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お前の師匠は、酒乱大魔導士ミーネだな。

 ブルグント魔導団。


 かつて大魔導士ミーネが率いていた、国内屈指の魔導士部隊だ。


 ブルグント王国が、北方の敵国であるニーダーラント王国と、東方の大国であるフン帝国の脅威に対抗すべく結成された、魔導士の精鋭部隊だ。彼らの任務は、両国からの侵攻を未然に防ぐため、国境線上に、巨大な防壁結界を張り巡らし、24時間体制で監視を行うことだ。


 しかし、現在では、魔物の活性化に伴って、深刻な冒険者不足が続いているため、防壁結界の他にも、ダンジョン調査や、上位種の魔物討伐、不法潜伏している魔族の探索など、仕事も多岐にわたっている。そして、それらがクエストと連動していることもあるため、冒険者と同行する機会も多い。


「ブルグント魔導団の団長、ケイさんだっ!」


 居間のテーブルに座っていた魔導士が立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。


 俺は違和感を覚えた。


 この世界において、挨拶でお辞儀をする習慣はない。王族や貴族の間では、男性が女性に跪いて首を垂れることはあっても、軽く頭を下げることはない。


「ケイさんと俺は、一度、クエストで同行したことがあるんだ。どうやら、お前たちに用があって、遥々(はるばる)この村までやって来たそうだ」


 ハヤトの紹介に、ケイがこちらを見た。


 三角帽子の下から見える鮮やかな黒髪。少し垂れた黒い瞳に、健康的な褐色の肌。


 あれ?


「何と、ケイさんは、俺たちと同じ、日本人なのだっ!」


「おおっ、確かに日本人だな!」


 思わず、ケイの顔をまじまじ見ていると、彼女は恥ずかしそうに下を向いた。


 いかん、ガン見しすぎたか。


「でも珍しいな、女の人の転移者って……」


 異世界転移してくるのは、基本、前の世界でダメダメだったオッサンばかりだ。正直、女性の転移者は初めて見た。


 ケイが顔を上げ、どこか恐縮した感じで口を開いた。


「確かに、女性の転移者は小数ですね。それに加えて、女性の転移者は、男性の転移者よりも、魔力が高いことが多いため、魔力値測定の時に、冒険者ではなく、ブルグント魔導団への入団を進められます。女性の転移者を見ないのは、恐らくそのせいだと思います」


「なるほどね」


 ブルグント魔導団は、絶対的な魔力優性主義で成り立っている。通常、王立魔導団は、血族優性主義により、王族や貴族で構成されるのだが、ブルグント魔導団は、防壁結界を構築するのに、膨大な魔力が必要となるため、血族に関係なく、魔力の高い種族から優先的に選ばれるようだ。


 そもそも、魔導士と呼ばれる者たちは、異種族が多い傾向にある。


 かつて、ニーベルゲン族の魔導士であるミーネが、団長に任命されたのも、彼女の魔力の高さを認められてのことだ。


 ちなみに、ケイの背後に立っている魔導士たちも、明らかに異種族だ。


 種族はよく分からないが、なにやら角の生えた魔族っぽい奴もいる。


 魔族。


 あれ? これって大丈夫、なの?


 と、その時、ルピナスが、台所の方から、ワインと人数分の器を持って来た。


 この辺りは、聖ライン河の影響もあって、井戸水には、僅かだが魔力浄化作用ある。そのため、魔力のある者は、水の替わりにワインを飲むことが多い。


 まあ、俺は、何も気にせずに、毎日、井戸水をがぶ飲みしているが。


「あっ、お構いなく」


 ルピナスは、器にワインを注ぎながら、魔導士たちに振舞っていった。


 いつもと変わらない彼女の様子に、俺は、ほっと胸を撫で下した。


 まあ、魔族といっても多種多様な種族に分かれる。すべてが魔王に忠誠を誓っているわけではない。そもそも魔王側の魔族が、ブルグント魔導団にいるわけがない。


 そんな要らぬ心配をしていると、ケイがワインの入った器に手を伸ばした。


「では、少しだけ」


 ケイは、器に口をつけると、少しだけワインを口に含んだ。


「うっ!」


 途端、勢いよく口を押えると、猛烈な勢いで、外へ飛び出していった。


 しん、と静まり返った部屋の外で、怒号のような嗚咽が聞こえてきた。


 しばらくして、口許にハンカチを当てながら、ケイが颯爽と戻って来た。


 目には涙が滲んでいる。


 ケイは、何事もなかったかのように、椅子に座り、ハンカチを袖の中にしまった。


「あっ、あの、大丈夫ですか?」


 ルピナスが訊くと、ケイは苦笑いを浮かべた。


「失礼しました。実は私、下戸でして……」


 下戸。


 久しぶりに聞いたぞ、その日本語。


「だったら、飲むなっ!」


「すみません。断るのが苦手な性格で、進められると、つい、飲んでしまって、それで大失敗することが多くて……。特に、私の師匠が、お酒が大好きだったもので、よく師匠と一緒に飲みに行っては、すぐに吐いて潰れてしまって、師匠には多大な迷惑をかけていました」


「へえ、お酒が大好きな師匠ねぇ……」


 自然と、ある人物のシルエットが思い浮かんだ。


「ただ、不思議なことに、目を覚ますと、いつも酒場が跡形もなく消えているんです。それで酒場があった場所に、決まって師匠が仰向けで寝ているんです。すっごいいびきをかきながら、大の字で眠っているんです。ほっんと不思議ですよね。酒場はどこにいってしまったんですかねぇ?」


 俺とルピナスは顔を合わせた。


 合点がいった。


 やはり奴だ。


「それはな、お前の師匠が、酔っぱらって、周囲の客にさんざん絡んだ揚げ句、わけの分からない因縁を吹っかけて、客と激しい乱闘になり、最終的に、特大の爆裂魔法をぶっ放して、酒場ごと木っ端微塵に吹き飛ばしたからだ!」


「えええええっ!」


 ケイが驚きの声を上げた。


「なるほど。お前の師匠は、酒乱大魔導士ミーネだな」

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