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魔力抵抗が高ければ、相手の魔法が通用しないということだ!

 二週間前。


 ハーデブルク司教座都市から、命からがら逃げだすことに成功した俺たちは、聖水を補充するため、一旦、ヴィーネリント小教区に立ち寄った。


 ルピナスの魔力汚染は、幸いにも精神まで到達していなかったが、肉体への浸蝕は深刻な状態にあったため、早急に聖水による魔力浄化が必要だった。


 ちなみに俺たちは、無料で聖水を補充することができる。竜骨回収業は、竜の魔素によって魔力中毒になる可能性が高いため、聖水を常備しておくことが義務付けられているのだ。


 ヴィーネリント小教区の司祭に、ミーネのほうから事情を説明してもらうと、当惑した様子を見せながらも、快く聖水を渡してくれた。どうやら、この国の勇者であっても、聖職者たちから見れば、異教徒であることに変わりはないため、肩を持つ筋合いはないそうだ。


 聖職者たちが、勇者側の人間でないことに、俺は心底ホッとした。


 そして、大量の聖水を受け取った俺は、ミーネやシュタインと別れ、ハヤトのいるヴェスト村を目指した。


 エッケヴァルトの領地が辺境である所以の一つが、領地を取り囲む広大な森にある。この森の中には、ガチでヤバい魔物たちが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているため、一般の人間が立ち入ることは不可能とされている。そのため領地への出入りは、聖ライン河から船を使って行われていた。


 いつもならば、小さな船にゆられて、のんびりヴェスト村に向かうのだが、今の俺たちは、完全なるお尋ね者だ。人目の多い船での移動は避けなければならなかった。


 結果、ガチでヤバい魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する森の中を、抜けるしかなくなった。


 だが、今の俺は丸腰だ。


 ついでにルピナスを背負った状態だ。


 ガチでヤバい魔物に遭遇したら一発アウトである。


 そこで俺は、魔力探知を最大範囲まで広げて、魔物との遭遇を避けながら森を進んだ。


 この時ほど、真面目に魔法の鍛錬しておくべきだったと後悔したことはない。


 とにかく、いつもの数十倍、いや数百倍以上に、魔力探知の範囲を広げながら、森を進んで行き、魔物を探知したら、ひたすら迂回を続けて、必死で魔物を避け続けた。


 幸い、ルピナスは、高い魔力抵抗のおかげで、魔力汚染されている状態でも、何とか体を動かすことができた。よって、聖水を口に運べば、自分で飲むことができた。


 もし、精神まで魔力汚染されていたら、俺が口移しで、彼女に聖水を飲ませるしかなかった。まあ、それはそれで嬉しくもあるのだが、精神まで魔力汚染された冒険者たちを何人も見てきたため、彼女の魔力汚染が、肉体のみで留まったことに、俺は心底、安堵した。


 それでも肉体への魔力汚染は深刻で、聖水を飲む前は、指先ひとつも、動かすことはできなかった。


 本当に恐ろしい魔法だと実感する。


 同時に激しい怒りも込み上げてきた。


 そんなこんなで、俺は、魔力探知の範囲を最大限まで広げた状態で、ガチでヤバい魔物どもを避けながら、そしてルピナスを背負った状態で、しかも丸腰で、馬鹿みたいに広い森を進み続けた。


 あまりにも絶望的な状況だが、間違いなく追って来るであろう勇者パーティーから逃れるためには、この広大な森に潜り込むことは得策でもあった。


 勇者パーティー奴らが魔力探知をしてきたとしても、森の中には、魔力の高い魔物がウヨウヨ徘徊している。その中から、俺たちの魔力を識別するのは、かなりの精度が必要となり、それを維持した状態で、さらに広大な森の中へと範囲を広げていかなければならない。魔力探知は、精度が上がれば上がるほど、そして範囲が広がれば広がるほど、消費する魔力は倍になっていく。つまり大魔導士であっても、この魔力だらけの広大な森で、俺たちを探し当てるのは、よほどの強運でもない限り不可能なのである。


 そんな思惑の中、森を突き進んでいたのだが、どうにもルピナスの手足が長く、背負っていると、彼女の爪先が草や倒木に引っかかったり、手先が枝や葉っぱに触れたりして、スムーズに進むことができなかった。


 どうすればいいのか、と思案していると、ふと、シュタインがミーネをお姫様抱っこしている姿を思い出した。


 そうかっ、お姫様抱っこかっ!


