あの精悍で爽やかな少年は誰だ。
「申し訳ございません。竜骨回収に向かう途中、少しだけで構いませんので、ハーデブルクの様子を窺ってきてもらえませんでしょうか?」
ヴィーネリント小教区の司教からの伝言だ。
無論、時間に余裕などなかったが、ハーデブルクの状況は、俺たちも気になっていたため、立ち寄ることに決めた。もしかすると、ミーネとシュタインも、ハーデブルクに立ち寄り、何らかの手がかりを残しているかもしれない。
そういった思惑もあり、俺とルピナスは、ヴィーネリントを発つと、そのまま、ハーデブルクへと向かった。
ヴィーネリント小教区からハーデブルク司教座都市までは、一本道で繋がっている。
ハーデブルク司教座都市は、教皇直属の大司教によって治められており、ヴィーネリント小教区はその管轄下にある。そのため、ヴィーネリントの聖職者たちは、教皇からの意向や命令を共有するため、頻繁にハーデブルクへの行き来を行っている。
普段であれば、小教区から都市までの道のりで、聖職者の団体とすれ違ってもおかしくないのだが、どれほど歩いても、聖職者と出会うことはなかった。また、聖職者の他にも、クエストに向かう冒険者や、都市で商品を仕入れた行商人ともすれ違うことも多いのだが、今は、誰一人として見当たらない。
延々と続く長い一本道に、人の姿はどこにもない。
「どう? ミーネとシュタインは見つかった?」
ルピナスに訊かれ、俺は集中を解いた。
「ダメだ。まったく魔力を感じない。アイツら、いったいどうなってんだ?」
ヴィーネリントを出てから、ひたすら魔力探知をしているのだが、二人の魔力が引っかかることはなかった。
「あの二人、本当に魔力を消し去ってるみたいね」
「ああ、ケイさんいわく、ミーネは、変化魔法と幻影魔法を組み合わせて、動物になっているとか言ってたな。あと、シュタインには奥の手があるとか……」
まあ、ミーネの魔法はともかく、シュタインの奥の手ってなんだ。あの毛むくじゃらの脳筋ドワーフに、そんな奥の手があるのか? 二年間、ずっと一緒に働いてきたが、そんな片鱗は微塵もなかったぞ。
その時、背後で「にゃ~」と、猫の鳴く声がした。
「ん? ネコ?」
俺が、キョロキョロと辺りを見渡すと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やれやれ、結局、おぬしらも来てしもうたのか」
年寄りくさい喋り方。
「まったく、ケイめ、余計なことをしおって」
間違いなくミーネだ。
「ミーネかっ、どこにいるんだっ!」
どこを見渡しても、ミーネの姿はない。
「ミーネ、どこにいるのよっ、早く出てきなさいっ!」
ルピナスが叫ぶ。
「落ち着け、ワシなら、おぬしらの足元におる」
「足元?」
おもむろに、視線を足元へ向けると、一匹の黒猫が、こちらをじっと睨んでいた。
小さい身体のくせに、ずいぶんと態度がデカい。緋色の大きな瞳は、どこか冷淡で、人を見下しているように見える。
「お前、ミーネか?」
「ふん、やっと気づいたか」
「えっ、ちょっと、どういうこと、このネコが、ミーネ?」
「うむ、そうじゃ、今は魔力を極限まで消し去るため、変化魔法と幻影魔法を駆使して、猫に化けておる。身軽なのは便利のじゃが、魔法が使えんのは、やはり不便じゃのう」
黒猫が一丁前に溜息を吐いた。
動物が人間のような動きをすると、やたらと不気味に見える。
「きゃあああっ、可愛いっ!」
突然、ルピナスが黒猫を抱き抱えて、激しく頬ずりを始めた。
「にゃあああっ、やめい、やめんかっ!」
「もう、ずっと、この姿でいてよっ、あのクソ生意気で小憎たらしいガキには、戻らないでいてっ!」
「誰が、糞生意気で小憎たらしい餓鬼じゃっ! こう見えても、ワシは、今年で205歳じゃぞっ!」
「うるさいっ、あたしだって、こう見えても、今年で325歳よっ! アンタなんか、あたしから見れば、クソ生意気で小憎たらしいガキよっ!」
改めて年齢を聞くと、二人とも、とんでもなく年上なのだと実感する。
見た目は、俺のほうが、とんでもなく年上なのに。
人間とは、実に損な種族だ。
「やかましい、はなせ、はなさんかっ!」
「イヤだっ、あたしのペットにするっ!」
目の前で繰り広げられる、ネコとエルフの凄まじい攻防。やがて、根負けしたのか、ネコはぐったりとエルフの胸の中に包まれ、静かになった。
ルピナスは、嬉しそうに黒猫を撫でている。
どうやら彼女は、無類の猫好きのようだ。
ちなみに俺は、重度の猫アレルギーだ。
「はあ、お前がミーネなのは分かった。だが一つ、分からないことがある」
「なんじゃ?」
疲れた様子で、こちらを睨むミーネ。
俺は、ある方向を指さした。
「あの精悍で爽やかな少年は誰だ?」
俺の指さす先に、一人の少年が立っていた。
やたらと濃い顔立ちに、はち切れんばかりの胸板と、丸太のように膨らんだ手足。着ている半袖、半ズボンは、ところどころ破れており、泥や砂で汚れている。しかも靴は履いておらず、裸足だ。
だが、その顔は、驚くほど精悍で爽やかだった。
精悍で爽やかな劇画タッチの顔に、筋骨隆々の肉体、粗末な服装、そして裸足。まるで昭和の少年漫画に出てくる主人公のようだ。
「ん、何を言っておる。あれはシュタインじゃろうが」
「は?」
一瞬、俺とルピナスは顔を見合わせ、同時に悲鳴を上げた。