こりゃあ、とんでもない魔剣じゃな。
「おいおい、なんでコイツが、こんなところにいるんだ?」
地面に座り込み、ぼーっと、一点を見つめ続けている魔導士。
魔法式服の下は裸で、太腿の辺りには、白い布切れが巻かれている。怪我をしているのか、布にはうっすらと血が滲んでいる。
そんな彼女は、虚ろな表情を浮かべたまま、何かを抱きかかえていた。
まるで精気を感じない彼女だが、それだけは、しっかりと抱きかかえられていた。
黄金の輝きを放つ、長大な剣。
俺たちの意識は、一気に、その剣へと引っ張られた。
「コイツが抱えている剣って、まさか……」
俺たちは、顔を見合わせた。
「うむ、バルムンクじゃな……」
静寂が落ちる。
「なんでコイツが、バルムンクを持ってんだ? あのクソ勇者はどこに行ったんだ?」
無論、どこを見渡しても、勇者の姿はない。
そもそも、魔力探知にさえ、一度も引っかかってこない。
あの膨大で禍々しい魔力は、この都市には存在していない。
「ん?」
ふと、違和感を覚えた。
「ちょっと待てよ、どうしてコイツは、俺の魔力探知に引っかからなかったんだ?」
糸の切れた人形のように座り込む魔導士を、ミーネがジロジロと見渡した。
「これは、魔力切れじゃな」
「魔力切れ?」
「こやつの魔力はカラッポじゃ。こんな状態では、魔力探知にも引っかからん」
「赤帽子と戦って、魔力を使い果たしたのか?」
「うむ、かもしれんが、どうにも不可解なことがある」
「不可解なこと?」
ミーネが眉根にシワを寄せた。
「本来であれば、魔力が底を尽きても、時間が経てば、徐々に、魔力は回復していくはずなのじゃが、こやつの魔力は、一度も探知できんかったんじゃろ? おぬしが魔力探知を開始して、少なくとも、一時間以上が経過しておる。ある程度の魔力は、回復しておっても、おかしくないはずなのじゃが……」
「ああ、確かにそうだな、いくら俺の魔力探知が超低性能でも、コイツレベルの魔力なら、さすがに、すぐ探知できるはずだからな。しかも、こうやって目の前にいるのに、コイツからは、微塵の魔力も感じないぞ」
ミーネが、魔導士に近づき、舐めるように彼女の様子を窺った。
「こりゃあ、下手すると、表面の魔力だけではなく、内面の魔力まで使い果たしておる可能性があるな」
表面の魔力とは、皮膚から滲み出ている魔力のことだ。俺たちは、この魔力を使用して、魔法を生み出している。そして、内面の魔力とは、体内に内包されている魔力のことで、精神と肉体を維持するために使用されているため、魔法に転用することは禁じられている。
「じゃあ、コイツが廃人みたいになってるのは……」
「内面の魔力も使い果たしたからじゃろう」
魔導士は、虚ろな眼差しのまま、糸の切れた人形のように座り込んでいる。
バルムンクを抱え込んだまま。
周囲に静寂が広がる。
「じゃが、これは千載一遇のチャンスじゃな……」
「ああ、これさえあれば、赤帽子の王にも、対抗できるな……」
俺たちの視線がバルムンクへと集中する。
世界最強の屠竜武器バルムンク。
「悪いけど、バルムンクは、あたしたちが貰うわ……」
そう言うと、ルピナスは、魔導士の元へ足早に近づき、バルムンクの柄に手を掛けた。
と、次の瞬間、彼女の身体がふらっと揺れると、そのまま、勢いよく地面に尻もちをついた。
「おいっ、どうしたんだ!」
俺が叫ぶと、ルピナスが驚いた表情でこちらを見上げた。
「ち、ちからが、まったく入らないの……」
「力が、入らない?」
一体、何が起こっているのか。
「ルピナスっ! すぐにバルムンクから手を放せっ!」
ミーネが叫ぶと、ルピナスはバルムンクの柄から、パッと手を放した。
「あ、あれ?」
手のひらを握ったり広げたりするルピナス。
「力が、入るようになった」
「ふむ……」
おもむろに、魔導士の元へと近寄るミーネ。
そして、静かに、バルムンクの柄を握った。
瞬間、ミーネの表情が苦悶に歪んだ。
「おいっ、どうしたんだっ?」
俺が訊くと、ミーネが口の端をつり上げた。
「こりゃあ、とんでもない魔剣じゃな」
ミーネが続ける。
「バルムンクは、装備した者の魔力を吸い取る剣じゃ!」