教皇座聖堂騎士団
「赤帽子の王は、まだ、都市の外にいるな」
俺は、魔力探知の範囲を徐々に広げながら、赤帽子の王の魔力を追った。
「どの辺りじゃ?」
ミーネが、鋭い視線を向けた。
「北門の辺りをウロウロしている」
赤帽子の王は、落ち着きなく、城門の周辺を徘徊している。
俺は、違和感を覚えた。
コイツは、一体、何をしているのだろうか。
なぜ、都市に入って来ようとしないのか。
赤帽子の王だけじゃない。配下の赤帽子たちも、都市の周囲を徘徊するだけで、城門を潜って来る様子はない。
また、この赤帽子たちの不可解な行動に加えて、不気味な事実にも気が付いた。
「なあ、都市の中に、赤帽子の魔力を感じないんだが」
ミーネが、ピンっと耳を立てた。
「むう、魔力のない人間も、すべて喰われてしもうた後じゃったか……」
「いや、人間はいる、と思う……」
「それは本当か?」
「微かだが、魔力を感じる」
ミーネ、ルピナス、シュタインの視線が集中する。
「ヴィーネリントから魔力探知した時は、距離が遠すぎて、何も感じなかったが、ここまで距離が縮まれば、俺の超低性能な魔力探知でも、小さな魔力は探知できる。まあ、気のせいかと思えるほど、微弱なレベルだがな」
俺は続けた。
「どうやら、貧民窟の辺りには、まだ生き残っている人間がいるみたいだ」
ミーネが口を開く。
「じゃが、妙じゃのう、人間の血に対して、異常な執着心を持つ赤帽子が、都市に人間を残したまま立ち去るなど、奴らの習性からして考えられんのう……」
「いや、奴ら、立ち去る気なんてないんじゃないのか?」
「どういうことじゃ?」
「奴ら、都市には入って来ないが、不自然なほど、都市の周りを、ウロウロ歩き回っているんだ。何か、都市に入りたいけど、入れないって感じなんだ」
赤帽子たちは、ハーデブルクの城壁に近づくと、すぐに離れ、また近づき、そして離れる、といった奇行を延々と繰り返している。一体、何がしたいのか分からない。
「ふむ、何かしらの理由があって、奴らは都市に入れないということか……」
ミーネは耳をピンと立て、くんくんと鼻を鳴らした。
「うむ、結界の類は張られておらんな」
「うーん、これをチャンスと捉えるか、それとも罠と捉えるか、どうなんだろうな」
「じゃが、どちらにせよ、ワシら選択肢は一つしかない」
「そうだな」
早急に現場へと赴き、竜骨を回収する。その選択肢しかない。
今は、余計なことに思考を巡らせている時間などない。俺たちは、課せられた仕事を、迅速に進めていくだけだ。
その時、乱立する建物の間を、黒い影が通り過ぎた。
一瞬だった。
誰かいた。
「どうかした?」
俺が、消えた黒い影の方向を睨んでいると、ルピナスが怪訝そうに目を細めた。
「今、誰かいたな」
「誰かって、もしかして、生き残っている人?」
「いや、違うな、一瞬だったが、魔法式服の裾が見えた気がする」
「魔法式服って、魔導士ってこと?」
「どうかな、もし魔導士だったら、俺の魔力探知に引っかかると思うんだが……」
ミーネがこちらを見上げ、緋色の目を大きく広げた。
「おぬしらのように、魔法式服を利用して、魔力を抑制しておるのかもしれんな。どうやら、何者かが、この都市に潜伏しておるようじゃな。どうにもきな臭いのう。やはり、すぐに、ここを離れたほうがよさそうじゃな」
「はあ、都市の中にも、得体の知れない奴がいるのか。もう勘弁してほしいな」
「とにかく、急ごうっ!」
俺たちは、中央広場へ向かって走り出した。
ハーデブルク司教座都市は、東西南北に城門があり、大聖堂のある中央広場を起点に、城門への道が東西南北へ伸びている。
つまり、中央広場を経由するルートが、城門までの最短距離なのである。
