テメエだけは、絶対に許さねえっ!
「囮は、冒険者の十八番だと……」
俺は、腹の底で、ドス黒い怒りが込み上げた。
教皇座聖堂騎士団の団長であるロルシュは、変わらず柔和な笑みを浮かべ続けている。
この当然ともいえる差別感には、いい加減にうんざりする。
冒険者を囮に利用しているのは、他でもなく騎士どもだ。奴らの策略に嵌って、命を落とした冒険者は数知れない。魔力優性主義が聞いて呆れる。結局、どれほど魔力が高くても、王族と貴族以外に、人権など存在していないのだ。
前世でも、社会でさんざん差別を受けて、異世界に転移しても、変わらずに差別を受け続けている。
人間という生き物は、同族を差別することで、自己顕示欲を高め、自尊心を護っている。
その醜悪さには、もういい加減、うんざりだ。
いっそもう、何もかも、ぶん投げて、世界の滅亡を高みから見学してやろうか。
その時、ルピナスが前へ躍り出た。
「おかしいでしょっ! アンタたちは、みんなノートゥングを装備しているんだから、どう考えても、囮になるのはアンタたちのほうでしょ!」
ルピナスの声が、中央広場に響き渡った。
すると、柔和な笑みを浮かべ続けていたロルシュの表情が、ゆっくりと変わっていった。
感情を一切感じさせない能面のような表情。
俺は背筋が寒くなった。
「おかしいのは、君たちだろ。僕たちは、教皇さまの厳命で、竜骨を回収に行くんだ。君たちのクエストとは違うんだよ。君たちは、日銭を稼ぐために、クエストに参加しているんだろうけど、僕たちは、ブルグント王国、そして、ブルグント神聖教のため、命を賭して戦っているんだ。君たちとは、責任感も、使命感も、まったく違うんだよ」
無表情を張り付けたまま、ロルシュが言い放った。
ミーネが唸り声を上げた。
「それは理解しておる。じゃが、赤帽子の王は、ワシら四人で太刀打ちできるような相手ではない。むしろ、ノートゥングを複数本持っておる、おぬしらであれば、時間は掛かるじゃろうが、赤帽子の王を斃すことができるはずじゃ」
「くどいなぁ……」
ロルシュが鼻を鳴らした。
「だから、さっきも言ったよね、僕たちは、消耗したくないんだ。赤帽子の王を斃すのは、竜骨を回収した後だ。それ以外の選択肢は存在しない!」
コイツら、どうやっても、俺たちを囮にしたいみたいだ。
しかし、やたらと消耗を恐れているな。どういうことだ。
すると、足元で毛を逆立たせていた黒猫が、すっと目を細めた。
「おぬしらのそれ、本当にノートゥングなのか?」
その言葉に、一瞬、ロルシュの目が広がった。
だがすぐに、能面に戻った。
「もちろんさ。これは教皇さまから授けられた正真正銘のノートゥングさ」
ミーネが、訝しげな目つきで、ロルシュの腰に下げられたノートゥングを睨んでいると、ロルシュが忌々しげに舌打ちをした。
「これ以上のやり取りは、時間の無駄だね」
ロルシュが地面に膝を突き、こうべを垂れ、手を組み、静かに何かを唱え始めた。
それはまるで、神に祈りを捧げているような姿だった。
瞬間、天空から一筋の光が射し、ロルシュを照らした。
「祝福の閃光」
「来るぞっ!」
ミーネが叫んだ。
瞬間、ロルシュの背から、幾千もの光の束が放射された。
俺たちは、瞬時に地を蹴って、その場から離れる。
光の束は、俺たちの横をすり抜けると、そのまま、うず高く積まれた死体の山に吸い込まれていった。間断なく降り注ぐ閃光に、赤帽子の死体が、眩い光を放ち始める。
刹那、赤帽子の死体が、黒く変色していき、ボロボロと崩れ始めた。
まるで、高熱で焼き払われているような光景だ。
猛烈な熱波が、中央広場に広がっていく。
ちりちりと肌が炙られるような熱さに、慌てて死体から離れる。
「くっ、やられた!」
ミーネの表情が、苦悶に歪んだ。
一方、ロルシュの表情からは、柔和な笑みがこぼれている。
「ああ、そうそう、囮の君たちが、そんなもの着てたら、囮にならないよね」
笑みを浮かべながら、ロルシュがこちらを見た。
刹那、赤帽子に集中していた光の束が、こちらへ向かってきた。
「なんだ、どういうことだ、おい、コラ、戦うつもりかっ!」
俺は、光の束をかわしながら、ハンマーを振り上げた。
「だったら、やってやるわよ、後悔しても知らないからっ!」
ルピナスも、光の束をかわしながら、弓を引き、矢を向けた。
「違うぞっ、そやつの目的は、おぬしらの魔法式服じゃっ!」
ミーネの叫び声に、俺とルピナスは顔を見合わせた。
「えっ、どういうこと?」
その時、俺とルピナスの間を、光の束が高速ですり抜けていった。
「あっ!」
魔法式服の袖が、一瞬にして黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちていった。
次の瞬間、猛烈な熱さが全身を襲った。
「わわわっ、あちっ、あちっ、あちっ!」
慌てて魔法式服を剥ぎ取り、地面に叩きつけた。
ルピナスも、魔法式服を脱ぎ捨てていた。
魔法式服は、高熱を発しながら、静かに崩れ去っていき、その形を失っていった。
黒い炭となり、風に吹かれて、宙を舞って、消え去っていった。
俺は、消し炭へと変わっていく魔法式服を、茫然と眺めていた。
その時、ふと、ケイの言葉が蘇った。
――燃えて消し炭にでもならない限り、修復は可能ですから、安心して下さい。
「うああぁあああぁァァァっ!」
俺は、思わず悲鳴を上げた。
貴重で高級なブルグント魔導団の魔法式服が、燃えて消し炭になってしまった。
ヤバい、ヤバいぞ、ヤバすぎるぞ!
多額の弁済を要求される。
「はははっ、魔力を抑制されていたら、囮にならないからね」
俺は、凄まじいほどの憎悪をたぎらせて、ロルシュを睨んだ。
「テメエだけは、絶対に許さねえっ!」
「うわあ、怖いなぁ、別に君たちを攻撃したわけじゃないだろ」
憎々しい笑みを浮かべながら、ロルシュが続けた。
「そうそう、あとこれ、君たちの忘れ物」
ロルシュは、十字架が刺繍された革の袋から、白く濁った物体と取り出すと、ぽーんと、俺たちの方へと投げた。
咄嗟にキャッチして、とんでもない後悔に襲われた。
手の中には、竜骨が握られていた。
吐き気をもよおすほど、禍々しい魔力が放出されている。
「それじゃあ、冒険者諸君、あとはよろしくね」
柔和な笑みを湛えたまま、ロルシュ率いる教皇座聖堂騎士団は、中央広場から姿を消した。