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勇者とは、これほどまでに下劣で醜悪な人間だったのか。

 スクリーンには、ベッドで眠る四人の姿が映し出されている。


 左から、戦士、勇者、魔導士、僧侶の順に眠っている。


 と、その時、僧侶の瞼が開いた。


 ブルグント人、特有の青い瞳。


 僧侶は、瞳をぐるりと回すと、静かに起き上がり、ゆっくりとベッドから降りた。


 おもむろに、腰の辺りまで伸びた金髪を掻き上げる。


 華奢な裸体があらわとなった。


 窓から射し込む朝の光が、彼女の滑らかな流線形を照らした。


「ふう、毎夜、毎夜、男どもに弄ばれ、実に哀れな身体だな……」


 僧侶の声は、華奢な彼女からは、想像もできないほど、重く太いものだった。


「実に不快な二年だった……」


 途端、僧侶の青い瞳が、濁った血のように赤黒く染まった。


「しかし、勇者とは、これほどまでに下劣で醜悪な人間だったのか……」


 ベッドで気持ち良さそうに眠る勇者を睨み、吐き捨てるように言った。


「魔物以下の存在だな」


 そして、僧侶は静かに瞼を閉じ、どこか祈るように呟いた。


「お仕えしているのが、エティン様であったことを、改めて感謝せねばなるまい」


「エティン、だと……」


 俺は、スクリーンに目を凝らしながら、僧侶の発した言葉に当惑していた。


 エティン。


 魔王と同じ名だ。


 クリームヒルトのほうへ視線を向けると、彼女はスクリーンを見つめながら、どこか楽しそうに、口許をほころばせている。


「ねえ、目を離さないほうがいいわよ。面白くなるのは、これからだから」


 スクリーンを見つめながら、クリームヒルトが口許を綻ばせた。


 面白くなる?


 どういうことだ?


 俺が、スクリーンに視線を戻した、瞬間、僧侶の足の爪先から、灰色の何かが、浸蝕するように、じわじわと這い上がって来た。


「まさか、石化しているのか」


 僧侶は、足元から徐々に石化していた。


 瑞々しく艶やかだった肢体が、みるみるうちに、荒くざらついたセメントのようなものに、塗り固められていった。


 気が付くと、僧侶は、石像へと変貌していた。


 著名な彫刻家の作品と言われても分からないほど、見事な石像が屹立していた。


 すると、僧侶の頭頂部に、ピキッと、亀裂が入った。


 僅かだった亀裂は、頭から流れるように広がっていき、瞬く間に、石像はひびだらけとなった。


 そして、ぼろぼろと静かに崩れていった。


 崩れ落ちていく石像の中から、一人の男が姿を現した。


 漆黒の長い髪に、深紅の瞳、口の端からは、鋭い牙が剥き出ている。筋肉質な細い身体は、不気味なほど浅黒く、腕や胸には、刺青のようなものが彫ってある。


 俺は、スクリーンを見つめたまま、唖然としていた。


「な、何なんだ、コイツは……」


「彼は、魔族のようね」


 クリームヒルトが淡々と答えた。


「どうして僧侶の中から、魔族が出てきたんだ?」


「さあ、どんな魔法を使ったのかしら。少なくとも、取り憑いたり、化けたりはしていなかったみたいね」


 取り憑いたり、化けたりせずに、どうやって僧侶に成りすましていたのだ。


「時間切れか。これ以上の監視は、我の生命にも関わる」


 魔族の男は、静かに息を吐いた。


「やはり、勇者を、この世から打ち消すことは叶わなかった。我は、エティン様の宿願に報いることはできなかった。これは慚愧に堪えないことだ。しかし、これほどまでに下劣で醜悪な男であっても、やはり勇者であることには変わりなかったと言うことか……」


 ギリッと、魔族が歯噛みした。


「無念だが、認めざる得ない……」


 魔族の男は、ゆっくりと歩き出し、壁に立てかけてあった勇者の剣に手を伸ばした。


 その瞬間、激しい光がほとばしった。


 男が僅かに表情を歪め、指先に視線を落とすと、爪は剥がれ、指は、真っ黒に焦げていた。


「やはり無理か……。我の邪属性を遥かに凌駕する光属性が、この剣には宿っている。もはや触れる事すらできない。破壊はおろか、封印すらも困難だな……」


 勇者の剣は、光属性を宿す魔王特効の武器だ。対魔王に特化した聖剣であるため、配下の魔族に対しても、かなりの効果があるようだ。


 ならば、と魔族は、勇者の剣の隣に立て掛けてあった黄金の剣に手を伸ばした。


 バルムンクである。


 だが、バルムンクの柄に触れた瞬間、強く顔を歪めた。


「これも無理か……。せめてバルムンクだけでも奪いたかったが、これでは、故郷に着くよりも早く、我の魔力が尽き果ててしまう……」


 魔族は、触れていた指を引いた。


「これから先、魔力を消耗は、できるだけ避けなければならない……」


 魔族が冷淡に続ける。


「勇者の死の確証を得られないまま、この地を去るのは悔やまれるが、もはや、バルムンク一本で、どうにかなる状況でないことは明確だ。ここは諦め、竜どもが、勇者を始末してくれることを願うとしよう」


 竜ども?


 刹那、シーツの擦れる微かな音がした。


「あ、あなた、誰、ですか?」


 魔導士がベッドから起き上がり、茫然と魔族の方を見ている。


 魔族が、ゆっくりと踵を返す。


 魔族の顔が、はっきりとスクリーンに映し出された。


 濃く深い顔立ちは、人間に近く、どこか精悍な顔立ちをしていた。


 だが、その顔を醜く歪めるほどの十字傷が、右眼を這うように刻まれ、完全に瞼を塞いでいた。


「ま、まさか、コイツが……」


 魔族は、魔導士を冷淡に見下ろし、僅かな逡巡を経て、口を開いた。


「私の名は、バロールだ」

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