現在、俺たちは、西門から少し離れた場所にいる。赤帽子の王は、北門の辺りにいるため、中央広場を経由して、南門から脱出する。
乱立する建物をすり抜け、俺たちは、中央広場を目指して駆け抜けていった。
薄暗い路地の先に、眩い光が差し込んでいた。
俺たちは、その光に向かって、全力で走った。
光の向こう側が、中央広場だ。
「うっ!」
中央広場に辿り着いた俺たちは、思わず足を止めてしまった。
中央広場は、凄まじい悪臭が立ち込めていた。
吐き気をもよおすほどの強烈な腐敗臭。
「ちょっと、あれ、見て……」
ルピナスが、広場の中心を指さした。
そこには、おびただしい数の死体が積み上がっていた。
死体は、人間ではなかった。
死体は、すべて赤帽子だった。
「おいおい、なんなんだこりゃ?」
うず高く積み重なった赤帽子の死体を見上げながら、ミーネは苦虫を噛み潰した。
「なるほど、このせいじゃったか……」
「どういうことだ?」
「赤帽子が都市に侵入してこなかったのは、これが原因じゃ」
「これって、この赤帽子の死体の山のことか?」
「そうじゃ、魔物は、同族の死骸を忌避する習性を持っておる。これほどまでの数の死体を積み上げれば、死体から漂う魔力を嗅ぎとって、奴らも近寄っては来れん。魔物の習性を上手く利用しておる」
「魔物にそんな習性があったのか。今まで、《竜骨生物群集帯》でいろんな魔物と遭遇してきたが、そんな習性があるなんて、まったく気付かなかったな」
「竜骨が近くにあると、その強力な魔力に陶酔して、魔物の習性なんぞ簡単に掻き消されてしまう。竜骨の魔力は、本能すら麻痺させるからのう」
確かに、これまで《竜骨生物群集帯》に向かう道中、幾度となく魔物の群れに遭遇したが、一定数を殺したら、魔物は迷うことなく逃走していった。RPGゲームの世界では、主人公のレベルが高いと、レベルの低いモンスターは、主人公に怯えて逃げ出すことが多いため、魔物が逃げる理由も、俺たちの強さに、恐れをなして、逃げ出しているのかと勝手に思い込んでいた。
まさか、仲間の死体を嫌って逃げ出していたとは、思ってもいなかった。
「つまり、赤帽子が都市の外をウロウロしていたのは、都市の中に、仲間の死体があったからか……」
ハーデブルク全域は、《竜骨生物群集帯》となっているが、ここはまだ、竜骨のある中心部ではないため、魔物特有の習性も働いているのだろう。
俺が納得していると、ルピナスがおもむろに死体に近づき、眉をひそめた。
「これ、ほとんどが、一太刀でしとめられているわ」
「一太刀ってことは、剣、か?」
「そう、しかも、敵は、竜化した魔物……」
「屠竜武器、か……」
ルピナスが神妙な表情を浮かべ、頷いた。
「しかも、その屠竜武器は――」
ルピナスの言葉が、ある男の声によって遮られた。
「いやあ、よかった、よかった、冒険者の皆さんが来てくれて」
気が付くと、俺たちの目の前に、魔法式服を纏った集団が立っていた。
独特の刺繍が施された、群青色の魔法式服。
それは、俺とルピナスが羽織っているものと同じだった。
「ブルグント魔導団、か?」
ミーネに視線を落とすと、彼女は背中の毛を逆立たせ言った。
「違う、ブルグント魔導団に男はおらん」
そうだった。
だったら、コイツらは何者だ。
すると、中心に立っていた長身の男が、軽やかに足を前へと踏み出し、柔和な笑みを浮かべた。
「冒険者諸君、よく来てくれた。僕は、教皇座聖堂騎士団、団長のロルシュだ!」
中央広場に強い風が吹き、ロルシュの魔法式服が大きくはためいた。
瞬間、俺の網膜に映ったのは、彼の腰に刺さった刀剣だった。
黄金に輝くそれは、紛れもなく屠竜武器ノートゥングだった。