表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/122

残酷だが、よくできた世界。

「くそっ、命あっての異世界ライフだ。ハーレム作る前に死んでたまるかよっ!」


「そうだな、俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだからなっ!」


 ようやく逃げる決断をした二人は、傭兵たちの後を追うように、(ほこら)から飛び出した。


 瞬間、交戦していたゴブリンどもの足が止まった。


 ゴブリン族は、侏儒族(こびとぞく)の中で、魔物に堕ちた種族だ。


 魔物とは、〝魔力を屠る生物〟を意味する。


 この世界で生きる多くの種族が、魔力を宿している。


 魔力は、体内にある魔素によって生成され、体内から体外へと放出されていく。それら魔力を魔法に変換することで、身体能力や治癒能力を向上させたり、精霊を用いた超自然的な現象を発動することができるのだ。


 しかし、その大多数が、僅かな魔力しか宿しておらず、魔力を魔法に変換することができる者たちは、ほんの一握りとされている。


 人間界においては、その希少さゆえに、魔力による専制的かつ特権的な階級が生まれ、高い魔力を宿す者たちが、王族や貴族の地位に就いている。つまり、魔力優性主義を土台とした、封建社会が構築されているのだ。


 高い魔力を宿す者たちは、この世界において、極めて優位な存在であると言える。


 だが、それゆえに、リスクもある。


 魔物の存在である。


 魔物とは、魔力を宿す者から魔素を屠り、自身の魔力に取り込む生物のことを指す。


 魔力に魅了された生物が、魔物なのだ。


 魔素は、生物の骨の中にあるため、取り出すには、骨を砕かなければならない。よって、取り込むためには、必然的に、その生物を殺さなければならなくなる。


 殺して、皮を剥ぎ、肉を裂いて、骨を抜き取り、砕かないと、魔素を取り込むことはできない。


 それだけのリスクと手間が必要となる。


 よって魔物は、効率的に魔力を取り込むため、魔力量の多い生物を狙う習性がある。


 魔力量の多い生物とは、高い魔力を宿す者たちのことだ。


 この習性は、魔物の本能として刻み込まれており、世代が変わっても着実に受け継がれていく。


 ゴブリン族は、戦争により棲み処を追われ、飢餓に苦しんだ揚げ句、人間の死体を漁る腐肉食(スカベンジャー)となった。そこで魔素を取り込み、その甘美な誘惑に魅せられ、魔物へと堕ちてしまった種族だ。


 魔物に堕ちると、定期的に魔素を取り込まなけれれば、猛烈な禁断症状に襲われるようになる。この症状は、魔力中毒と呼ばれている。


 魔物が人間を襲う理由は、魔素が目的なのである。


 薬物欲しさに手段を選ばない、中毒患者とよく似ている。


 祠を飛び出した冒険者たちは、あっという間にゴブリンの群れに囲まれた。


 異世界転移者は、異常なほど魔力が高い。この世界において王族や貴族に匹敵する魔力を宿している。ゆえに魔物に襲われるリスクも高い。しかし、ある程度の魔法を使いこなすことができれば、大抵の魔物は撃退することができる。雑魚モンスターの定番であるゴブリンなど、魔法で筋力強化すれば、素手で倒すことも可能だ。


 だが、この地のゴブリンは、ゲームに出てくるような雑魚モンスターではない。


 竜属性を宿し、竜耐性が付与された、最悪凶悪の竜化ゴブリンだ。


 冒険者たちの悲鳴が聞こえた。


 彼らは、一瞬にして、群がるゴブリンの中に呑み込まれてしまった。


 鈍く嫌な音が響き渡る。


 二人の冒険者は、ゴブリンの集団から、棍棒で、滅多打ちにされていた。


 竜属性を宿したゴブリンの魔力は、取り込んだ竜の魔力が上乗せされるため、身体能力が飛躍的に向上している。よって、繰り出される攻撃も、通常の数十倍の威力はある。


 容赦なく叩きつけられる打撃によって、手足が折れ曲がり、頭が割れて脳が飛び散る。肉体が血しぶきを上げながら、歪な形へと変形していく。やがて、潰れて動かなくなった冒険者から、勢いよく四肢を引き千切ると、牙を突き立て、皮を剥ぎ、肉を削ぎ、あらわとなった骨を噛み砕いて、旨そうに魔素を啜った。


