俺たちって、チートじゃなかったのか?
巨大なスクリーンが広がっていた。
うんざりするほど見慣れたスクリーンだ。
俺は、スクリーンと向かい合う形で、椅子に腰を掛けていた。
座り慣れた赤い椅子。
今夜も座っている。
不気味なほどに静まり返った映画館。
誰もいない。
客は、俺だけだ。
突如、何の予告もなく、スクリーンに映像が映し出された。
見慣れた光景が映し出される。
切り立った崖に囲まれた、すり鉢状の平原。
平原の中心には、巨大な白骨死体が横たわっている。
うんざりするほど見てきた光景だ。
現在、俺たちが、竜骨を回収している現場である。
映像は、俺たちが現場に入るより、少し前の光景を映し出している。
巨大な竜骨に群がるゴブリンに対して、騎士や傭兵、そして冒険者たちが、激しい攻撃を仕掛けている。
前線で指揮をしている騎士たちは、盾に描かれている紋章から、王直属の王国騎士団で間違いないだろう。傭兵たちは、その奇抜な恰好から察するに、国内最大級の傭兵団である傾奇者の可能性が高い。
そして、この中世ヨーロッパの世界観に、あまりにも場違いな冒険者たち。
全員、日本人のオッサンである。
恐らくギルド経由で参戦したA級冒険者たちだろう。
皆、明らかに、ぎこちない。
恐らく、異世界転移者をかき集めて、即席で作り上げたパーティーなのだろう。A級冒険者とは名ばかりの素人集団にしか見えない。
それでも、魔力量だけならば、この場にいる騎士たちよりも遥かに高い。
王直属の騎士団を中心に、国内屈指の傭兵団。そして、A級冒険者で構成された混成部隊。恐らく、魔力量だけならば、小国の軍隊にも匹敵するだろう。
だが、そんな最強ともいえる部隊が、ゴブリン相手に大苦戦していた。
場面が、薄暗い祠の中へと変わる。
現在、俺たちが休憩所にしている場所だ。ホコリまみれの狭い小屋に、古びた祭壇がある。
大昔、人々は、定期的にこの祠を訪れ、竜に供物を捧げていたらしい。辺境のほうでは、神ではなく、竜を信仰するケースが多く、かつては、儀式や祭事によって、うら若き乙女が選ばれ、生贄として捧げられていたこともあったらしい。
竜の棲息域から近い場所で暮らす人々は、古くから、竜の存在は、天災の象徴であると信じられてきた。竜の逆鱗に触れれば、天災が起こり、そして、災厄が降り注ぐとして、後世へと言い伝えられてきた。やがて、それら伝承が、竜に対する畏敬の念へと変わっていき、信仰へと繋がっていった。
信仰による竜と人間の関係性。
はからずとも、それが、両者にとって、平穏をもたらしていた。
しかし、竜が死ねば、その平穏は大きく揺らぐ。
竜の死は、自然界に激変をもたらす。ありとあらゆる摂理が捩じれ、大きく乱れ、やがては、天災をも超える厄災が、巨大な渦となって大地を呑み込む。
大渦に呑まれた時、人間は初めて、その無力さを実感する。
「お、おいっ、どうなってんだ、ここのゴブリン、剣が弾かれちまって、当たりもしないぞ!」
薄暗い祠の中で、焦りに満ちた声が聞こえてきた。
「それどころか、魔法もまったく効かないんだが」
祠の中に、二人の人影が映った。
日本人の男たちだ。
異世界転移者だろう。
どういう原理なのか不明だが、この異世界に転移してくるのは、日本人の男ばかりだ。しかもオッサンばかりという謎がある。
異世界転移者は、高い魔力を有しているため、王や教会の策略により、半ば強制的に、冒険者にされることが多い。
まあ、異世界転移者の大半が、それを喜んで受け入れているのも事実なのだが。
そして、冒険者となった彼らは、クエストの依頼を受ける。魔力の高い彼らは、クエストの大半が魔物の討伐となる。
この二人の冒険者も、ギルドからゴブリン討伐のクエストを紹介されて、この地に来たのだろう。
異世界転移者は、その魔力の高さゆえに、大半がA級冒険者の称号を与えられる。
この二人も、例外なくA級冒険者に違いない。
普通に考えれば分かる。
A級冒険者に、最下級の魔物であるゴブリンの討伐の依頼など来るはずがない。
恐らく、ギルドの口車に乗せられて、わけも分からず、クエストに参加させられたのだろう。
利用されるとも知らずに。
「もしかして、ゴブリンの亜種か?」
「かもしれんな、見た目は、まったく同じだけどな」
「くそっ、なんか、おかしいと思ってたんだ。つーか、よくよく考えたら、ゴブリン討伐なんてC級クエストだろ!」
「ああ、そうだな。ギルドからA級クエストで紹介されたから、よっぽど数が多いのかと勝手に思い込んでいたが、まさか、剣も魔法も効かないゴブリンが相手だったとはな……」
「ちくしょう、ギルドからは、ゴブリン討伐ってことしか聞いてないぞ!」
冒険者クエストは、S級からC級まで段階的に分かれており、攻略に必要とされる魔力量が目安となっている。そのため、冒険者は、自らの魔力量と同等のクエストしか受けることができない。つまりA級冒険者は、A級クエストしか受けることができないのだ。
A級クエストで、ゴブリンの討伐など、絶対にありえない。ゴブリンの出現数が千を超えても、せいぜいB級クエスト止まりだろう。この程度のことが見抜けない辺り、恐らく、二人とも、異世界転移してから日が浅いように思える。
「おいおい、俺たちって、チートじゃなかったのか?」
異世界転移者の魔力は、あらゆる種族の魔力を凌駕しているため、チート能力であることには間違いはない。しかしそれは、剣と魔法が通用する相手に限ってのことだ。
どんなに魔力が高くとも、竜属性を宿し、竜耐性が付与された魔物には、哀れなほど無力なのである。
「おいっ、おかしいぞ、騎士どもの槍は、ゴブリンに刺さってるぞっ!」
騎士の槍が、ゴブリンを串刺しにしているのが見えた。恐らく、騎士たちが持つ槍には、竜鱗鋼が用いられているのだろう。騎士がゴブリンを仕留め、その隙を見て、従卒たちが、せっせと竜骨を持ち出している。
「見ろっ、傭兵どもが逃げ始めたぞ!」
傭兵たちは、この現場における強烈な違和感を察知して、躊躇することなく撤退を始めた。数多の戦場を駆けてきた彼らは、戦況を見極める目も一流だ。命あっての傭兵業。犬死すると分かれば、さっさと逃げ出すのが、賢い手段なのである。
「お、おいっ、俺たちも逃げたほうがいいんじゃないか?」
「くっ、報酬はどうなるんだ。異世界転移したばっかで、俺たち、無一文だぞ!」
「んじゃあ、どうすんだ、どうやっても、あのゴブリンどもを倒す手段はないぞ!」
「くそっ、どうすればいいんだ!」
傭兵たちが撤退した後も、押し問答を続ける二人。
この僅かな時が、二人の命運を決めた。