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バルムンク

「勇者よ、なぜに我を屠ろうとする」


 スクリーンの向こうから聞こえてきた重厚な声。


「ああん、んなこと、決まってんだろ、テメエが悪い竜だからだ!」


 スクリーンの向こうから聞こえてきた下品な声。


 俺は、いつもの映画館にいる。


 スクリーンには、巨大な竜が、こちらを見下ろす形で鎮座している。


 そして、竜と対峙して、一人の男が、ふんぞり返り、ガニ股で立っている。


 いかにも狡猾そうな男。


 光輝く鎧を身に纏い、豪奢なマントが風にたなびいている。


 腰に刺さっている剣には、芸術的な装飾が施されており、その鞘には、でかでかと王家の紋章が刻まれている。この剣は、魔王討伐のため、国王より授かった勇者の剣だ。


 連れている仲間は、戦士、僧侶、魔導士の三人で、皆が、王族や上級貴族の出身であるため、それぞれ高い魔力を宿している。しかもスタイル抜群の美女たちだ。


 そんな三人のド真ん中に、チビで猿顔の日本人がふんぞり返っている。モデルのような彼女たちに囲まれているため、ペットの子猿にしか見えない。


 ただ、態度だけは、呆れるほどに大きい。


 このチビ猿。スクリーンを挟んで幾度となく見ている。


 もう、うんざりするほど見てきた、あくどい顔。


 何度見ても、胸糞悪くなる醜悪な顔。


 勇者の顔だ。


「悪い竜? 我が?」


 竜が訝しんだ。


「そうだ、テメエは、悪い竜だっ!」


 勇者が、声を裏返しながら叫んだ。


「テメエ、近くの村に、生贄を要求してんだろ。しかも、若い女ばっか狙ってるみたいだな」


「生贄だと? そんなものを要求した覚えはない。遥か昔、人間が勝手に、生贄として娘を置いていったことはあったが、我は、一度として、その娘に手を付けたことなどない」


「黙れっ、テメエが生贄を喰い続けたことは、ずっと昔から有名なんだよっ!」


「人間の作り話だ」


 時に、竜の怒りは、天災や厄災として扱われることがある。ゆえに決して逆鱗に触れないようにするため、竜の棲み処から近い人々は、竜の恐怖を語り継いでいき、畏怖の対象として信仰していった。そして、それらは、後世へと伝承されていき、受け継がれていった。


 勇者は、こういった伝承を利用して、竜に言い掛かりをつけているのだ。


 これまで、このスクリーンで、散々、勇者の暴挙を見てきたが、恐ろしいことに、奴は、自分の考えや行動に対して、一切のブレがない。


 自分の考え、自分の行動が、すべて正しいと思い込んでいる。同時に、他人の考え、他人の行動が、すべて間違っていると思い込んでいる。


 絶対的な自己の肯定と、徹底的な他者への否定。


 これが、勇者だ。


 そんなクズ野郎が、膨大な魔力と、絶大な権力を持っているため、始末に負えない。


 とんでもなく厄介な存在なのである。


「やりたい放題してやがって。テメエのような悪い竜は、勇者である、このオレが討伐してやるっ!」


 勇者が合図すると、戦士が、厳重に布で包まれた巨大な剣を取り出した。


 黄金の大剣だった。


 降り注ぐ陽光が反射して、金色の輝きが四方へと拡散された。


 その過剰ともいえる輝きに、神聖さを感じる一方、どこか不気味さも感じた。。


 その時、剣を持つ戦士の身体が、大きくふらついた。


 よろめきながら、ガクンと膝を落とす戦士。すかさず僧侶と魔導士が駆け寄り、彼女を支えながら、三人掛かりで、黄金の大剣を持ち上げた。


 どうやら、とんでもなく重い剣のようだ。


 三人は、ふらつきながらも、黄金の剣を勇者の元へと持っていった。


 勇者は、差し出された剣を、乱暴にひったくると、ぐっと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


 やはり、相当、重いらしい。


 竜が小さく息を吐いた。


「降りかかる火の粉は、払わなければなるまい」


「覚悟しろ、邪竜」


 勇者が天高く大剣を掲げた。黄金に輝く刀身は、鋭くしなやかに歪曲しており、剣先に向かうに連れて幅広になっている。


〝バルムンク〟だ。


 かつて、大国ニーダーラントを支配していた不死王ザイフリートが、ニーベルゲンの財宝を奪うため、朱儒族(こびとぞく)の国を攻め、財宝を護る竜を屠った伝説の剣だ。


 竜属性を完全に消し去り、その魔力を完全に断ち斬ることのできる世界最強の屠竜武器(ドラゴンキラー)である。


 ちなみに、俺たちが持っているノートゥングは、近年、ドワーフ族の精製術や錬金術を駆使して作られたバルムンクの複製品だ。


 ノートゥングは、量産ができない上、耐久性にも難があるため、使用頻度が限られてくる。また竜属性を無効化することはできても、敵の魔力が、こちらの魔力を勝っていた場合、その魔力を断ち斬ることが中途半端になってしまう欠点を持っている。はっきり言って、本家とは、月とスッポンほどの差がある。


 それほど、バルムンクは、規格外だった。


 瞬きよりも速く、竜の頭部が天空を舞った。断末魔を上げる暇もなく、竜は大口を開けたまま、白目を剥き、体液を撒き散らしながら、空中で激しく回転している。


 薄笑いを浮かべる勇者の手には、血にまみれたバルムンクが握られていた。


 どすん、と巨大な頭部が、地面にめり込んだ。その数秒後、首を失った巨躯が、沈み込むように崩れ落ち、凄まじい地響きが、波紋となって広がった。


 力なく横たわる竜の死体を、満足気に見下ろす勇者。


 が、すぐに顔をしかめると、バルムンクを地面に投げ捨てた。


 刃に付着した血液が、ドロドロと大地へ吸い込まれていく。


 恐らく、この竜の魔力は、竜族でもトップクラスだろう。下手すると魔王と同等、いや、それ以上かもしれない。俺が、今までに回収してきた竜骨の中でも、トップ3に入るほどの魔力量だ。ちなみに、このランキングには、千年前の叙事詩に出てくるような、伝説級の竜も含まれている。


 そんな竜を、勇者はたった一人で、しかも一瞬で屠った。


 確かに、勇者の魔力は、他の冒険者とは、比べものにならないほど高いが、このクラスの竜を一人で屠るのは、さすがに不可能だと言える。


 すべては、世界最強の屠竜武器(ドラゴンキラー)バルムンクのおかげである。

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