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強くなる覚悟。

「実は私、異世界転移したばかりの頃、精神的にも、肉体的にも、めちゃくちゃ疲れていて、とにかく無気力だったんです。前の世界では、ほんっと、散々な目に合ってきましたから。だから、とりあえず冒険者になって、さっさとお金を稼いで、さっさとリタイアしようって思っていたんです。だって、異世界といえば、やっぱり、スローライフじゃないですか」


 まさか、俺とまったく同じ考えを持っていたとは。


「だから、ブルグント魔導団への入団を、断ったんです」


「そうなのか」


「でも、師匠が、それを許してくれませんでした。師匠は、私の魔導士としての素質を見抜き、自分の弟子になれば、必ず大魔導士にしてやる、と、毎日、毎日、私のところに、説得に来たんです。最初は面倒くさくて、適当に流していたんですけど、師匠の強い熱意と、真剣な眼差しに、少しずつ気持ちが変わっていって、結局、ブルグント魔導団に入団したんです。まあ、元来、押しに弱い性格でもあるんですけど……」


「へえ、あのミーネがねぇ……」


 ミーネはドライな性格だ。他人とは、常に、ほどよく距離を取って、上手く接するタイプだ。そんなミーネが、ケイに対して熱烈に踏み込んできたのは驚きである。よほど、ケイに魔法の素質があったのだろう。


「師匠は、はっきりと、私が必要だと言ってくれました。嘘偽りなく、はっきりと、私の目を見て言ってくれました。正直、ここまで私を見てくれて、必要だと言ってもらえたのは、生まれて初めてのことでした。それが、すっごく嬉しくて、この人なら信頼できる、この人のためなら生きていけるんじゃないか、って思うようになりました」


 ケイが続けた。


「その頃から、私の中で、ある覚悟が生まれてきました。それは、大魔導士ミーネの弟子になる覚悟、そして彼女を全力で支えていく覚悟です。この覚悟によって、私は生まれ変わることができました」


 ケイのことを真っ正面から見てくれたのは、他の誰でもなく、異世界の大魔導士だった。それはどこか、皮肉にも思えた。


 ふと、ケイの表情に影が差した。


「師匠は、私を必要としてくれた唯一無二の恩人です。だから師匠が、たった二人で《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》へ向かうことが耐えられませんでした。もちろん、師匠の凄さは理解しています。ですが、師匠は魔導士です。魔法が通用しない魔物が跋扈する《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》に、シュタインさんと二人で向かうのは、どう考えても、無謀としか思えません。もし、師匠の身に何かあったとなれば、私は正気を保てる自信がありません……」


「だから、ミーネに黙って、俺たちの元に来たってわけか……」


「はい、すみません、事情を知っているにも関わらず、居ても立っても居られなくなり、来てしました。師匠を救うためにも、エイミさんとルピナスさんの力が必要だと思って……」


「そういうことだったのか……」


 俺は、少しだけ考え込み、ややあって、会話を続けた。


「そこまで心配しなくてもいいんじゃないか?」


「えっ、どうしてですか?」


「この二年間、俺たち四人は、ずっと《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で働いてきた。そして、そこで数えきれないほどの修羅場を経験してきた。絶体絶命なんて日常。死にかけたことさえもあった。でもさ――」


 俺は、精一杯の笑顔を作って見せた。


「誰も死んでいないだろ」


 ケイが目を見開く。


「だって俺たちは、竜骨回収のプロだからな」


 その言葉に、ケイの表情が少しだけ和らいだ。


 途端、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。彼女を励ますため、自信満々に言ってはみたが、正直、竜骨回収の仕事に、プロ意識など持ったことはない。


 それでも、一応プロとして会話を続けた。


「ミーネもシュタインも、竜骨回収のプロだ。何の対策も打たずに、むざむざ死に行くような真似は絶対にしない。アイツらの狡猾さとしぶとさは、この二年間、死ぬほど見てきたからな」


 俺は続けた。


「だから、そこまで心配しなくてもいいってことだ」


「はい」


 ケイが泣きそうな笑顔で頷いた。


「ちょっと、お二人さん、ずいぶんと仲良さそうに話しているじゃない」


 突然、俺とケイの間に、ルピナスが割って入った。


「ん? どうしたんだ?」


 しかめっ面のルピナス。付き合いが長いと、機嫌が悪いのも一瞬にして分かる。


「別にっ、なーんか、楽しそうに話してるなぁーて」


 頬を膨らまし、ぷいっとそっぽを向く。


「楽しそう?」


 傍から見れば、そんな風に見えていたのか。


 ケイの方へ視線を向けると、彼女は気まずそうに目を背けた。


 三人の間に、微妙な空気が流れた。


 何だ、この重苦しい空気は?


 俺は、何か間違ったことをしたのか?


 俺は、ケイと普通に会話をしていただけなのだが。


 まったくもって分からん。


 とりあえず、お姫様の機嫌が悪そうなので、話題を変えることにした。


「なあ、ルピナス、ちょっと、聞いてもいいか?」


 ルピナスに話しかけると、彼女は不貞腐れたまま「なに?」と答えた。


「こんな俺だが、この世界にとって、必要な存在なのか?」


「は?」


 ルピナスの目が丸くなった。


「さっき、ケイさんとも話していたんだが、俺たちのいた世界では、俺もケイさんも、必要のない存在として扱われてきたんだ。だからさ、誰かに必要とされる感覚が、いまいち分かんなくてさぁ……」


 ルピナスが溜息を吐いた。


「いまさら、なに言ってのよ」


 ルピナスが、はっきりと、俺の目を見て言った。


「必要に決まってるじゃないっ!」


 ルピナスが続けた。


「そもそも、アンタみたいに、底なしの魔力の持った冒険者、この世界のどこを探してもいないわよ!」


 俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 気が付くと、俺は、素直な気持ちで「ありがとう」と伝えていた。


 ルピナスが照れ臭そうに、ぷいっと顔を背けた。


「大体、この世界に、必要のない人間なんていないわ。人間だけじゃない。エルフだって、小人だって、それに、魔族だって……」


 ルピナスは続けた。


「みんな必要な存在よ。そうじゃないと、この国、いや、この世界は成り立たないわ。悪いけど、この世界は、わざわざ、必要じゃない人間を作り出すほど、余裕はないの。エイミたちの世界が、おかしいだけなのよ」


「確かに、おかしいな」


 俺は、思わず笑ってしまった。


 誰かに必要とされる。


 初めての感覚だった。


 自分という存在を、真正面から見てもらえたことは、純粋に嬉しく感じた。


 人は、誰かに必要とされた時、強くなることができる。


 確かに、そんな気がした。


 胸の奥底から、熱い感情が沸き上がってくるのが分かった。


 これが強さなのかもしれない。


 俺は、もっと強くならなければならない。


 世界を救うなんて大層な目的を掲げるつもりはないが、誰かが俺を必要としているなら、相応の覚悟を持たなければならない。


 そう、強くなる覚悟を。


「あっ、ヴィーネリントの港が見えてきましたよ」


 広大な聖ライン河。その煌めく水面の先に、天高く捧げられた十字架が見えた。


 ヴィーネリント小教区の教会だ。


 俺は、ひりつくような緊張感に震えた。


 この先に待ち受ける世界は、紛れもなく修羅の世界だ。

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