言ったであろう、まだ試作段階じゃと。
この世界は、多くの種族が魔力を宿している。
では、魔力とは、どこから生み出されているのだろうか。
答えは、骨である。
骨の内部には、魔素と呼ばれる液体が流れており、魔力はこの器官から造り出されている。
現代で言うところの骨髄のようなものだ。
骨髄は、骨の内部にあって血液を造り出している器官だ。もしかすると、骨髄と魔素は同じ器官であり、骨髄から血液と魔力を同時に造り出しているのかもしれない。まあ、この世界は、科学や医学が未発達のため、その真相を知る術はない。
魔素から造り出された魔力は、骨から滲み出し、血流に乗って全身をくまなく巡り、やがて皮膚へと滲み出し、皮膚の表面を滑るように広がり、全身を膜のように包み込み、それが幾重にも重なることで、魔力として認識できるようになる。
つまり、魔力探知によって認知できる魔力量は、身体の表面に広がる膜の部分だけで、身体内部に内包されている魔力は、探知することができない。潜在的な魔力量を知るには、魔法陣による魔力測定を行うしかない。
魔法を発動する際、使用する魔力は、表面の膜の部分だけとされている。体内の魔力は、肉体と精神を維持するために必要らしく、使用すれば、双方に大きな負担が掛かり、最悪、死に至ることもあるようだ。そのため、魔法の世界では、内包されている魔力を使うことは禁止されている。
前置きが長くなったが、つまり骨の内部には、魔素が内包されているということだ。
骨の内部にある魔素から魔力が造られ、それらは骨から滲み出し、皮膚へと浸透して膜を作る。そして、その魔力に惹かれて、魔物どもが寄って来る。
「竜骨鋼の原料は竜骨だろ? 竜骨の中の魔素はどうなってんだ?」
一瞬、ミーネが逡巡した。
「おぬしらに渡した竜骨鋼は、魔力浄化が完了した竜骨を使用しておる」
「魔力浄化の完了した竜骨があったのか?」
俺が訊くと、ミーネが頷いた。
「三年前、異世界転移したばかりの勇者が討伐した邪竜のものじゃ」
勇者が異世界転移した直後、ブルグント王国は、突如として現れた邪竜の脅威に怯えていた。この邪竜は、王国各地を蹂躙していき、最終的には、王都まで迫った凶悪な竜だ。
ブルグント王は、藁にも縋る思いで、異世界転移したばかりの勇者に、バルムンクを貸し与え、邪竜討伐を命じた。戦闘に関してはド素人の勇者だったが、戦士、僧侶、魔導士のサポートと、バルムンクの圧倒的な力によって、見事、邪竜を討ち滅ぼすことに成功した。
その後、王と勇者の間で何があったのか、バルムンクは、そのまま勇者に借りパクされてしまう。恐らく、傀儡魔法が関係しているのだろう。
「なるほど、三年かけて魔力浄化された竜骨が使われているのか。まあ、魔力浄化が完了しているのなら、問題はないな」
白銀のハンマーを見上げながら言うと、ルピナスが割って入ってきた。
「いや、問題はあるわ! だって、魔力浄化が終わったのなら、この竜骨鋼には、魔力がないってことでしょ。だったら、ただの骨と変わんないじゃない!」
竜鱗鋼は、竜の鱗を覆っている魔力の残滓によって、竜属性を相殺している。しかし竜骨鋼は、魔力浄化が終わっているため、魔力そのものが存在していない。竜の魔力がなければ、竜属性を相殺することはできない。
「確かにそうだ!」
ミーネが唸り声を上げた。
「ワシは、魔力浄化は完了したとは言ったが、魔素がなくなったとは言っておらんぞ」
「ん? どういうことだ?」
逡巡するミーネ。
「今回、竜骨の魔力浄化に関して、一つだけ分かったことがある」
「分かった、こと?」
一呼吸おいて、ミーネが口を開いた。
「どれほど竜骨を魔力浄化しても、魔素は完全にはなくならん」
その言葉に、俺とルピナスは顔を見合わせた。
「おいおい、魔素がなくならないってことは、魔力が造られるってことだろ?」
ミーネがかぶりを振った。
「いや、その辺りは問題ない。なぜなら魔力浄化が完了した魔素は、休眠状態にあるため、魔力を造り出すことはできん」
「休眠状態?」
「そうじゃ。魔力浄化によって、魔素を完全に消し去ることは不可能じゃが、極限まで魔力を奪われた魔素は、休眠状態に入ることが分かったのじゃ」
「ん? でも、魔素が休眠状態だったら、魔力を造り出すことができないんじゃないか?」
魔力がなければ、竜属性は宿らない。
「いや、竜属性に関しては問題ない。休眠状態であっても、魔素自身が纏っている魔力があるため、竜属性を宿らせることは可能じゃ」
「なるほど、魔素は眠っているが、魔素の魔力は、健在というわけか。それなら問題ないな」
俺が、白銀のハンマーを見上げながら頷いていると、ルピナスが、ものすごい勢いで割って入ってきた。
「ちょっと待って、竜骨鋼に竜属性があるってことは、魔素の魔力が骨の表面に滲み出ているってことでしょ?」
「確かにそうだ!」
竜骨を砕く時も、敵を砕く時も、ハンマーの表面を叩きつけて砕く。表面に魔力がなければ、魔力を相殺することできないため、竜骨も敵も砕くことはできない。
「うむ、その通りじゃ。魔素が纏っておる魔力は、微量じゃが、骨の表面に滲み出ておる」
微量。
「いや、その微量が気になるのだが……」
刹那、平原の遥か向こうで、うんざりするような奇声が聞こえた。
「おいおい、こりゃあ、どういうことだ?」
ミーネとシュタインが顔を合わせた。
「言ったであろう、まだ試作段階じゃと」