どう、これで、あたしだって分からないでしょ!
今さらだが、俺たちは、冒険者だ。
そのため、《竜骨生物群集帯》での仕事は、冒険者ギルドの依頼を受けてから行う仕組みとなっている。
厳密な流れを言うと、ブルグント王国のヴォルムス王が、王都にある冒険者ギルドに依頼を出し、そこからクエストといった形で、俺たちの元へと届く流れだ。
どうにも、まどろっこしいが、冒険者を使用するには、冒険者ギルドを通すしかない。国王が直々に、冒険者ギルドに依頼を出しているのは、少々滑稽に思えるが、冒険者は、国王の家臣でも領民でもないため、国王であっても自由に利用することはできない。まあ、国王としても、魔力の高い冒険者を、家臣や領民にしたくないのが本音のようだが。
これまで竜骨回収作業は、国王直属の騎士たちを中心に、傭兵ギルドや冒険者ギルドから人員をかき集めて行われていた。基本、騎士が竜骨に群がる魔物を排除し、その隙を見て、従卒が竜骨の回収を行い、傭兵と冒険者で、彼らを護衛するといった手法である。まあ、冒険者は、護衛というよりも、囮として利用されることが多いのだが。
しかし、あまりに危険な現場であるため、次第に、傭兵たちが依頼を拒否するようになり、冒険者に限っては、死傷者続出により、慢性的な人員不足に陥っていた。また騎士たちも、自らの領地運営のかたわら、竜骨の回収を行っていたため、急激に増え続ける《竜骨生物群集帯》に対して、対処が難しくなっていった。
そこで国王は、莫大なクエスト報酬と、ニーベルゲンの財宝の在処を引き換えに、国内にいるS級冒険者へ向けて依頼を出した。そこで集まったのが、ルピナス、ミーネ、シュタインだ。そして、竜骨回収作業を円滑に行うには、最低でも四人は必要ということで、その穴埋めとして、異世界転移したばかりの俺が招集されたのである。
右も左も分からない異世界人に対して、とんでもない仕事を紹介してきたのだ。
ブラックにも程がある。
ルピナス、ミーネ、シュタインには、それぞれに目標があるため、仕事の完遂を目指して働いているが、俺としては、そこまで働きたくないのが本音だ。なぜなら、S級クエストの報酬は、他のクエストとは比べ物にならないほど高いので、このまま順調に働き続ければ、あと一年ぐらいで、異世界スローライフに突入できるぐらいの資金は貯まるのである。
あと一年、か。
たったの一年である。
たったの一年で、残りすべての竜骨を回収しなければならない。
無理だろ。
勇者が死ぬか、竜が絶滅しないかぎり、無理だろ。
辞めさせてもらえるかな……。
ブラックだから無理だろうな……。
心の底から溜息が漏れた。
とにかく、《竜骨生物群集帯》での竜骨回収作業は、冒険者ギルドからの依頼を受けてから、行う仕組みとなっている。
休暇中は、みんなバラバラの場所にいるため、王都にいるミーネが、冒険者ギルドからの依頼を受け、魔法白鳩を飛ばして、俺たちの元へ知らせに来る。ちなみ魔法白鳩というのは、魔力探知することのできる伝書鳩のことだ。
「ん、でも、ミーネからの連絡は、何もないが……」
俺が、ルピナスの方を見ると、彼女も頷いた。
ケイは唇をぎゅっと噛んだ。
「師匠は、シュタインさんを連れて、もう現場に向かいました」
「はあ? なんでだよ!」
「実は、今回、見つかった《竜骨生物群集帯》ですが、非常にマズいところに発生していまして……」
「非常にマズいところ?」
とんでもなく嫌な予感がする。
「今回、《竜骨生物群集帯》が発生した現場は、ハーデブルク司教座都市から、3キロ程度しか離れていません」
息が詰まるような静寂が落ちた。
「う、うそでしょ、ハーデブルクから、たったの3キロって……」
ルピナスの唇が、小刻みに震えている。
「おいおい、さっき言ってた、ある場所って、ハーデブルクだったのか!」
ハーデブルク司教座都市から、僅か3キロの場所に《竜骨生物群集帯》が発生した。
ハーデブルクの周囲は、深い森に囲まれている。
その森には、赤帽子が潜んでいる。
