僧侶は、どうやって炎の魔法を使ったんだ?
狭いトンネルは、多くの人でごった返していた。
「外の見張りに確認してもらったんだが、やっぱり、アンタらの言う通り、赤帽子が都市の中にどんどん入り込んでるみてえだ!」
氷漬けにされていた男が言った。
「もうすぐ、外の赤帽子はいなくなる。その瞬間を見計らって、都市から脱出しろ!」
男は「わかった」と頷くと、すぐにトンネル内の人々に、脱出の準備を促し始めた。
「お年寄りや子供も多いみたいだし、あたしたちもサポートしたほうがよさそうね」
ルピナスが言うと、シュタインも頷いた。
「よし、それじゃあ、みんなで逃げる準備するか、ん?」
ふと、足元の黒猫に視線を落とすと、ひげをピクピクさせながら、険しい表情を浮かべている。
「どうした、腹でも減ったか?」
ミーネが鋭い目つきで、こちらを睨んだ。
「あの男は、勇者パーティーの僧侶から、炎の魔法で、氷を溶かしてもらった、と言っておったな?」
「ああ、そんなこと言ってたな。それがどうかしたのか?」
「これは、絶対にありえんことじゃ」
「そうなのか?」
そういえばRPGゲームの世界でも、炎の魔法は、魔法使いが使うイメージだ。だが、物語の中盤以降、魔法使いが悟りを開いて、賢者に転職すれば、炎の魔法も使えるようになった記憶がある。
「聖職者である僧侶が使えるのは魔法ではなく、〝祝福〟と呼ばれるもので、魔法とは、まったくの別物じゃ」
「そうなのか?」
完全なる初耳である。僧侶も魔法が使えるものだと、勝手に思っていた。
「祝福は、神に祈りを捧げ、神と契約を結び、神から降りてくる奇跡を顕現化するものじゃ。決して精霊を介したものではない」
「そうだったのか……」
「魔導士が扱う精霊魔法、そして、僧侶が扱う祝福は、双方とも、宗教による信仰心が顕現化したものなんじゃ」
ミーネは続ける。
「おぬしも不思議に思ったことはないか? 魔導士は異民族や異種族が多いが、聖職者はブルグント人しかおらんじゃろう」
「あっ、確かにそうだな」
今までに出会った司教や司祭、そして宗教騎士団も、すべてブルグント人だった。一方、魔導士は、ミーネのような異種族や異民族が雑多にいるイメージだ。
「ブルグント人は、ブルグント神聖教による一神教を信仰しており、神への信仰心の元、神の奇跡とされる祝福を扱うことができる。じゃが、異種族や異民族は、自然崇拝を基軸とした多神教を信仰しておるため、神ではなく、精霊を通じて、魔法を生み出すことができるのじゃ」
ミーネが続けた。
「そもそも精霊とは、森羅万象、あらゆる事象に存在しており、かつては、それらを神として崇め、信仰しておった。じゃが、ブルグント神聖教が成立して以降、唯一神が誕生してしまい、他の神を認めることができなくなってしもうた。その結果、排除されてしまった多神教の神たちは、異種族や異民族の元で、精霊というかたちで崇められるようになり、時を経て、それらは融合を繰り返し、やがて四大精霊に落ち着いたというわけじゃ」
「複雑だなぁ、つまり、ブルグント人の信仰する神と、異種族や異民族が信仰する神は違うってことか」
「そうじゃ、僧侶と魔導士は、そもそも信仰する神が違うため、僧侶が魔法、魔導士が祝福を使うことはできん」
人間の歴史において、宗教は、国家間における軋轢の象徴のように思っていた。国家が信仰する神を定めて、抗った民族を異端者として弾圧し、排除する。その繰り返しのように思っていた。しかし、森と魔物に囲まれたこの世界では、国家が極めて脆弱であるため、異民族や異種族を、異端者として、弾圧、排除することができなかったのだろう。
ん? と、なると、勇者パーティーの魔導士は、異民族で異教徒ってことになるのか。あの見た目から、てっきり、王族か貴族の娘だと思い込んでいた。いったい、どういった経緯で、勇者の下僕になったのだろうか。
いや、今は、そんなこと、どうでもいい。
とにかく、僧侶が、魔法を使えないことは理解した。
あの憎々しい教皇座聖堂騎士団の団長が使ってきたアレは魔法ではなく、祝福という力だったのか。
「だったら、あのロルシュって奴が使ってたアレで、オッサンの氷を溶かしたんじゃないのか?」
俺たちの魔法式服を消し炭にした、あのくそったれな光の熱線だ。
「無理じゃな。そもそもの属性が違う。水属性の氷を溶かすには、火属性の炎で溶かすしか方法はない」
魔法によって生み出された現象は、対となる属性の魔法によって相殺しなければ、消し去ることはできないらしい。
「じゃあ、いったい、僧侶は、どうやって炎の魔法を使ったんだ?」
「それが分からんから、考えておるのじゃ」
うーん、と考え込む、俺とミーネ。
その時、ルピナスの怒声が響いた。
「ちょっと、アンタたち、なに、サボってのよ、さっさと、手伝いなさいっ!」
老婆の手を握り、幼女を背負ったルピナスが、暗闇の中で、こちらを睨んでいる。
「マズいな、ブチ切れる前に、さっさと手伝わないと殺されるぞ……」
「うむ、そのようじゃな……」
黒猫が首肯した。
「あと、ちょっといいか?」
「にゃんじゃ?」
「お前、ネコのまま、手伝う気か?」