もっと、もっと、強くならなければならない。
「魔力が感じないって、どういうことっ!」
ルピナスが声を上げた。
「ハーデブルクの隅から隅まで魔力探知してみたが、どこにも魔力を感じられなかった……」
周囲が静まり返った。
「つまり、ハーデブルクには、魔力を宿した人間がいない、ということですか?」
ケイが、恐る恐る訊いた。
「うーん、どうかな……。俺の魔力探知は、ミーネの魔力探知とは違って、かなり精度が低いからなぁ、正直、魔力の低い人間は探知できないことも多い。だが、ここまで何も感じなかったのは初めてだな」
「ハーデブルクの人たちは、いったいどこに行ったの?」
「分からない……」
一縷の望みを託して、俺は、ハーデブルク周辺の森まで魔力探知を広げた。
瞬間、奈落の底に叩き落された。
ハーデブルク周辺の森は、禍々しい魔力が大量に渦巻いていた。
これは、あの脆弱な赤帽子の魔力ではない。
紛れもなく、獰悪な竜の魔力だ。
「ハーデブルク周辺の森は、竜化した赤帽子でいっぱいだ……」
俺は、歯噛みしながら続けた。
「これは……最悪の事態に陥っているかもしれない……」
周囲が騒然となる。
ハーデブルクの人々も、ヴィーネリントの宗教騎士団も、すでに竜化した赤帽子の魔力に取り込まれているかもしれない。
ケイが、口許を震わせながら訊いた。
「都市の中で魔力を感じなかったのは、もうすでに、赤帽子によって蹂躙された後だったから……と、いうことですか?」
逡巡する俺。
「ああ、その可能性が高い……」
絶望を孕んだ沈黙が、周囲に重く圧し掛かった。
俺は、司教へと視線を向けた。
「とにかく、赤帽子がここへ押し寄せて来るのも時間の問題だ。船がどうとか言っている場合じゃない。早く小教区の住民を避難させろ。直に、ここは戦場になるぞっ!」
悲壮感をあらわにする聖職者たち。
ようやく、この危機的状況を実感することができたようだ。
「エイミ、早く竜骨を回収しないと、赤帽子がどんどん竜化していくわよ!」
「分かってるっ!」
激しい焦燥が襲い掛かってくる。もし赤帽子の群れが、ヴィーネリント小教区に到達すれば、精鋭揃いの宗教騎士団であっても、最高位クラスのブルグント魔導団であっても、その剣と魔法は、一切として奴らには届かない。
今の赤帽子には、剣も魔法も通用しない。
つまり、赤帽子の群れが、ヴィーネリントに到達した時点で、チェックメイトとなる。
大量の竜骨が奪われ、世界は滅亡へと向かうだけだ。
この絶望的な状況下で、できることは、もはや一つしかない。
竜骨を回収することだ。
竜骨を回収すれば、赤帽子の魔力源を断つことができる。
その場にいる全員が、俺へと視線を向けていた。
誰もが、怯えるような目でこちらを見ている。
俺は、嘆息した。
「ルピナス、久しぶりの突貫回収だな」
「そうね、でも、あたしたちなら、二時間もあれば、余裕で回収できるわ!」
「だな、所詮、敵は、ゴブリンの親戚。二時間もあれば、ラクショーだな!」
俺が笑顔を向けると、ルピナスも笑顔で返した。
周囲の怯えていた目に、微かな光が射したように見えた。
それは希望の光のように見えた。
なるほど、これが必要とされているってことなのか。
人は、誰かに必要とされた時、強くなることができる。
腹の奥底から湧き上がってくる熱い感情。
これが強さ、なのか。
だが、まだ足りない。
もっと、もっと、強くならなければない。
俺は、奥歯を噛みしめ、拳を堅く握った。
「さて、まずは、勝手な行動している大魔導士と最強戦士を探しに行くとするか」