魔族によって、肉体を取り変わられていました。
おいっ! 朝っぱらから、うるせーぞっ! こっちは二日酔いで、アタマ痛てぇーんだっ!」
ようやく勇者が、ベッドから起き上がった。
あの騒々しさの中、寝ていたコイツの神経が理解できない。
勇者は、床の上にへたり込んでいる魔導士を睨んだ。
「あん? 何やってんだ、お前?」
魔導士は、石となった戦士を茫然と見つめていた。
「おわっ、なんだこりゃっ!」
戦士の石像を見るなり、勇者は驚きの声を上げた。
「ん? これ、アンネの石像か? 誰だ、こんなもん置いていったのは。つーか、セシリア、ホンモノのアンネはどこいった?」
アンネとは戦士の名前で、セシリアは魔導士の名前だ。
「そ、それは、石像ではなく、アンネさま本人です。魔族によって石化されました」
「はっ? なんじゃそりゃ? 魔族? 石化? つーか、カタリナの奴もいねえな。アイツは、どこに行っちまったんだ?」
カタリナは僧侶の名前だ。
「カタリナさんは、魔族によって、肉体を取り変わられていました。彼女が今、どうなっているかは、私にも分かりません」
「はっ? オマエの言ってる意味が、ぜっんぜん、わかんねぇ、つーか、その魔族ってのは、なんだ?」
「魔族とは、闇属性や邪属性を宿している種族のことです。カタリナさんの肉体に取り変わり、アンネさんを石に変えたのは、魔王エティンに忠誠を誓っているフォモル族のバロールという男です」
「バロール? 誰だ、そりゃ?」
コイツは、自分の命を狙っていた魔族の名前すら憶えていないのか。
「邪眼のバロール。魔王エティンの側近の一人で、見た者を石化する能力があります」
「ふーん」
勇者のどこか他人事のような反応に、魔導士の顔が引きつる。
「で、アンネの石化は、教会で治せるんだろ?」
「えっ? いや、まあ、それは、その……」
勇者の頭の中は、未だRPGゲームの世界のようだ。石化は、呪いのような魔法であるため、その縛りを解くには、呪いの根源を絶つか、長い年月をかけて魔力を浄化していくしか方法はない。教会ですぐにどうにかできる問題ではない。そもそも、魔族の魔法と、聖職者の祝福は、まったくの別物であるため、干渉することすらできない。
「ちっ、つーか、カタリナの奴、どこに行っちまったんだ? また逃げたんじゃねえだろうな。くそっ、夜は、回収屋どもと飲み会だからな。アイツら、カタリナが大好きだからな。いないとなると、盛り上がりに欠けちまう」
「カタリナ、さん……」
巨大なスクリーンに、魔導士の表情が映し出された。
その顔は、今にも泣き出しそうなほど、悲痛に歪んでいた。
「残念だけど、彼女は、もう、この世にはいないわね」
スクリーンを眺めながら、クリームヒルトが冷笑を浮かべた。
「そ、そうなのか?」
「ほら、あの魔導士も言っていたでしょ? 肉体を取り変わられたって」
「バロールに殺されたってことか?」
「違うわね。彼女が望んで、肉体と魂を、あの魔族に譲り渡したのよ」
言っている意味が、ぜんぜん意味が分からない。
「ほら、これから、もっと面白くなるわよ」
クリームヒルトが、スクリーンを指さした、瞬間、耳をつんざくような金切り声が、シアター内に響き渡った。
「まさか……」
俺が、スクリーンに視線を戻すと、場面は中央広場に変わっていた。
そこは、阿鼻叫喚に包まれていた。