これって、魔物は寄って来ないのか?
ドワーフ族は、他の種族に比べ、魔素の性質上、魔力の生成が遅いため、魔力を消費すると、回復するのに、かなりの時間が掛かってしまうそうだ。そのため、身体の一部に、大量の魔力を蓄えておき、そこから魔力を消費していくことで、魔力の生成の遅さを補っているらしい。
「その身体の一部というのが、髭じゃ!」
ルピナスに抱かれた黒猫が、得意気に言った。
「なるほど」
どうやら、シュタインは、魔力が貯蔵されていた髭をすべて剃ったらしい。
「これがシュタインの奥の手ってやつか」
「こやつらは、魔力の生成と同時に、髭が伸びるといった特異な体質を宿しておる。これにより、効率よく、魔力を髭に蓄えることができ、髭が生え揃う頃には、元の魔力に戻っておる仕組みじゃ」
「魔力と髭が連動しているってことか……」
ドワーフ族には、そんなヘンテコな体質があったのか。
「ん、てことは、今のツルツルの状態では、魔力は、ほとんどないってことか?」
「まあ、そうじゃな。じゃが、心配せんでも、こやつの膂力は、魔力なしでも充分じゃ。元来、戦士という生き物は、魔力のない者たちが、魔物に対抗すべく、己の肉体を極限まで鍛え上げ、魔力を凌駕するほどの剛力を得たことからきておる。つまり、戦士であるシュタインは、魔力などなくとも充分に強いというわけじゃ」
確かに、魔力はなくとも、戦士としての迫力や気迫は、いつもと変わらない。
「なるほど、納得した」
俺は、続ける。
「だが、このみすぼらしい恰好はなんだ?」
シュタインの着ている薄汚れた半袖半ズボンが、ぺらぺらと風に揺れた。
「今のシュタインは、浮浪児ということにしておる」
「浮浪児ねぇ……」
果たして、これほどまでに精悍で爽やかで、ついでに筋骨隆々の浮浪児がいるだろうか。
「そしてワシは、この浮浪児から餌を分けてもらっている野良猫じゃ」
「この上なく貧しい設定だな」
「魔力がない以上、貧民に扮するしかあるまい」
魔力優性主義の世界では、魔力ない者たちは、容赦なく排斥され、貧民に身を落とすしかなくなる。つまりに二人の設定は理にかなっている。
その時、シュタインが無表情のまま、近くに停めてあった荷車の荷台をゴソゴソと漁り始めた。そして、何やら巨大な物体を引き摺り出した。
「ま、まさか、あれは!」
シュタインは、俺の元に近づくと、おもむろに、その巨大な物体を手渡した。
俺は、その柄をぎゅっと握りしめた。
驚くことに、重さは、ほとんど感じなかった。
太く硬い柄の先端には、巨大な円柱状の金属が刺さっていた。
それは、陽光を浴びると、白銀の輝きを放った。
「つ、ついに、できたのか……」
シュタインは静かに頷くと、次は、ルピナスの元へと行き、白銀に輝く弓と矢を手渡した。
驚きの表情を浮かべながらも、瞳を輝かせるルピナス。
「竜骨鋼のハンマーと弓じゃ!」
ミーネの言葉に、俺は年甲斐もなく胸が躍った。
「とは言え、まだまだ試作段階じゃがな」
竜骨鋼のハンマーをぶんぶん振り回してみる。竜鱗鋼のハンマーの時のような、肩と腰にずっしりとくる重さが、まったく感じられない。もしかすると、木槌よりも軽いのではないだろうか。
「す、すごいわ、これ! ぜんぜん重くないわ!」
白銀の矢を構え、弦を引きながら、ルピナスが嬉々として言った。
「なんで、こんなに軽いんだ?」
「そりゃ、竜骨鋼は、軽い竜骨で精製されておるからな、竜鱗鋼のように、重い竜鱗を、幾重にも重ねて精製しておるわけではないから、そもそもの重量が違うわい」
「なるほど」
俺は、白銀に輝くハンマーを見つめる。
竜骨が原料とは思えないほど、滑らかで光沢がある。
まるで、極限まで研磨された大理石のようだ。
あの竜骨が、ここまで美しく変貌するのか。
ん、竜骨。
嫌な違和感が湧き上がった。
「おいっ」
俺は、ミーネとシュタインに視線を向けた。
「これ……魔物は寄って来ないのか?」