生まれて初めて噛みしめる自信。
「私たちが着ている魔法式服は、特殊な布で作られており、魔力を抑制することができます」
「ほほう、なるほど」
群青色の魔法式服に着替えた俺は、両腕を広げながら、その着心地を確かめた。
柔らかく、滑らかな、絹のような肌触りだ。
軽くて、通気性も良いため、なかなか着心地が良い。
魔法式服の袖や裾、フード部分には、細かな幾何学模様の刺繍が施されている。これらは、魔法陣を描く際に用いられる記号のようだ。
「私たち、ブルグント魔導団は、皆が総じて高い魔力を宿しているため、真っ先に魔物の標的となります。そのため、私たちの魔法式服には、魔力を抑制する機能が付いており、纏うだけで、一般人と同等程度の魔力まで抑えることができます」
魔力を抑制することで、魔物を欺くことができ、さらには敵の魔力探知を掻い潜ることもできる。
「へえ、こんな便利なものがあるんだな。ちなみに、この布で、もっと動きやすい服は作れないのか? 竜骨を回収するのに、この恰好だと、けっこう動きにくそうだしな」
「すみません、この布の製造には、何人もの魔導士が、何日もかけて魔法を込め続けなければならないため、すぐに用意するのは難しいですね」
「そっか、かなり貴重な布なんだな」
「はい。ブルグント魔導団にしか支給されていないのも、布の希少性が原因です。しかも、基本、人数分しか配られないため、お二人が着ているのも、部下が使用していたものです」
「そうなのか……」
おもむろに、ケイの部下たちへと視線を向ける。
種族は違えど、皆、美人で可愛い子ばかりだ。
うむ、悪くはない。
とりあえず、匂いでも嗅いでおくか。
「あ、あと、言いにくいのですが……」
なぜか、ケイが申し訳なさそうに口を開いた。
「エイミさんが着ているものは、先日、魔物との戦いで亡くなった部下のものです。すいません……」
「マジか……」
急に着心地が悪くなった。この魔法式服を着たまま寝たら、間違いなく、ヤバい夢を見るに違いない。
「えっと……もしかして、あたしの着てるこれも、亡くなった誰かのものなの?」
奥の寝室で、魔法式服に着替えてきたルピナスが不安そうに訊いた。
スタイルの良い彼女は、何を着ても様になる。
「安心して下さい。ルピナスさんの魔法式服は、現在、非番中の部下のものですから」
ホッと安堵の息を漏らすルピナス。
いやいや、俺のだけ不吉すぎやしませんか。
俺が不服そうに魔法式服を見ていると、隣にいたハヤトが、何やら袖の辺りをつまんで、指先で擦った。
「魔力を抑制できるのは便利だが、肝心の防御力はどうなんだ? ずいぶんと薄っぺらいようだが」
「残念ながら、防御力は、通常の魔法式服とさほど変わりません。我々、ブルグント魔導団は、戦闘時は、防壁魔法で四方を固めているため、魔法式服の強化はしてません」
「つまり、この魔法式服は、魔力を抑制するためだけに作られたということか……」
急に心もとなくなった。防壁魔法は、精霊魔法であるため、俺もルピナスも使うことはできない。基本、戦闘中は、精神魔法で身体強化しているため、魔物から攻撃を受けても、肉体の損傷は軽くて済む。だが、身に纏っている魔法式服の損傷は甚大なものになるに違いない。
「これって、貴重なんだよね。もし破れちゃったりしたら、やっぱり弁償しなきゃいけないの?」
恐る恐るルピナスが聞いた。
そう、今、一番、気になっていることは、それだっ!
「その辺りに関しては、問題ありません。魔物との戦闘で魔法式服が損傷するのは、珍しいことではありませんので。そのつど専門の職人が補修しますので、安心して下さい」
安堵する俺とルピナス。
量産することのできない貴重な魔法式服だ。もし弁償となると、きっと多額の金額を請求されるだろう。俺もルピナスも、それぞれに目的があるため、あまり貯金を切り崩したくない。
「燃えて消し炭にでもならない限り、修復は可能ですから、安心して下さい」
「よかった」
ホッと胸を撫で下ろす二人。
「そもそも、赤帽子相手に、魔法式服が、燃えて消し炭なるなんて、万に一つもありえないよな。それに、竜化しているとはいっても、赤帽子の魔力は、ゴブリンとさほど変わらないからな。魔法式服が破れるほど苦戦することはないだろう」
異世界転移して二年。こう見えても、《竜骨生物群集帯》で、数多の修羅場を乗り越えてきた。化け物じみた魔物とも、幾度となく対峙してきた。今さら、ゴブリンの親戚ごときに怖気づく俺ではない。
まあ、魔物のほとんどは、ルピナスが始末してくれるのだが。
とにもかくにも、貴重な魔法式服を弁償せずに済みそうだ。
俺は、安堵の溜息を吐いた。
するとハヤトが、満足気に頷いた。
「ハハハッ、さすがだな、エイミ。やはりS級冒険者は違うな。自信に満ち溢れているぞ!」
「はあ? 自信に満ち溢れている? 俺がぁ?」
ハヤトの言葉に、疑問符が浮かんだ。
「この二年間、いろいろな経験をしてきたんだな」
ハヤトが腕を組みながら、感慨深そうに何度も頷いた。
まあ、思い出すだけで、頭痛と吐き気がするような経験は、数えきれないほどしてきたが。
自信に満ち溢れている。
この俺が?
正直、信じられなかった。
俺は、ハヤトやケイのほうが、自信に満ち溢れているように見えていた。
二人とも様々な成功体験を経て、自信を手に入れたのだと思っていた。
だから俺も、成功体験が欲しかった。
自信が欲しかった。
だが、ハヤトから見れば、俺は、自信に満ち溢れているように見えている。
この二年間、《竜骨生物群集帯》で経験した地獄のような日々が、知らぬ間に自信へと繋がっていったのか。
この二年間、《竜骨生物群集帯》で生き残り、無事、仕事を完遂し続けたことが、知らぬ間に成功体験になっていたのか。
竜骨を回収するだけの仕事だが、コツコツと経験を積み重ねていったことで、それが揺るぎない自信へと変わり、成功体験へと繋がったのか。
実感はない。
実感はないが、《竜骨生物群集帯》で得た知識や経験は、誰にも負ける気がしない。
それは自負できる。
――だって、あたしたちは、竜骨回収のプロだから。
ふいに、ルピナスの言葉が蘇った。
竜骨回収のプロ。
プロだからこそ、誰にも負ける気がしないのか。
もしかしてこれが、自信なのか。
「自信……」
生まれて初めて噛みしめる自信。
それは、心の底から、強いエネルギーとなって湧き上がってきた。
「あの、すみません、ちょっといいですか?」
ケイの表情が強張っているのが分かった。
「どうかしたの?」
ルピナスが訊いた。
「お二人に、お伝えしなければならないことが、もう一つあります」
彼女のただならぬ雰囲気に、周囲が緊張に包まれる。
「何だ、まだ、厄介なことがあるのか?」
ケイは曖昧に頷くと、静かに口を開いた。
「ハーデブルクに《竜骨生物群集帯》の発生した、その同時刻に、魔王軍の幹部である〝邪眼のバロール〟の魔力が探知されました」