 俺は、ルピナスをおんぶから、お姫様抱っこに変えて、森の中を突き進んだ。


 想像以上に楽だった。


 何かが、引っかかることもなく、触れることもなく、スムーズに森の中を進めた。


 そして、俺は、とんでもない事実に気が付いた。


 お姫様抱っこした状態であれば、全力で走れる。


 俺はルピナスをお姫様抱っこしたまま、魔力全開で、昼夜を問わず森の中を駆け抜け、三日ほどかけて、ようやくエッケヴァルトの領地に辿り着き、そこから丸一日かけて、領内の西の果てにあるヴェスト村へと辿り着いた。


 ヴェスト村は、聖ライン河を往来する船の終着点でもある。


 つまり、とんでもなく最果てなのだ。


 ヴェスト村に着いた時、出迎えてくれたハヤトは、俺たちの姿を見て唖然としていた。それほどにまでに、俺とルピナスの姿は悲惨なものだったのだろう。


 その後は、ハヤトの管理する屋敷で、ルピナスの看病に勤しみ、ようやく彼女が動けるようになったのは、一週間前のことだ。


 そんなこんなで、ハーデブルク司教座都市から逃亡して、もうすぐ二週間が経つ。


 そろそろ休暇も終わりである。


 まったくもって、散々な休暇だった。


 もう少し休みたい。


 いや、もう仕事には行きたくない。


 て、ゆうか、お尋ね者の俺たちが、仕事に復帰できるのか?


 このまま強制リタイアもありか。


「それにしても、よくもまあ、あの森を、ルピナスさんを、お姫様抱っこした状態で、しかも武器も持たずに抜けることができたな。普通なら死んでるぞ」


 ハヤトが呆れ顔で言った。


「魔力探知を森全体に広げて、魔物の群れを見つけたら、速攻で迂回したからな」


「も、森全体だと?」


 ハヤトが目を見開く。


「でも、魔物の群れを見つけるたびに迂回していて、迷ったりしなかったの? あの森は、この国で一番の広さよ。それに魔物の魔力が充満しているせいで、方位磁石も効かないって聞いたことがあるわ」


 シャルロッテの言葉に、ハヤトも反応した。


「クエストの途中、あの森で行方不明になった冒険者は、とんでもない数だと聞いたことがあるぞ」


「まあ、その辺りは大丈夫だったな。何度も迷いそうになったが、そんな時は、魔力探知を領地まで広げれば、領民の魔力を見つけることができるからな。その魔力の方向に向かい続ければ、必ずここに辿り着くだろ」


 ハヤトが肩をすくめた。


「おいおい、森から領民のいる村まで、いったいどれだけの距離があると思っているんだ。そこまで魔力探知して、魔力はなくならないのか?」


「うーん、なくなった感じはしないな」


 正直、魔力が減るという感覚は、今まで感じたことはない。


 どうやら魔力を消費しすぎると、凄まじい倦怠感に襲われ、全身から力が抜けていき、動けなくなるようだ。


 勇者との戦いで、ミーネが特大の精霊魔法をぶっ放した時、彼女は魔力切れを起こしてしまい、まったく動けなくなった。


 だが、俺には、その感覚がよく分からない。


 どれほど魔力を消費しても、身体から力が抜けて動けなくなるようなことはない。まあ、身体はいつもダルいが、これは慢性的な睡眠不足のせいだろう。


 ハヤトが嘆息した。


「ハハハッ、あいかわらず、底なしの魔力だな。羨ましいぞ、この野郎っ!」


「羨ましい、かぁ……」


 俺は嘆息し、続けた。


「まあ、底なしの魔力でも、使える魔法は、簡単な精神魔法だけなんだが……」


 こんな事態になるなら、ミーネから、さっさと精霊魔法を学んでおくべきだった。今さら後悔しても遅すぎるのだが。


「確かに魔力が高く、精霊の加護もあれば、多くの魔法を惜しみなく使うことができる。だが、魔力が高い利点は、それだけではないだろ?」


「ん、どういうことだ?」


「魔力が高いということは、魔力抵抗も高いということだ!」


 ハヤトが右腕を突き出した。


 ミスリル銀で作られた魔導義手。


「魔力抵抗が高ければ、相手の魔法が通用しないということだ!」


 ハヤトは失った右腕をかざしながら、ニッと白い歯を見せ、ハハハッと笑った。

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