まさか、あの残虐非道な魔物が、竜へと変貌したのか。
「都市はっ? 都市はどうなったんだっ!」
「現地の状況は何も分かっていません。現在、ヴィーネリントの宗教騎士団が、ハーデブルクへ向かっているらしいのですが、詳しいことは、まだ分かっていません」
完全に頭が混乱している。そもそも、なぜ、ハーデブルク司教座都市の近くに、突然、《竜骨生物群集帯》が発生したのか。ぜんぜん意味が分からない。こんなに都市の近くに、竜が生息していれば、魔力探知で簡単に引っかかるはずだ。なぜ今まで見つからなかったのか。
「でも、どうして、ミーネとシュタインは、あたしたちに黙って、二人だけで《竜骨生物群集帯》に向かったの?」
ルピナスが訊くと、ケイが険しい表情で答えた。
「貴方がたと勇者さまを会わせないためです」
一瞬、ルピナスの顔が引きつった。
「そ、そんな……」
「貴方がたが、勇者さまと揉めたことは、師匠から聞いています。そこでルピナスさんが、酷い目に合いそうになったことも聞きました。師匠は、勇者さまがハーデブルクにいることを見通して、貴方がたに《竜骨生物群集帯》が発生したことを告げなかったのです」
確かに、勇者から受けた残酷な裏切りは、ルピナスにとって大きなトラウマになっているに違いない。ミーネとシュタインも、それを理解して、敢えて俺たちに黙って現場へと向かった。それは分かっている。アイツらならやりそうなことだって分かっている。だが、俺たちに一言もなく、アイツらだけで、現場に向かったことは、どうにも腹が立つ。
「ミーネやシュタインだって、顔バレしているはずだろ」
「はい、ですが、師匠には変化魔法があります。師匠の扱う変化魔法は、幻影魔法と組み合わせて使うため、人間だけではなく、動物にも変化することが可能です。恐らく小型の動物に扮して、ハーデブルクの様子を伺ってから、竜骨の回収に向かわれると思います」
まあ、確かに、ミーネなら、動物に変身することぐらい朝飯前だろう。
「だったら、シュタインはどうするんだ?」
「シュタインさまは、勇者さまから、直接、その顔を見られてはいません」
まあ、確かに、シュタインは、俺たちが屋敷に殴り込んでいる最中、中庭で、騎士たちを殴り倒していたため、勇者から素顔は見られていない。
「でも、追っかけて来た、勇者の手下どもからは、がっつり、その顔を見られているぞ!」
勇者パーティーの魔導士と戦士は、シュタインの顔をはっきりと見ている。
「うーん、師匠いわく、その辺りに関しても問題はないそうです。詳しくは教えてもらえてなかったのですが、どうやら、シュタインさまには、奥の手があるようで……」
「奥の手?」
あの毛むくじゃらの、ガキなのか、オッサンなのか、よく分からない朴念仁に、奥の手があるとは到底思えないのだが。
とにかく、俺たちに黙って、勝手に現場へ向かった二人に、苛立ちが治まらない。
と、その時、ルピナスが、静かに立ち上がった。
そして、小さく嘆息した。
「ほっんと、あたしもずいぶんとナメられたものね。まさか、百歳以上も年下の小娘に心配されるなんてね」
ルピナスの表情が、徐々に剣呑なものへと変わっていく。
ヴェスト村に来てから、一度も見せなかった表情。
それは、《竜骨生物群集帯》でいつも見ている激情的な表情だった。
「悪いけど、それくらいのことで心配されるほど、あたし、お嬢様じゃないのよっ!」
そう吐き捨てると、ルピナスは壁に立てかけていたノートゥングを手に取り、勢いよく鞘を抜き、腰まで伸びていた金髪を、根元から乱暴に掻き上げた。流れるように艶やかで澄んだ髪が、渦を巻き、暗く濁って見えた。
「お、おい、ちょっと待て……」
俺たちの声が届くよりも早く、ルピナスは刃を振り上げ、そのまま勢いよく、髪を断ち斬った。
周囲が唖然となる。
ちょ、ちょっと、何やってんの?
ルピナスは、髪の束を握りしめ、俺たちの眼前にぐいっと突き出した。
細く美しい金色の髪が、力なく、だらりと項垂れている。
「どう、これで、あたしだって分からないでしょ!」