餓狼の剣士
「ハハハッ、ルピナスさんの覚悟には恐れ入ったなぁっ!」
高笑いを上げるハヤト。
ここは、ハヤトの家である。
突然すぎるルピナスの断髪によって、俺たちは、完全にパニック状態に陥った。彼女の乱れに乱れた髪をどうにかしようと、あたふたしていると、ハヤトから、ある提案が出た。
「ウチの妻なら何とかできるかもしれんぞ!」
ハヤトの妻シャルロッテは、手先が器用らしく、ハヤトの髪はもちろん、時間がある時は、村の子供たちの髪も切ってあげているらしい。
それを聞いた俺たちは、急いでハヤトの自宅に向かい、驚くシャルロッテに事情を説明して、ルピナスの乱れに乱れた髪を何とかしてもらえるように頼み込んだ。
そんなこんなで今に至る。
現在、ハヤトの家の庭先では、ルピナスの乱れに乱れた髪を、シャルロッテが必死に整えている真っ最中だ。
「まあ、なんだかんだ言って、激しい性格だからな……」
この村に来てから、穏やかな彼女ばかり見ていたため、忘れかけていたが、普段は、魔物を見ると、躊躇なく襲い掛かり、容赦なく斬り飛ばす、獰猛な剣士だ。
「さ、さすがは、〝餓狼の剣士〟ですね……」
ケイが、ボソッと呟いた。
ケイたちブルグント魔導団も、ハヤトの家で待機している。
「餓狼の剣士? 何だそりゃ?」
「ルピナスさんの通り名です。彼女はご存じないと思いますが、冒険者の界隈では、彼女は、かなりの有名人ですから……」
「そんなに有名人だったのか?」
「はい、特に王都では、ルピナスさんを知らない冒険者はいません」
「それって、やっぱ、あれか? あいつが、美人なエルフの冒険者だからか?」
「まあ、それもあると思いますが、ルピナスさんに関しては、純粋に実力的な部分が大きいと思います」
「そうなのか?」
「はい。竜骨回収クエストが開始される前、彼女がA級冒険者だった頃、数多のA級クエストが、彼女一人によって攻略されてきました。どんな難関クエストでも、パーティーを組むことなく、たった一人で挑み、次々に、攻略していったのです。それらの功績が認められて、彼女はS級冒険者に昇格しました」
パーティーを組まずに、ソロでクエスト攻略。
確かにルピナスらしい。
「なるほど、で、なんで〝餓狼の剣士〟って呼ばれるようになったんだ? やっぱりルピナスの花が〝狼〟に例えられることがあるからか?」
ケイが小首を傾げた。
「ルピナスの花? そんな花があるんですか?」
「えっ、違うのか?」
「ルピナスさんが、餓狼の剣士と呼ばれるようになった所以は、飢えた狼のように、片っ端からクエストを漁り、ソロで挑戦し、クリア後の褒賞金を根こそぎ持っていくからです。冒険者の間では、餓狼の剣士が現れたら、A級クエストは、草の根の一本も残らないって言われていました」
いやいや、貪欲すぎるだろ。
だが、分からんでもない。
竜骨回収クエストを始めたばかりの頃、ルピナスは孤立していて、度々、俺たちと対立することがあった。そして、ルピナスとの対立は、日を追うごとに深まっていき、最終的には、俺たちの作業に対して、いろいろとケチをつけるようになった。
もっと早く、竜骨を割れ。
もっと早く、竜骨を砕け。
もっと早く、竜骨を運べ。
もっと早く、現場を終わらせろ。
こういった要求をしきりにするようになった。
俺もミーネもシュタインも、さすがに思うところはあったが、俺たちは大人だったため、彼女の言い分をしぶしぶ受け入れ、作業のスピードを上げていった。
だが、彼女は、それでも満足することなく、要求は次第にエスカレートしていき、しまいには、休憩は取るな、休暇もいらない、などと言い出した。
大人な対応を心掛けていた俺たちだったが、さすがに度の過ぎた言い分に、大喧嘩になったこともあった。
当時は、俺たちも仲が悪かった。
だがこれで、合点がいった。
今まで、ルピナスは、より多くの褒賞金を得るため、ソロでクエストに挑んできた。しかし、竜骨回収クエストは、国王より四人で行うように命じられたため、ソロで挑むことはできなかった。仮にソロで挑んでも、竜骨を割って、砕いて、運び、積み込みをしながら、襲ってくる魔物を撃退しなければならない。しかも魔物には、剣も魔法も通用しない。それだけの作業を、たった一人で行うのは、どう考えても不可能だった。
そもそも、竜骨回収クエストは、最高難易度のS級クエストだ。ソロで攻略できるレベルではない。それは、ルピナス自身も、充分に理解していたはずだ。
だからこそ、作業する俺たちに、苛立ちが募ったのだろう。
祖国復興のため、莫大な資金が必要なのは分かる。だが、周囲に迷惑をかけるのは間違っている。恐らく、冒険者たちからも、かなりの反感を買っていたに違いない。
そんな自己中心的で嫌われ者のルピナスだったが、ある事件をきっかけに、ずいぶんと大人しくなる。
その事件のことは、また別の機会に話すことにしよう。
ルピナスが、俺たち、いや、特に俺に、多大な迷惑をかける話だ。
思い出すだけで、吐き気と眩暈をもよおすほどのヒドイ話だ。
とにかく、ルピナスは、その名前の通り、〝狼〟だったということだ。
金に飢えた一匹狼。
「しっかし、ルピナスは、ハーデブルクに行く気満々だなぁ……」
俺は、深い溜息を吐いた。
「はい、ルピナスさんの強い覚悟は受け取りました。エイミさんは、どうされるおつもりですか?」
「まあ、行くしかないだろ。俺がいないと、シュタインに負担が掛かりすぎるからな」
シュタインが竜骨を割り、その竜骨を俺が砕き、ミーネがその竜骨を運ぶ。その間、ルピナスは、俺たちに近づいて来る魔物を排除しなければならない。
もし、俺がいなければ、恐らくシュタインが、竜骨を割って、砕く作業まで行わなければならなくなる。手伝うにしても、非力なミーネは役に立たたないだろう。だからと言って、ルピナスに頼ることはできない。なぜなら、ハーデブルク周辺には、大量の赤帽子が生息しているため、彼女自身、奴らの撃退で、手一杯になるはずだ。
「ただ、ずっと気になっていたんだが、ハーデブルク周辺に、なんでいきなり《竜骨生物群集帯》が現れたんだ? あの森に竜がいるなんて聞いたこともないぞ。実際、勇者たちとゴタゴタしてた時、何度も、魔力探知したが、竜の魔力なんて、これっぽちも探知できなかったぞ」
逡巡するケイ。
「いえ……」
そして、静かに口を開いた。
「あの森には、竜が生息していました」