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囮は、君たち冒険者の十八番なんだろ。

 ブルグント王国は、一神教を信仰している。


 一神教とは、この世界において、崇拝する神は、一人しかいないという教えのことだ。この世界は、一人の神による産物で、神は森羅万象すべてに精通し、人々に対して絶対的な力を持っている。この教えは、ブルグント神聖教と呼ばれており、多くのブルグント人が、この唯一神を信仰している。


 だが、かつてのブルグント王国は、自然崇拝(アニミズム)による多神教が主流であった。多神教とは、この世界には、数多くの神がいて、それぞれの神に様々な役割があり、人々は、それぞれの異なった神を崇拝するといった教えだ。日本人には馴染みの深い、八百万の神々に近い信仰だと言える。


 ブルグント王国が、多神教から一神教へと転換したきっかけは、魔物の出現である。


 魔物の出現により、国内における流通は封鎖され、森の浸蝕が進んだことで、強制的に人々が分断されていき、散り散りになっていったことで、ブルグント人として民族意識が、次第に薄れていき、緩やかな消滅へと向かい始めた。そこで、当時のブルグント王は、ブルグント人のアイデンティティを確固たるものにするため、信仰する神を、唯一神に統一して、それを国教として定めた。


 ブルグント神聖教は、こうやって生まれた。


 ブルグント神聖教は、魔物が跋扈する絶望的な世界において、唯一の希望の光として、瞬く間に広がっていった。やがてブルグント神聖教を総括するために、教皇が立てられ、多くの聖職者が誕生していった。


 そして、ブルグント神聖教が誕生して千年。その影響力は年々増大しており、現在では、教皇の権力は、国王をゆうに凌駕しており、実質、ブルグント王国の支配者として君臨している。


「いったい、どういうこと? なんでアイツが、ノートゥングを持っているの?」


 ルピナスが、大きく目を見開いている。


 教皇座聖堂騎士団のロルシュという男の腰には、紛れもなくノートゥングがぶら下がっている。


「いやあ、待ちかねたよ。もしかして来ないんじゃないかって心配したけど、よかった、よかった、来てくれて。ほんと、よかったよ」


 ロルシュは柔和な笑みを浮かべながら、こちらを伺っている。


 胡乱な笑み。


 いったい、何が、よかったのか。


「おい、アイツらは何者だ?」


 俺は、小声でミーネに訊いた。


「教皇座聖堂騎士団。教皇領の大聖堂を拠点にしている宗教騎士団テンプルナイツで、教皇の親衛隊じゃ」


 教皇の親衛隊。つまり超エリートの宗教騎士団テンプルナイツってことか。


「何で、そんな奴らが、こんなところにいるんだ?」


「分からん……」


 その時、ロルシュの後方から、群青色の魔法式服を纏った騎士たちが、音もなく姿を現した。


「ま、まさか……」


 俺は、息を呑んだ。


 彼らの片方の手には、一太刀で斬り裂かれた赤帽子(レッドキャップ)が掴まれ、もう片方の手には、黄金に輝く細剣が握られていた。


 ノートゥングだ。


 その刀身は、赤帽子(レッドキャップ)の体液で、べたべたに汚れている。


 彼らは、掴んでいた赤帽子(レッドキャップ)を、うず高く積み上がった死体の山に向かって、ぽーんと投げ捨てた。山にぶつかった赤帽子(レッドキャップ)が、ずるずると山肌を滑り落ちていく。


「この死体の山は、奴らの仕業だったのか」


「それより、アイツら全員、ノートゥングを持ってるんだけど、どういうことなの?」


 眼前の状況に、頭が混乱してくる。


「いやあ、さっそくだけど、君たちに頼みたいことがあってね」


 教皇座聖堂騎士団の団長ロルシュが、柔和な笑みを湛えたまま、口を開いた。


「頼みたいこと?」


 ロルシュが、コクリと頷く。


「この都市の外に、すごい魔力の魔物がいるのは、気付いているかい?」


 ミーネと視線を合わせた。


 恐らく、赤帽子の王(レッドロード)のことだろう。


 俺たちは、小さく頷いた。


 すると、ロルシュが、口の端を盛大に吊り上げて、満面の笑みを作り上げて言った。


「悪いけど、竜骨は僕たちで回収するんで、君たちは、僕たちが回収するまで、あの魔物を足止めしてて欲しいんだけど」


「はあ?」


 俺たちが、あの化け物を足止めする?


 できるわけないだろ。


「無理じゃ。ワシらだけでは、到底、太刀打ちできん」


 ミーネが緋色の目をつり上げて言った。


「おやおや、可愛らしいネコちゃんだね。その年寄り臭い喋り方から察するに、ニーベルゲンの大魔導士ミーネさまかな?」


 ロルシュが、にこやかにミーネを見下ろした。


 ミーネは、シャーと毛を逆立たせた。


「竜骨の回収は、あくまで教皇さまの意思だからね。今回、ハーデブルクが魔物よって蹂躙されたことで、教皇さまは酷く悲しんでおられる。それと同時に、酷くお怒りになられている」


 ロルシュが、感情を込めながら続けた。


「教皇さまは、この事態を早期に収拾するため、独断で、竜骨回収と魔物殲滅に乗り出すことを決め、その先鋒として、僕らがハーデブルクに派遣されたのさ」


「教皇の勅命ということか?」


「いいや、これは厳命だね。教皇さまの悲しみと怒りは頂点に達しておられる。竜骨回収と魔物殲滅が完了したら、今回の原因を引き起こした勇者とその一味、そして勇者の狼藉を黙認していたブルグント王への断罪に踏み切るみたいだね」


 勇者はともかく、国王までが罪を被るのか。


 ブルグント神聖教の総帥である教皇の地位は、ブルグント王家よりも遥かに高い。国王であっても裁判にかけられ、罪が認められたら、処刑されることもあるだろう。


「これから竜骨回収に向かうって時にさ、あの魔物と戦って消耗するのは避けたいんだよ。どうやら先遣隊として派遣されていたヴィーネリントの宗教騎士団テンプルナイツも、奴によって、全滅させられちゃったみたいだし」


「ぜ、全滅だと?」


 ヴィーネリント小教区を拠点に持つ宗教騎士団テンプルナイツは、小教区の守護が使命であるため、騎士全員が竜鱗鋼の剣や槍、弓を装備している。さらに、その数も多いため、世界で最も対竜に特化した宗教騎士団テンプルナイツとして有名だ。


「当初は、ヴィーネリントの宗教騎士団テンプルナイツに、足止めしてもらう予定だったんだけど、僕たちが到着した頃には、もうすでに全滅しちゃってたから、君たちにお願いするしかないんだよ」


 柔和な笑みを浮かべたまま、ロルシュの鋭い目が開いた。


「つまり、俺たちに囮になれってことか?」


 睥睨する俺に対して、ロルシュは口許に笑みを湛えたまま、大きな瞳をギョロリと向けた。


「そう言うこと」


 ロルシュは続けた。


「だって囮は、君たち冒険者の十八番おはこなんだろ」

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