スクリーンには、勇者の青ざめた表情が映っていた。
中央広場を埋め尽くす小さな影。
燃えるような赤い目玉が、炯々と輝いている。醜悪な老人のような表情に、下顎から突き出た鋭い牙。黒く長い髪は、やたらと湿っており、肩や背中にべっとりと張りついている。手には斧や鉈が握られており、鉄製の長靴からは、耳障りな金属音が響いていた。
窓の外は、赤帽子で溢れていた。
中央広場を警護していた警使たちが、長い槍を使って、必死で追い払おうとしているが、赤帽子たちは、怯むことなく、警使たちへ、次々と襲い掛かっている。
斧を振り上げ、躊躇なく警使らの手足を切り落とし、地面に転がったところを、集団で抑え込み、腹を切り裂き、中から腸を引き摺り出して、自らの帽子に、何度も擦りつけている。
中央広場の石畳が、瞬く間に、血の池と化していった。
赤帽子たちは、中央広場にいた人々を捕らえると、家畜を解体するかのように、次々とばらしていった。そして、噴き散った鮮血を全身に浴びながら、狂喜の雄叫びを上げ、踊るようにして、その血液を帽子に染みこませていった。
赤帽子は、人間の血を好む。
理解はしていた。
理解はしていたが、その光景は、想像を絶するほどの地獄絵図だった。
突然の赤帽子の襲来に、貴族の命を受けた騎士たちが、中央広場へと駆けつけて来た。
暴れ狂っている赤帽子の軍勢の中へ、騎士たちが突撃していき、一斉に剣を振るった。
だが、刃は一切として届かなった。
騎士たちが、どれほど斬りつけても、赤帽子には、傷ひとつ負わせることができなかった。
「まさか、ここにいる奴ら、全部、竜化してんのか……」
俺は、唖然となった。
剣がまったく通用しない赤帽子を前に、騎士たちは、一気に恐慌状態に陥った。
赤帽子は、その瞬間を見逃さなかった。
激しく狼狽している騎士たちへ、武器を振り上げ、一斉に襲い掛かった。
赤帽子の斧や鉈が、騎士たちの鎧を激しく打ちつけた。騎士たちの悲鳴が響き、赤帽子の悲鳴がそれを掻き消す。刃を振り上げ、間断なく襲い掛かる赤帽子たち。騎士の手足が宙を舞い、地面に転がる胴体に、何度も斧が打ち下ろされる。澄んだ早朝の空に、盛大に舞い散る血粉と、轟きこだまする断末魔。
そして、虫の息となった騎士たちの鎧を引き剥がし、あらわとなった腹部に狙いを定めると、勢いよく斧を突き立てた。瞬間、血液が勢いよく噴き上がり、それを見上げる赤帽子たちに、悲鳴が上がった。噴水のように宙を舞う鮮血に、赤帽子たちは、狂喜乱舞した。
「コイツら、人間を殺すことを楽しんでいるのか……」
「そうね。彼らにとって人間は、大いなる敵でもあるから」
「大いなる敵?」
肘掛けに、頬杖を突きながら、クリームヒルトが答えた。
「彼らは、侏儒族の中でも、とりわけ知能が低く、力も弱く、容姿が醜いこともあり、人間から迫害を受けていたの。棲み処を焼かれたり、理由なく虐殺されたり、時には奴隷として、戦場に送られたりもしていたわ」
「それは、魔物に堕ちる前の話か?」
「そう、魔物に堕ちるよりも遥か昔。まだ、大陸が森に呑み込まれる前の話ね」
クリームヒルトは続けた。
「彼らは人間の迫害から逃れるため、森の奥へ奥へと棲み処を移っていった。でも当時は、今と違って、外国との交流が盛んに行われていたから、人や物流の経路を確保するため、世界中で森の伐採が行われていたの」
深い森に覆われ、魔物が跋扈する今の世界とは、真逆の世界だ。
「人間によって棲み処を奪われた彼らは、人間から逃げるのを諦め、戦うことを決意するの。でも剣や魔法を使いこなす人間との差は歴然で、結果として、多くの犠牲を払うことになったわ」
クリームヒルトは続けた。
「ただ稀に、人間を討ち取る者が現れたの。彼らは、種族の〝英雄〟として称えられるようになったわ。そして、その中に、数多くの人間を討ち取った赤帽子がいたの。彼の帽子は、いつも人間の返り血で真っ赤だったと言われているわ。いつしか、彼の赤く染まった帽子は、〝英雄の証〟として認められるようになり、これをきっかけに、彼らは、討ち取った人間の血を、帽子に塗り込むようになったの」
「それが、赤帽子の起源か……」
「彼らにとって人間は、不俱戴天の敵。それは魔物に堕ちても、変わらないみたいね」
スクリーンには、魔物となった赤帽子たちが、次々と人間を殺している映像が流れていた。もはや、立場は完全に逆転している。解体された人間は、血を搾り取られ、石畳の上には、無数の血だまりができている。
赤帽子たちは、嬉々として、その血だまりに帽子を浸し、しっかりと染みこませ、塗り込んでいく。血だまりが乾いたら、石畳の隅間に染みこんだ血を、帽子の端で器用に拭い取り、もみ込むようにして染み込ませた。
散らばった肉や内臓は、次々と赤帽子たちの胃袋に放り込まれていき、骨は砕かれ、魔素は吸い尽くされていった。
「都市に、人間の死体がなかったのは、コイツらに喰われていたから、か……」
「いえ、それだけじゃないわ」
クリームヒルトが、スクリーンを見ながら、婉然と微笑んだ。
スクリーンには、勇者の青ざめた表情が映っていた。