、魔力を吸い尽くすバルムンク。


 魔導士の魔力では、恐らく一振りもできないだろう。


 持っているだけで、限界のはずだ。


 もう、いつ崩れ落ちてもおかしくはない。


 室内が、不気味な静寂に包まれた。


 と、その時、異質な赤帽子レッドキャップが、くるりと踵を返し、何事もなかったかのように、ゆらりと部屋から出ていった。残された赤帽子レッドキャップたちも、彼を追って部屋から出ていった。


 室内は、バルムンクを持った魔導士と、石像となった戦士の二人だけとなった。


 窓の外からは、絶え間なく阿鼻叫喚がこだましている。


 魔導士の呼吸が、駆け上がるように激しくなった。


 と、次の瞬間、魔導士は、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

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