呪いの剣
「魔力を吸い取る剣?」
俺は、ルピナスと顔を見合わせた。
「ふむ、バルムンクは、装備した者の魔力を吸い取る剣じゃ。この娘の魔力が枯渇しておるのは、そのせいじゃな」
力なく座り込んでいる魔導士へ、視線が集中する。
虚ろな眼差しを浮かべ、糸の切れた人形のように動かない。
「バルムンクを握ったら、勝手に魔力が吸い取られていくってことか?」
「うむ、そうじゃ。それも凄まじい勢いでな。恐らく、一振りするだけでも、化け物じみた魔力が必要となるじゃろう」
「そうか、勇者が使いこなせていたのは、奴が、化け物じみた魔力を持っていたせいか」
「そういうことじゃな」
俺は、夢の記憶を思い出す。
そう言えば、竜との戦闘以外で、勇者がバルムンクを装備しているところは、一度も見たことがない。いつも、戦闘の直前に、部下に持って来させ、戦闘が終わると、部下たちに回収させていた。
俺は、てっきり、とんでもなく重い剣なのだと思っていた。
なぜなら、バルムンクを運ぶ際、戦士と僧侶と魔導士の三人掛かりで運ぶことが多かったからだ。しかも運んでいる最中、彼女らがふらつく場面を何度も見た。
まさか魔力を吸い取る剣だったとは思いもしなかった。
戦闘の直前まで、勇者がバルムンクを装備しなかったのは、魔力を吸い取られたくなかったからだ。そして、戦士と僧侶と魔導士が、三人掛かりでバルムンクを運んでいたのは、魔力を吸い取られ、力が抜けてしまうのを互いに補うためだ。
なるほど合点がいった。
「しかし、おかしいのう、不死王ザイフリートの伝承において、バルムンクが、魔力を吸い取る剣など、一切、伝わっておらんし、文献にも記録されておらん。これほどまでに奇異な事象が、歴史的に抜け落ちるなど考えられんのじゃが……」
まあ、歴史なんてものは、勝者が都合の良いように捻じ曲げていくものだ。竜を倒した伝説の聖剣の正体が、魔力を吸い尽くす魔剣であったとなれば、あまり恰好の良いものではない。
英雄に相応しくない要素として、歴史から消し去ったのだろう。
「んで、なんでコイツは、半裸でバルムンクを抱きしめているんだ?」
魔導士は、魔法式服を羽織っているだけで、その内側は全裸だ。
なまめかしい白い肌が、陽光に照らされている。
すかさず、ルピナスが、彼女の前に立ち、俺を睨んだ。
「ちょっと、なに、いやらしい目で見てんのよ!」
「アホか、俺はコイツに、二回も殺されかけたんだぞ。エロい感情なんぞ湧くか!」
「それとこれとは別でしょ!」
「なに怒ってんだよ!」
「怒ってないわよ!」
「怒ってんだろ!」
「怒ってない!」
「よさんかっ!」
睨み合う俺とルピナスの間に、ミーネが割って入った。
「痴話げんかは後でせいっ!」
「ち、痴話げんかっ?」
ルピナスの顔が、一瞬にして紅潮した。
何とも微妙な空気の中、ミーネが魔導士へと近づく。
「このまま魔力が枯渇し続けたら、この娘は確実に死ぬぞ」
ミーネの鋭い視線が向けられる。
「ああ、もうかなりマズいんじゃないか?」
バルムンクから強制的に魔力を吸い取られ続けているため、表面の魔力はおろか、内面の魔力までなくなってしまっている。しかも、バルムンクに触れている限り、魔力を吸い取られ続けるため、魔力を回復することができない。このまま、魔力が枯渇した状態が続けば、精神と肉体は完全に崩壊し、最悪、死に至るだろう。
この世界においてMP0は、死を意味しているのだ。
俺は、ルピナスの背後で放たれる黄金の光に目を細めた。
バルムンク。
竜を倒した伝説の聖剣であり、魔力を吸い尽くす魔剣。
まさに呪いの剣。
「ワシらでは、この娘からバルムンクを取り上げることはできん。あっという間に魔力を吸い取られ、動けんくなってしまう」
「まあ、そうだな……」
ミーネの言いたいことは分かった。
「つまり、この俺に、バルムンクを取れってことだな」
ミーネが小さく頷いた。
「おぬしの魔力であれば、可能なはずじゃ」
ルピナスとシュタインも、静かに頷いた。
俺は嘆息した。
つくづく、お人好しな奴らだ。