返事がない。ただの屍かもしれない。
ハーデブルクの外を徘徊していた赤帽子たちは、次から次へと都市内へ侵入していき、凄まじい速さで、竜骨が転がっている中央広場へと向かっていた。
無論、その中には、赤帽子の王の姿もあった。
濁流のように流れ込む赤帽子の群れの中、王は、その流れを掻き分けながら、悠然と歩みを進めている。
そして、王が、中央広場に現れた瞬間、竜骨に群がっていた赤帽子たちが、一斉に道を開け、王と竜骨の間に、綺麗な一本道が生まれた。
王は、その道を、ゆっくりと進み、竜骨の落ちている場所で、足を止めた。
「どうやら、赤帽子の王が、中央広場に到着したみたいだな」
俺は、魔力探知で得た情報を皆に伝えた。
「急いだほうがよさそうね」
「うむ、やはり奴らは、竜骨に夢中のようじゃな」
「ところでエイミ、もう残っている人はいないの?」
「そうだな、見た感じ、誰もいない、が……」
俺は、周囲を見渡した。
トンネル内には、灯りがなく、濃厚な暗闇に包まれているため、魔力のない者は、声と気配だけで探すしかない。
「もう、みんな、外に出たのか……?」
トンネル内にいた人々は、ミーネの計らいによって、ヴィーネリントへの避難が許された。元気な人々は、すでに、徒歩でヴィーネリントへと向かっている。高齢者や子供を含む病人や怪我人は、シュタインが荷台に乗せて運ぶ予定だ。
「ん? 何だ、この穴は?」
トンネルの壁に、小さなくぼみのような穴があった。
恐る恐る穴を覗くと、何やら気配を感じた。
暗闇の中、必死で目を凝らすと、そこに、ぐったりと項垂れる人の姿が見えた。
「どわぁっ、びっくりした!」
俺が大声を上げると、ルピナスが駆け寄って来た。
「どうしたの、誰かいたの?」
「ああ、この穴の中に、誰かいる……」
「本当?」
ルピナスが、勢いよく穴の中に顔を突っ込んだ。
「きゃあっ、びっくりした!」
ルピナスが大声を上げた。
「女の人だったわ!」
「生きてるのか?」
「分からないわ」
ルピナスが、穴に向かって声をかける。
「大丈夫? そこから出て来れる?」
返事がない。ただの屍かもしれない。
「エイミ、彼女を、この穴から引っ張り出すわよ!」
「ええーっ!」
死体だったら、かなり嫌なんですけど。
怯える俺を尻目に、ルピナスは上半身を穴に突っ込んで、必死で女性を引っ張っている。
「エイミ、何やってんの、さっさと引っ張って!」
「マジかぁ……」
俺は、嫌々、上半身を穴に突っ込んで、女性の服を掴んだ。
微かに息を感じた。
どうやら屍ではないようだ。
暗闇の中、何度も試行錯誤して、やっとの思いで、女性を穴の中から引っ張り出した。
小柄な女性の割に、やけに重かった。
「何だ? 鉄でも抱えてんのか?」
俺は、彼女の衣服に目を凝らした。
「ん? これは魔法式服、か?」
すると、ルピナスが叫んだ。
「たぶん、彼女で最後ね。さっ、早くここから出ましょ!」
ルピナスと俺で女性を抱え、トンネルの出口へと向う。
眩い光に、視界が奪われる。
太陽は西へ傾き始めたばかりだ。
少しずつ視界が鮮明になっていく。
燦々と降り注ぐ陽光に、雲一つない群青色の空。視界一面に広がった緑色の絨毯が、地平線の向こうまで、なだらかに波を打って続いている。
そんな光景が、網膜に映し出される中、ミーネとシュタインが、目を丸くしてこちらを見ていた。
「ん? 何だ、どうしたんだ、お前ら?」
二人揃って、アホみたいな表情を浮かべている。
「そ、その娘は……」
ミーネが女性を指さした。
俺とルピナスは小首を傾げ、二人で抱えている女性に視線を落とした。
俺は、驚きに息を呑み込んだ。
見覚えのある顔。
白銀の長い髪に、切れ長の瞳。雪のような白い肌に、陽光が鈍く反射している。
「こ、こいつは……」
紛れもなく、彼女は、勇者パーティーの魔導士だった。