この世界は滅亡する。
ハーデブルク司教座都市に、勇者パーティーが滞在していた理由は、間違いなく《眠り竜》を狩るためだった。
長年、《眠り竜》の覚醒している時間が、あまりに短かったため、魔力探知による居場所の特定が難しかった。だが、三ヶ月ほど前から、《眠り竜》の覚醒している時間が増えたことで、徐々に、その棲息範囲が絞られていったようだ。
《眠り竜》の覚醒している時間が増えたのは、間違いなく、グリフォンが原因だ。
弱っているグリフォンの傷を舐めてあげたり、餌を与えたり、抱きしめたり、眠りにつかせたりと、あらゆる場面で、《眠り竜》は、グリフォンに尽くしていた。
その間、彼女の魔力は、容赦なく垂れ流されていた。
どうやら勇者は、竜の解体業者から《眠り竜》の存在を聞き、ハーデブルク司教座都市にやって来たようだ。そして、昼夜を問わず、手下の魔導士と僧侶に魔力探知を行わせ、徐々に、その範囲を狭めていき、ついに《眠り竜》の居場所を突き止めたのだ。
そこからの行動は早く、あっという間に《眠り竜》は殺され、解体業者によって、バラバラに解体された。そして、放置された竜骨は、森に潜む赤帽子たちに貪られ、ハーデブルクの森は、一夜にして《竜骨生物群集帯》へと変貌した。
「あのクソ勇者、《眠り竜》を殺した後、どこにいったんだ!」
「勇者さま一行の、その後の足取りは、全く掴めていません。現在、ハーデブルク周辺は、すでに《竜骨生物群集帯》になっているため、簡単に近づくことができません。私の部下が、ヴィーネリント小教区に入り、ハーデブルクに向けて魔力探知を行っていますが、正直、彼女たちの魔力では、ハーデブルク全体を探知することはできません」
ヴィーネリント小教区から、ハーデブルク司教座都市までの距離は、およそ10㎞くらいだ。さらにそこから都市全体へと探知魔法を張り巡らすとなると、途方もない魔力が必要となる。さすがのブルグント魔導団であっても、そこまでの魔力を宿している魔導士はいないようだ。
「《竜骨生物群集帯》で、まともに戦えるのは、バルムンクを持っている勇者だけだ。奴が動かないかぎり、ハーデブルクは、竜化した赤帽子どもに蹂躙されるぞ!」
「残念ながら、私たちには、現在のハーデブルクの状況を知る術はありません。もう、勇者さまが、赤帽子の侵攻を食い止めてくださっていること祈るしかありません……」
勇者が、赤帽子の侵攻を食い止める。
俺は、深い溜息を吐いた。
「いや、ないな」
一瞬でも期待した俺は、完全にどうかしていた。
あの自己顕示欲の塊のような男が、都市の人間を護るために戦っているとは到底思えない。
「私も、何度か勇者さまに、お会いしたことはありますが、望みは、絶望的に薄いですね……」
「下手すると、竜化している赤帽子に気付かず、必死で〝勇者の剣〟を振るって、ダメージが通らないことに驚いて、絶望してるかもしれんな」
勇者の剣は、光属性を宿した剣で、闇属性の魔族に特効の剣だ。魔王を討伐するため、ブルグント王国に代々受け継がれてきた聖剣である。ただ、闇属性に対しては、驚異的な威力を発揮するが、竜属性に対しては、そこらの棒切れと、たいして変わらない。
「もし、勇者さまが、戦いを放棄していれば、事態は最悪な方向へと向かいます」
「もう充分に、最悪な状況だろ」
「いえ、さらに最悪な状況を招きます」
「どういうことだ?」
「ハーデブルクを蹂躙し尽くした赤帽子が、次に向かう先です……」
「次に向かう先……?」
俺は、全身が凍りつくのが分かった。
「まさか……」
ケイが、血の気の失せた表情で口を開いた。
「そうです。ヴィーネリント小教区です」
室内が、しん、と静まり返った。
ヴィーネリント小教区には、大量の竜骨が、聖水の中に沈められている。もしそれらが、赤帽子たちの手に落ちたらどうなるのか。
ヴィーネリント小教区が、《竜骨生物群集帯》になったら、どうなるのか。
俺たちが、二年かけて回収した竜骨のすべてが、魔物に奪われたらどうなるのか。
考えなくても分かる。
この世界は滅亡する。