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ここで、スローライフを送るのも悪くないな。

 辺境伯エッケヴァルトの領地は、気が遠くなるほど広大だ。


 なぜなら、ブルグント王国の西側は、ほとんどがエッケヴァルトの領地だからだ。


 これには理由はある。


 現在、ブルグント王国は、大陸北部を領土とするニーダーラント王国と、千年に渡って戦争状態にある。魔物が出現し、大陸全土が森に覆い尽くされたことで、事実上、停戦状態にはあるが、互いに停戦条約を結んだわけではないため、その均衡は、いつ破れてもおかしくはない。


 さらに、ニーダーラント王国から遥か北の海に、魔王軍によって滅ぼされたイースラント王国がある。現在、魔王軍は、イースラントの地で停滞状態にあるが、決して魔王の脅威が消えたわけではない。


 また、ブルグント王国の東側には、大陸最大の軍事国家であるフン帝国の領土が広がっている。フン帝国は強大な軍事力を駆使して、魔物たちを次々と駆逐していき、急速に領土を広げていっている。


 北と東に脅威を抱えているブルグント王国は、国土防衛のため、王直属の有能な諸侯たちに、北と東の領土を与え、国境線に強大な防衛ラインを構築させている。


 北と東に有能な諸侯たちが集中しているため、おのずと西と南は人材不足となる。南側は大海に面しているため、敵国の侵略もなく、魔物もいないため、軍事目的での諸侯の配置は必要なかったが、西側は、隣国の状況があまりにも不透明なため、最低限の軍事的対策が必要となった。


 そこで、王直属の諸侯の中でも、最も有能であり、王からの信頼も厚いエッケヴァルトが、辺境伯として任命された。


 辺境伯とは国境付近を護る貴族であり、緊急時、即座に対応するため、軍事面において、他の伯爵よりも大きな権限が与えられている。その分、他の伯爵よりも支配領域が広く、その地位も遥かに高い。


 辺境伯エッケヴァルトは、国内でも有名な魔法騎士で、その魔力はS級冒険者に匹敵すると言われている。下等な魔物で群れであれば、一人で殲滅することのできる逸材だ。


 また政治的指導者としての資質も高く、領地の運営に直接関与しているため、辺境にも関わらず、裕福な領民が多く、彼らからの支持も厚い。


 だが、いくら有能な支配者であっても、国土の四分の一もある広大な領地を、均等に運営していくことは不可能だった。そこで、エッケヴァルトは、信頼のおける騎士を各地に派遣し、領地の一部を分け与え、運営の一部を担ってもらっていた。


 俺が、今、滞在しているヴェスト村は、領地内で最も西にある小さな村だ。


 目の前を聖ライン河が流れているため、国境沿いの村である。


 ここは、エッケヴァルトに忠誠を誓った騎士ゲーレが治める領地である。


 実は、この村には、俺の同期が住んでいる。


「もう、早くしなさいっ、遅刻するわよ!」


 隣でイライラしているルピナスを尻目に、俺はあくびをしながら、椅子の背に掛けていた服に手を伸ばす。


 長袖のチュニックを頭からかぶり、袖に手を通す。腰に紐を巻き、肩まで覆った頭巾をかぶる。ベッド下に転がっていた厚底のブーツを履き、足首を革の紐で強く括った。


 これが、農民ファッションだ。


 普段着でもあり作業着でもあるため、非常に着心地がいい。普段の仕事では、鎖帷子を着込むことが多く、現場によっては、その上からプレートアーマーを装着することもある。これら鎧は、どうやっても、暑くて、とんでもなく蒸れる。ついでに臭いもきつい。しかも、やたらと重いため、肩もこるし、腰や膝も痛くなる。それに比べると、涼しくて、軽い、農民ファッションは、まさにストレスフリーなのである。


 まあ、防御力はゼロなんだが。


 ちなみにルピナスも、農民ファッションだ。


 頭にはスカーフを巻き、長袖の下着の上に、袖なしチュニックを重ね、腰の部分を紐で巻き、丈の広いスカートのようなズボンを穿いて、革の靴を履いている。


 彼女は、この恰好が目新しくて、意外と気に入っているようだが、正直言って、あまり似合っていない。


 どこか貧しさの漂う農民ファッション。


 腐ってもエルフのお姫様。


 高圧的で攻撃的だが、やはり品性は滲み出ている。


 認めたくないが、これが王族と庶民の差だと実感する。


「さあ、早くっ!」


 ルピナスが俺の手を引き、屋敷の外へと出た。


 俺たちが滞在している屋敷は、木造平屋の長方形で、田舎にしては立派な造りをしている。かつて、領主であるゲーレが、村を訪問した際に、宿泊していた屋敷らしい。現在は、領主も高齢となり、ほとんど村を訪問することはなくなり、屋敷は空き家同然になっている。


 俺は、休暇の間、この屋敷を激安価格で借りている。


 素晴らしき同期のコネを利用して。


 外へ出ると、一面、麦畑が広がっていた。


 春に撒いた種が、今は黄金色の穂をなびかせている。夏になれば、一気に刈り取られ、また秋に種を撒き、春に刈り取る。その繰り返しだ。


 金色の麦畑の中を縫うように、一本道が続いている。


 俺とルピナスは、軽く談笑しながら、その道を歩いた。


 風が吹くたびに、麦の穂が擦れる音が聞こえる。


 それにしても、のどかな風景である。


 田舎に興味のない俺でも、ここに来ると、不思議と心が安らぐ。


「引退したら、ここで、スローライフを送るのも悪くないな」


 俺が独りごちると、ルピナスが振り向いた。


「ほんと、田舎でぐうたら過ごすのが好きなのね」


 ルピナスが苦笑した。


「じゃあ、引退したら、あたしがとっておきの場所を紹介してあげる。そこには魔物もいないから、心置きなく、ぐうたらできるわよ」


「マジかっ、この修羅の世界に、そんな楽園があるのかっ!」


 ルピナスが含みを持たせて、小さく微笑んだ。


 すると、麦畑の向こう側に、大きな屋敷が見えてきた。


 俺の同期であり、元A級冒険者。


 現在では、騎士ゲーレの息子となった武田隼人(タケダハヤト)の屋敷である。

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