おぬしの氷を溶かしたのは、勇者パーティーの誰じゃっ!
竜骨の魔力に引き寄せられた赤帽子たちは、一心不乱に中央広場を目指して動き出した。東西南北の城門から中央広場までは、それぞれが一本の道で繋がっているため、中央広場までの道のりは、赤帽子の大群によって埋め尽くされてしまった。
俺たちは、赤帽子との遭遇を避けるため、魔力探知を駆使しながら、わざと建物の入り組んだ脇道を選んで進んで行った。その結果、大きな障害に出くわすこともなく、無事、貧民窟に到着した。
貧民窟は、ひっそりと静まり返っていた。
城壁のたもとに、へばりつくように並んでいるバラック小屋からは、人の気配をまったく感じない。
「誰もいないわね……」
周囲に警戒を払いながら、ルピナスが言った。
「恐らく、貧民どもは、抜け穴に避難しておるのじゃろう」
貧民たちは、都市の外にいる赤帽子がいなくなる瞬間を狙って、ここから脱出するつもりなのだろう。都市を守る騎士がいなくなり、治安を守る衛兵や警使すらいなくなった今、都市は完全なる無法地帯と化している。もはや、ここから逃げるしか選択肢はない。
貧民窟を歩いていると、派手に地面が抉れている場所があった。
これは、勇者パーティーとの戦闘の跡だ。大地が陥没しているのは、魔導士の精霊魔法によって、俺とシュタインが地面に叩きつけられたからだ。
「こりゃあ、普通の人間だったら、死んでるな……」
地面に穿たれた巨大なクレーターを見つめながら、自分が、この世界において、とんでもない化け物だと改めて実感した。
異世界転移を果たして、二年が経つが、未だに、自分の存在がよく分かっていない。日々、ルピナス、ミーネ、シュタインといった化け物じみた奴らに混じって仕事をしているため、異世界での冒険者の基準が、完全に、この三人になってしまっている。彼ら歴戦の猛者たちの中にいると、ルーキー冒険者の俺は、いつまで経っても、見習いような感覚になってしまう。
正直、俺は、自分が、どんな化け物なのか、まだ理解できていない。
「あそこじゃな」
ミーネが、ピンっと尻尾を立てた。
城壁のたもとには、一人の男があぐらをかいて座っていた。
見覚えのある男だ。
見るからに薄汚い恰好をした中年の男。
くたびれているように見えるが、眼光はやけに鋭い。
男が、怪訝そうに、俺たちを睨むと、くいっと眉を上げた。
「ん? アンタら、どこかで見た顔だな」
警戒心をあらわにしながらも、男は、ゆっくりと立ち上がった。太陽の光に照らされる顔は、いかにも人相が悪く、顎の辺りに大きな傷があった。
俺も、くいっと眉を上げた。
「いや、アンタ、生きてたのかっ!」
この男は、以前ここを訪れた時、勇者パーティーとの戦闘に巻き込まれて、氷漬けにされた男だ。
確か、貧民窟の抜け穴を管理をしていた。
「おおっ、あん時の冒険者のあんちゃんか。いやあ、あん時は、さすがに死んだと思ったぜ」
「俺は、死んだと思っていたがな」
「あの後、どうやら、勇者さまの仲間の一人が駆け付けてくれて、俺の氷を溶かしてくれたみたいなんだ。いやあ、ほんと、危なかったぜ」
「なるほど、九死に一生を得たってわけだな」
すると、ミーネが唸り声を上げた。
「ん、どうした、腹でも減ったか?」
ミーネが鋭い目つきで、こちらを睨んだ。
「おぬし、あの氷、誰が、どうやって溶かしたんじゃ?」
「どわぁっ、ネコが喋ったっ!」
「いいから、答えんかいっ!」
「そ、そりゃあ、勇者さまの仲間よ。炎の魔法でボォォォってよ」
「炎の魔法じゃと? あの魔導士は、火蜥蜴とは契約を結んでおらんはずじゃが……」
「ああ、確かにそうだったな」
勇者パーティーの魔導士は、水女神と風乙女の二体の精霊と契約を結んでいる。火蜥蜴は、水女神とは対極にあるため、生まれ持った加護がない限り、契約を結ぶことはできない。
「ん? 魔導士のネーチャンじゃねえぞ」
「何ぃっ? では、おぬしの氷を溶かしたのは、勇者パーティーの誰じゃっ!」
ミーネに気迫に押され、男が顔を引きつらせながら、口を開いた。
「そ、僧侶のネーチャンだ」