竜骨生物群集帯
「おーい、お前ら、もう出て来ていいぞ!」
勇者が叫ぶと、森の中から、わさわさと男たちが姿を現した。
その手には、巨大な出刃包丁のようなものが握られている。
「いやあ、さすがは勇者さま。まさか、一撃で仕留めるとはね」
出刃包丁を肩に担いだ男が、ニヤニヤしながら勇者に近づいて来た。
「ふん、図体がでかいだけで、ただの雑魚だったな」
「雑魚ねぇ……」
男は、竜を見上げ、口を尖らせた。
「おい、さっさと始めろ。日が暮れちまうだろ。こんな、なんもないクソ田舎で、一泊なんて、ぜってームリだかんなっ!」
「へいへい、おっしゃるとおりでございます」
男がうやうやしく頭を下げる。
「おーい、野郎ども、とっとと始めるぞ!」
竜の死体に、出刃包丁を持った男たちが、わらわらと集まると、慣れた手つきで、竜を解体していった。連中が使用している刃物は、恐らく竜鱗鋼で作られているのだろう。刃に不純物が多いのか、若干、切るのに苦戦しているようだが、解体はスムーズに行っている。
コイツらは、竜の解体屋だ。
竜は、骨以外のすべてを加工することができる。鱗は武器や防具、血は魔導具、肉は食糧、脂は燃料、内臓は薬など、様々な用途として使用される。それらはすべて、非常に貴重なため、市場では類を見ないほどの高額で取引されており、その大半が、王族や上級貴族、大商人の手に渡っている。
竜を原料とした加工品は、極めて稀有であるため、その価値はとんでもなく高い。
その理由は、国内での竜討伐は、禁止されているからだ。
稀に、国家を脅かすほどの危険な竜が出現した場合、例外的に討伐クエストが発動されることがある。これは、国王勅命のクエストであるため、王国騎士団の主導の元、各ギルドから選抜された傭兵や冒険者しか参加することができない。
竜討伐に関しては、国王によって厳重に管理されており、討伐後に得られる様々な素材も、国王の管理下で取引されるため、より希少価値が高くなるのである。
だが、勇者は、そんなことおかまいなしに、竜討伐を続けている。
そして、莫大な報酬と引き換えに、竜の死体を解体屋に提供し続けている。
これは、紛れもなく密猟である。
ちなみに、解体され、加工された竜の素材は、闇ルートに乗って世界各地に売られているらしい。
密猟を続ける勇者に対して、国王は、再三、竜討伐を止めるように訴えているが、まるで聞き耳を持たないようで、三年に渡り、竜を狩り続けている。
結果、国中に、竜骨が放置される結果となった。
加工することができない竜骨は、金にならないため、回収されることなく、そのまま現場に放置されていったのだ。
解体屋たちは、手際よく、竜の肉や内臓を部位ごとに切り分けていく。
それぞれの部位は、荷車ごとに分けて乗せていき、小分けにした状態で、丁寧に布で包んでいく。恐らく魔封じの布だろう。そのままだと、竜の魔力に魅かれて、魔物が寄って来るからだ。
竜は、あっという間に、白骨死体となった。
「いつも、いつも、ありがとうございます」
解体屋の男が、ニヤニヤしながら勇者に近づいて来た。
「このデカさの竜だ。それなりの報酬は期待していいんだろうな?」
勇者が、じっとりと冷たい目で、男を睨んだ。
男の顔が引きつる。
「も、もちろんです。報酬は、たんまりと用意しています」
勇者は、満足気に鼻を鳴らすと、戦士にバルムンクを拾うように指示した。戦士は、悲痛に顔を歪めながらも、バルムンクを持ち上げたが、すぐに、膝が折れ、倒れそうになった。僧侶と魔導士が駆け寄り、彼女を二人で支える。そして、三人掛かりで、バルムンクを厳重に布で包み、荷台へと運んだ。
違和感を覚えるほどの重さだ。
一方、勇者は、満足気にふんぞり返り、ガニ股で意気揚々と歩き出した。その背中を、戦士、僧侶、魔導士が並んでついていき、荷車を押す解体屋たちが、その後に続いた。
竜骨を放置して、彼らは、その場から去って行った。
ちなみに、竜討伐クエストでは、竜骨の回収は厳命されており、指定された教会まで運搬することも義務付けられている。
現場で竜骨を砕くことで、ある程度の魔素は、自然界へ還ることができるが、骨内部に、僅かでも魔素が残っていれば、魔力は生成され続けてしまう。そのため、残った魔素を完全に消し去り、魔力の生成を停止させる処置を行わなければならない。
これを魔力浄化と呼んでいる。
魔力浄化は、教会が管理する聖ライン河でしか行うことができない上、竜の魔素を完全消し去るには、途方もない年月と時間が必要となる。竜骨の処理は、それほど手間と時間がかかるのだ。
ふいに、崖の穴から呻き声が聞こえた。
断崖に掘られた無数の洞穴。
その奥で、赤い光点が明滅した。
ゴブリンたちの目玉だ。
勇者たちが、立ち去るのを待っていたかのように、ゴブリンたちは、洞穴の奥から、わらわらと姿を現した。
竜骨を囲むように集まり、何やら、くちゃくちゃと喋り合っている。
すると、一匹のゴブリンが、竜骨に近づき、細く長い舌で、その表面をぺろりと舐めた。
瞬間、雷に撃たれたような激しい痙攣を起こし、そのまま地面に転がった。
騒然となるゴブリンたち。
泡を噴いて、大の字で倒れているゴブリンの周りに、仲間のゴブリンたちが集まって来る。
ゴブリンたちが、怯えながら、また、くちゃくちゃと喋り出した。
ふいに、倒れていたゴブリンの身体が上下に大きく揺れた。
周囲のゴブリンから悲鳴が上がる。
次に瞬間、ゴブリンの瞼がパッと開いた。
真っ赤な眼球が、眼窩から剥き出しとなっている。
ゴブリンは、むくりと起き上がると、辺りをキョロキョロと見渡した。
そして、突如、奇声を上げると、竜骨に勢いよく飛びつき、狂ったようにむしゃぶり始めた。
そんな様子を茫然と見ていたゴブリンたちも、後を追うように竜骨へ飛びつき、夢中で貪り始めた。
竜骨から噴き上がる魔力を取り込み、ゴブリンたちは、次々と竜へ変貌していった。
最凶最悪の竜化ゴブリンの誕生である。
同時に、《竜骨生物群集帯》が誕生した瞬間でもあった。