 冒険者たちの骨を握りしめ、狂喜乱舞するゴブリンたち。


 これが、この世界の現実だ。


 そして、殺された二人の冒険者は、この世界の現実を理解できていなかった。


 冒険者は魔力が高いため、魔物討伐のクエストにおいて、囮に利用されることが多い。


 特に、王族や貴族が依頼するクエストの大半が、領地周辺、もしくは領地内の魔物討伐が主となるため、領主に従属する騎士たちが、クエストの指揮を執ることが多い。しかし領主である王族や貴族にとって、配下の騎士たちは、領地を護るための貴重な戦力でもあるため、クエストでの消耗は、極力避けたいと思っているのが本音だ。


 そこで必要とされるのが冒険者だ。


 魔力の高い冒険者を、魔物の囮にすることで、クエスト攻略を円滑に進め、同時に、配下の騎士たちの損耗も防いでいるというわけだ。冒険者が魔物に殺されても。王族や貴族にとっては何の痛手もない。


 竜骨回収クエストは、国王勅命のクエストだ。よって派遣されている騎士たちは、国王直属の王国騎士団だ。国王直下の精鋭である騎士団が損耗すれば、王国の戦力が大きくダウンしてしまう。国王としては、何としても、騎士団へのダメージを避けるため、魔力の高い冒険者を囮として投入したのだろう。


 冒険者は、どんなクエストであっても、疑ってかからなければならない。そして、クエストに参加する場合は、事前に、あらゆる状況を想定した上で、綿密な作戦を立てなければならない。古参冒険者ほど、その辺りはしっかりと行っている。


 そういった暗黙のルールは、ギルドでは教えてもらえないため、新米冒険者の多くは、疑いもせずに、ギルドから紹介されたクエストに、ほいほい参加して、地獄を見る羽目となる。


 魔物に屠り殺されるか、魔物を殺して生き残るか、冒険者には、その二択しか存在しない。


 そして、その生死を分けるのは、運でもチート能力でもない。


 瞬発性だ。


 今回の現場において、傭兵たちは、瞬発性に長けていた。


 彼らは、命あっての傭兵業だと理解しているため、違和感を察知した瞬間、ためらうことなく撤退した。


 一方、異世界転移してきた冒険者たちは、どうしても瞬発性に欠ける。


 実際、平和で豊かな環境で生まれ育った日本人が、いきなり過酷な戦場に放り込まれて、そこで瞬発性を発揮するのは、さすがに無理である。


 俺もそうだった。


 いざ、魔物を前にすると、ためらいが生じる。


 だが、そのためらいが、命を奪う。


 俺が、異世界転移して最初に学んだことは、()()()()()、だった。


 ためらわない。


 それこそが、この世界で生き残るための手段だ。


 異世界転移を果たして、チート能力で無双して、ハーレムを囲って、ウハウハな生活は、もちろん可能だが、魔物と対峙した時、一瞬でもためらえば、屠り殺される。


 この世界において、完全なチートなど存在しない。


 属性と耐性、そして特効により、いくらでもチートを覆すことができるからだ。


 だからこそ、ためらうことなく、即座に行動できる瞬発性が必要となるのだ。


 残酷だが、よくできた世界である。


 そんな陰惨なシーンを最後に、スクリーンの幕は下りた。


 目を覚ますと、俺は、祠の中で、身を屈めるように横になっていた。


 無数に開いた壁の穴から、日差しが射していた。


 俺は、大きなあくびをしながら、両手を上げて伸びをした。


 そして、古びた祭壇をぼんやりと見つめて、ゆっくりと立ち上がった。


 さて、仕事に戻るか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