表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/132

生まれて初めて噛みしめる自信。

「私たちが着ている魔法式服(ローブ)は、特殊な布で作られており、魔力を抑制することができます」


「ほほう、なるほど」


 群青色の魔法式服(ローブ)に着替えた俺は、両腕を広げながら、その着心地を確かめた。


 柔らかく、滑らかな、絹のような肌触りだ。


 軽くて、通気性も良いため、なかなか着心地が良い。


 魔法式服(ローブ)の袖や裾、フード部分には、細かな幾何学模様の刺繍が施されている。これらは、魔法陣を描く際に用いられる記号のようだ。


「私たち、ブルグント魔導団は、皆が総じて高い魔力を宿しているため、真っ先に魔物の標的となります。そのため、私たちの魔法式服(ローブ)には、魔力を抑制する機能が付いており、纏うだけで、一般人と同等程度の魔力まで抑えることができます」


 魔力を抑制することで、魔物を欺くことができ、さらには敵の魔力探知を掻い潜ることもできる。


「へえ、こんな便利なものがあるんだな。ちなみに、この布で、もっと動きやすい服は作れないのか? 竜骨を回収するのに、この恰好だと、けっこう動きにくそうだしな」


「すみません、この布の製造には、何人もの魔導士が、何日もかけて魔法を込め続けなければならないため、すぐに用意するのは難しいですね」


「そっか、かなり貴重な布なんだな」


「はい。ブルグント魔導団にしか支給されていないのも、布の希少性が原因です。しかも、基本、人数分しか配られないため、お二人が着ているのも、部下が使用していたものです」


「そうなのか……」


 おもむろに、ケイの部下たちへと視線を向ける。


 種族は違えど、皆、美人で可愛い子ばかりだ。


 うむ、悪くはない。


 とりあえず、匂いでも嗅いでおくか。


「あ、あと、言いにくいのですが……」


 なぜか、ケイが申し訳なさそうに口を開いた。


「エイミさんが着ているものは、先日、魔物との戦いで亡くなった部下のものです。すいません……」


「マジか……」


 急に着心地が悪くなった。この魔法式服(ローブ)を着たまま寝たら、間違いなく、ヤバい夢を見るに違いない。


「えっと……もしかして、あたしの着てるこれも、亡くなった誰かのものなの?」


 奥の寝室で、魔法式服(ローブ)に着替えてきたルピナスが不安そうに訊いた。


 スタイルの良い彼女は、何を着ても様になる。


「安心して下さい。ルピナスさんの魔法式服(ローブ)は、現在、非番中の部下のものですから」


 ホッと安堵の息を漏らすルピナス。


 いやいや、俺のだけ不吉すぎやしませんか。


 俺が不服そうに魔法式服(ローブ)を見ていると、隣にいたハヤトが、何やら袖の辺りをつまんで、指先で擦った。


「魔力を抑制できるのは便利だが、肝心の防御力はどうなんだ? ずいぶんと薄っぺらいようだが」


「残念ながら、防御力は、通常の魔法式服(ローブ)とさほど変わりません。我々、ブルグント魔導団は、戦闘時は、防壁魔法で四方を固めているため、魔法式服(ローブ)の強化はしてません」


「つまり、この魔法式服(ローブ)は、魔力を抑制するためだけに作られたということか……」


 急に心もとなくなった。防壁魔法は、精霊魔法であるため、俺もルピナスも使うことはできない。基本、戦闘中は、精神魔法で身体強化しているため、魔物から攻撃を受けても、肉体の損傷は軽くて済む。だが、身に纏っている魔法式服(ローブ)の損傷は甚大なものになるに違いない。


「これって、貴重なんだよね。もし破れちゃったりしたら、やっぱり弁償しなきゃいけないの?」


 恐る恐るルピナスが聞いた。


 そう、今、一番、気になっていることは、それだっ!


「その辺りに関しては、問題ありません。魔物との戦闘で魔法式服(ローブ)が損傷するのは、珍しいことではありませんので。そのつど専門の職人が補修しますので、安心して下さい」


 安堵する俺とルピナス。


 量産することのできない貴重な魔法式服(ローブ)だ。もし弁償となると、きっと多額の金額を請求されるだろう。俺もルピナスも、それぞれに目的があるため、あまり貯金を切り崩したくない。


「燃えて消し炭にでもならない限り、修復は可能ですから、安心して下さい」


「よかった」


 ホッと胸を撫で下ろす二人。


「そもそも、赤帽子(レッドキャップ)相手に、魔法式服(ローブ)が、燃えて消し炭なるなんて、万に一つもありえないよな。それに、竜化しているとはいっても、赤帽子(レッドキャップ)の魔力は、ゴブリンとさほど変わらないからな。魔法式服(ローブ)が破れるほど苦戦することはないだろう」


 異世界転移して二年。こう見えても、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で、数多の修羅場を乗り越えてきた。化け物じみた魔物とも、幾度となく対峙してきた。今さら、ゴブリンの親戚ごときに怖気づく俺ではない。


 まあ、魔物のほとんどは、ルピナスが始末してくれるのだが。


 とにもかくにも、貴重な魔法式服(ローブ)を弁償せずに済みそうだ。


 俺は、安堵の溜息を吐いた。


 するとハヤトが、満足気に頷いた。


「ハハハッ、さすがだな、エイミ。やはりS級冒険者は違うな。自信に満ち溢れているぞ!」


「はあ? 自信に満ち溢れている? 俺がぁ?」


 ハヤトの言葉に、疑問符が浮かんだ。


「この二年間、いろいろな経験をしてきたんだな」


 ハヤトが腕を組みながら、感慨深そうに何度も頷いた。


 まあ、思い出すだけで、頭痛と吐き気がするような経験は、数えきれないほどしてきたが。


 自信に満ち溢れている。


 この俺が?


 正直、信じられなかった。


 俺は、ハヤトやケイのほうが、自信に満ち溢れているように見えていた。


 二人とも様々な成功体験を経て、自信を手に入れたのだと思っていた。


 だから俺も、成功体験が欲しかった。


 自信が欲しかった。


 だが、ハヤトから見れば、俺は、自信に満ち溢れているように見えている。


 この二年間、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で経験した地獄のような日々が、知らぬ間に自信へと繋がっていったのか。


 この二年間、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で生き残り、無事、仕事を完遂し続けたことが、知らぬ間に成功体験になっていたのか。


 竜骨を回収するだけの仕事だが、コツコツと経験を積み重ねていったことで、それが揺るぎない自信へと変わり、成功体験へと繋がったのか。


 実感はない。


 実感はないが、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で得た知識や経験は、誰にも負ける気がしない。


 それは自負できる。


 ――だって、あたしたちは、竜骨回収のプロだから。


 ふいに、ルピナスの言葉が蘇った。


 竜骨回収のプロ。


 プロだからこそ、誰にも負ける気がしないのか。


 もしかしてこれが、自信なのか。


「自信……」


 生まれて初めて噛みしめる自信。


 それは、心の底から、強いエネルギーとなって湧き上がってきた。


「あの、すみません、ちょっといいですか?」


 ケイの表情が強張っているのが分かった。


「どうかしたの?」


 ルピナスが訊いた。


「お二人に、お伝えしなければならないことが、もう一つあります」


 彼女のただならぬ雰囲気に、周囲が緊張に包まれる。


「何だ、まだ、厄介なことがあるのか?」


 ケイは曖昧に頷くと、静かに口を開いた。


「ハーデブルクに《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》の発生した、その同時刻に、魔王軍の幹部である〝邪眼のバロール〟の魔力が探知されました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