残酷だが、よくできた世界。
「くそっ、命あっての異世界ライフだ。ハーレム作る前に死んでたまるかよっ!」
「そうだな、俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだからなっ!」
ようやく逃げる決断をした二人は、傭兵たちの後を追うように、祠から飛び出した。
瞬間、交戦していたゴブリンどもの足が止まった。
ゴブリン族は、侏儒族の中で、魔物に堕ちた種族だ。
魔物とは、〝魔力を屠る生物〟を意味する。
この世界で生きる多くの種族が、魔力を宿している。
魔力は、体内にある魔素によって生成され、体内から体外へと放出されていく。それら魔力を魔法に変換することで、身体能力や治癒能力を向上させたり、精霊を用いた超自然的な現象を発動することができるのだ。
しかし、その大多数が、僅かな魔力しか宿しておらず、魔力を魔法に変換することができる者たちは、ほんの一握りとされている。
人間界においては、その希少さゆえに、魔力による専制的かつ特権的な階級が生まれ、高い魔力を宿す者たちが、王族や貴族の地位に就いている。つまり、魔力優性主義を土台とした、封建社会が構築されているのだ。
高い魔力を宿す者たちは、この世界において、極めて優位な存在であると言える。
だが、それゆえに、リスクもある。
魔物の存在である。
魔物とは、魔力を宿す者から魔素を屠り、自身の魔力に取り込む生物のことを指す。
魔力に魅了された生物が、魔物なのだ。
魔素は、生物の骨の中にあるため、取り出すには、骨を砕かなければならない。よって、取り込むためには、必然的に、その生物を殺さなければならなくなる。
殺して、皮を剥ぎ、肉を裂いて、骨を抜き取り、砕かないと、魔素を取り込むことはできない。
それだけのリスクと手間が必要となる。
よって魔物は、効率的に魔力を取り込むため、魔力量の多い生物を狙う習性がある。
魔力量の多い生物とは、高い魔力を宿す者たちのことだ。
この習性は、魔物の本能として刻み込まれており、世代が変わっても着実に受け継がれていく。
ゴブリン族は、戦争により棲み処を追われ、飢餓に苦しんだ揚げ句、人間の死体を漁る腐肉食となった。そこで魔素を取り込み、その甘美な誘惑に魅せられ、魔物へと堕ちてしまった種族だ。
魔物に堕ちると、定期的に魔素を取り込まなけれれば、猛烈な禁断症状に襲われるようになる。この症状は、魔力中毒と呼ばれている。
魔物が人間を襲う理由は、魔素が目的なのである。
薬物欲しさに手段を選ばない、中毒患者とよく似ている。
祠を飛び出した冒険者たちは、あっという間にゴブリンの群れに囲まれた。
異世界転移者は、異常なほど魔力が高い。この世界において王族や貴族に匹敵する魔力を宿している。ゆえに魔物に襲われるリスクも高い。しかし、ある程度の魔法を使いこなすことができれば、大抵の魔物は撃退することができる。雑魚モンスターの定番であるゴブリンなど、魔法で筋力強化すれば、素手で倒すことも可能だ。
だが、この地のゴブリンは、ゲームに出てくるような雑魚モンスターではない。
竜属性を宿し、竜耐性が付与された、最悪凶悪の竜化ゴブリンだ。
冒険者たちの悲鳴が聞こえた。
彼らは、一瞬にして、群がるゴブリンの中に呑み込まれてしまった。
鈍く嫌な音が響き渡る。
二人の冒険者は、ゴブリンの集団から、棍棒で、滅多打ちにされていた。
竜属性を宿したゴブリンの魔力は、取り込んだ竜の魔力が上乗せされるため、身体能力が飛躍的に向上している。よって、繰り出される攻撃も、通常の数十倍の威力はある。
容赦なく叩きつけられる打撃によって、手足が折れ曲がり、頭が割れて脳が飛び散る。肉体が血しぶきを上げながら、歪な形へと変形していく。やがて、潰れて動かなくなった冒険者から、勢いよく四肢を引き千切ると、牙を突き立て、皮を剥ぎ、肉を削ぎ、あらわとなった骨を噛み砕いて、旨そうに魔素を啜った。
冒険者たちの骨を握りしめ、狂喜乱舞するゴブリンたち。
これが、この世界の現実だ。
そして、殺された二人の冒険者は、この世界の現実を理解できていなかった。
冒険者は魔力が高いため、魔物討伐のクエストにおいて、囮に利用されることが多い。
特に、王族や貴族が依頼するクエストの大半が、領地周辺、もしくは領地内の魔物討伐が主となるため、領主に従属する騎士たちが、クエストの指揮を執ることが多い。しかし領主である王族や貴族にとって、配下の騎士たちは、領地を護るための貴重な戦力でもあるため、クエストでの消耗は、極力避けたいと思っているのが本音だ。
そこで必要とされるのが冒険者だ。
魔力の高い冒険者を、魔物の囮にすることで、クエスト攻略を円滑に進め、同時に、配下の騎士たちの損耗も防いでいるというわけだ。冒険者が魔物に殺されても。王族や貴族にとっては何の痛手もない。
竜骨回収クエストは、国王勅命のクエストだ。よって派遣されている騎士たちは、国王直属の王国騎士団だ。国王直下の精鋭である騎士団が損耗すれば、王国の戦力が大きくダウンしてしまう。国王としては、何としても、騎士団へのダメージを避けるため、魔力の高い冒険者を囮として投入したのだろう。
冒険者は、どんなクエストであっても、疑ってかからなければならない。そして、クエストに参加する場合は、事前に、あらゆる状況を想定した上で、綿密な作戦を立てなければならない。古参冒険者ほど、その辺りはしっかりと行っている。
そういった暗黙のルールは、ギルドでは教えてもらえないため、新米冒険者の多くは、疑いもせずに、ギルドから紹介されたクエストに、ほいほい参加して、地獄を見る羽目となる。
魔物に屠り殺されるか、魔物を殺して生き残るか、冒険者には、その二択しか存在しない。
そして、その生死を分けるのは、運でもチート能力でもない。
瞬発性だ。
今回の現場において、傭兵たちは、瞬発性に長けていた。
彼らは、命あっての傭兵業だと理解しているため、違和感を察知した瞬間、ためらうことなく撤退した。
一方、異世界転移してきた冒険者たちは、どうしても瞬発性に欠ける。
実際、平和で豊かな環境で生まれ育った日本人が、いきなり過酷な戦場に放り込まれて、そこで瞬発性を発揮するのは、さすがに無理である。
俺もそうだった。
いざ、魔物を前にすると、ためらいが生じる。
だが、そのためらいが、命を奪う。
俺が、異世界転移して最初に学んだことは、ためらうな、だった。
ためらわない。
それこそが、この世界で生き残るための手段だ。
異世界転移を果たして、チート能力で無双して、ハーレムを囲って、ウハウハな生活は、もちろん可能だが、魔物と対峙した時、一瞬でもためらえば、屠り殺される。
この世界において、完全なチートなど存在しない。
属性と耐性、そして特効により、いくらでもチートを覆すことができるからだ。
だからこそ、ためらうことなく、即座に行動できる瞬発性が必要となるのだ。
残酷だが、よくできた世界である。
そんな陰惨なシーンを最後に、スクリーンの幕は下りた。
目を覚ますと、俺は、祠の中で、身を屈めるように横になっていた。
無数に開いた壁の穴から、日差しが射していた。
俺は、大きなあくびをしながら、両手を上げて伸びをした。
そして、古びた祭壇をぼんやりと見つめて、ゆっくりと立ち上がった。
さて、仕事に戻るか。