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はぐれグリフォンってことか。

 赤帽子(レッドキャップ)でごった返していたトンネルを抜けると、そのまま休むことなく、森に向かってひたすらに走り続けた。


 ハーデブルク司教座都市の周辺は、整備されているため、延々と平原が続いている。


 平原は目立つため、夜が明けるまでに、平原を抜け、森の中へ潜り、姿をくらませなければならない。


 俺はルピナスを背負ったまま、ひたすらに平原を走り続けていた。


 魔法で身体能力を向上させているため、肉体は疲れることはないが、精神はクタクタに疲れ果てていた。


 昨日は、早朝から昼過ぎまで現場で竜骨を回収し、夕方には、その竜骨をヴィーネリント小教区へ運び入れ、夜間から深夜にかけて、勇者の魔の手からルピナスを救い出し、追撃してきた魔導士と戦士から、命からがら逃れて、ようやく今がある。


 ほぼ不眠不休で活動している。宿屋で僅かな睡眠をとったが、あんなものは睡眠でも何でもない。とんでもなく陰惨な夢を見せられたため、眠った感覚などまるでない。重い疲労感とトラウマが残っただけだ。


 ふいに前世の記憶が蘇る。


 不眠不休で働かされる日々。


 ロボットとなって、壊れるまで働かされる日々。


 あの頃の地獄に比べたら、この程度の徹夜などマシなほうである。


 どうやら、俺は、この二年間、異世界のぬるま湯に浸りすぎていたようだ。


 たった一回の徹夜で弱音を吐くなど、言語道断である。


 しっかりしろ、甘えんな。


 社畜の頃を思い出せ!


 俺は、ふと、後ろを振り返った。


 シュタインが、ミーネをお姫様抱っこした状態で、息を切らしながら必死でついてきている。


 俺との間には、ずいぶんと距離がある。


 シュタインは、屋敷の騎士たちに、大立ち回りを繰り広げてきたため、かなりの魔力を消費してしまっている。加えて不眠不休の逃亡劇である。タフさが取柄のシュタインでも、さすがにバテてきてしまっているようだ。


 俺は、走るスピードを少だけ落として、息を整えながら、小さく詠唱して、魔力探知を発動した。


 半径1㎞以内に、敵の魔力は感じない。


 俺は、少しだけ安堵した。


 目の前に小高い丘が見えてきた。


 丘の向こう側には、広大な森が広がっている。


 俺は、丘の上まで駆けていき、そこで足を止め、胸ポケットにしまっていた、自作のメモ帳を取り出した。紙を束ねて紐で綴っただけの粗末なメモ帳だ。そこには、日本語で、意味不明の文字が、いくつも書かれていた。


 俺は、暗号のように羅列した謎の日本語を、丁寧に読んでいった。これは魔法を詠唱するための呪文だ。長くて覚えきれない呪文は、基本、メモ帳に書いている。高位の魔法を発動するためには、長い呪文が必要となるため、どうしてもメモ帳が必要となる。


 俺は、詠唱を終えると、魔力探知の範囲を1㎞から30㎞まで拡大した。これで、ここから、ハーデブルク司教座都市までを、すっぽりと魔力探知することができる。


 俺たちのいる場所から、都市までの間に、大きな魔力は感じない。


 感じるのは小さな魔力ばかりだ。


 恐らく赤帽子(レッドキャップ)だろう。


 都市の中からは、もう赤帽子(レッドキャップ)の魔力を感じない。恐らく、魔導士と戦士によって、一匹残らず殲滅されたのだろう。


 ちなみに竜骨の魔力も感じない。恐らく司祭らによって無事回収されたのだろう。


 都市の中心部に意識を集中させると、燃え上がるような魔力を感じ取ることができた。


 じっとりと、嫌な汗が滲んできた。


 どうやら、勇者は、すでに復活しているようだ。


 だが、動く気配がない。


 勇者のそばには、魔導士と戦士、そして僧侶の魔力も感じる。


 三人とも、かなりの魔力を消費しているようだ。


 魔導士と戦士に限っては、相当な数の赤帽子(レッドキャップ)を相手にしたのだろう。


 僧侶に関しては、勇者の治療に、かなりの魔力を消費したのかもしれない。


 動きがないところを見ると、恐らく、魔導士、戦士、僧侶の魔力が回復するのを待ってから、俺たちの追跡を開始するつもりなのだろう。


「おーい、シュタイン、ちょっと休憩するぞ」


 息も絶え絶えで丘を這い上がるシュタインが、驚いた様子で目を瞬かせた。


「そんな悠長なこと言ってよいのか?」


 疲労を滲ませながら、ミーネが訊いてきた。


「今、魔力探知したら、勇者たちは、まだ都市の中だ。現時点で追って来る気配はないな」


「なっ、おぬし、都市の中まで魔力探知したのかっ!」


 驚きに目を張るミーネ。


「ふう、呆れるほどの、底なし魔力じゃのう」


 魔力探知は、広範囲になればなるほど魔力の消費量は倍になっていく。


 大魔導士ミーネですら、都市全体の魔力探知は数分ともたない。


 しかし、不思議と俺は、魔力が大幅に消費されたような感覚はない。


 そもそも、魔力が消費される感覚が、イマイチよく分からない。


「おぬし、やはり一度、王都の魔法大学で、魔力数値検査を受けて、正確な魔力量を測定してもらったらどうじゃ? もしかすると、勇者、いや、魔王よりも魔力が高いかもしれんぞ」


 魔力数値検査とは、魔力を数値で現すことのできる検査のことだ。この数値を基に、冒険者はランク付けされる。


 A級、B級、C級の冒険者は、各地の教会に設置された魔法陣によって、魔力数値を計ることができるのだが、S級に関しては、教会の魔法陣では限界値に達するため、王都の魔法大学にある高位魔法陣を使って魔力数値を計るしかない。高位魔法陣には、限界値がないため、S級冒険者の魔力量を正確に測定することができるのだ。


「勇者よりも魔王よりも魔力が上、ねぇ……」


 俄かには信じられない。


 勇者と対峙したから分かる。


 奴の魔力は化け物だった。


 もし、俺が、勇者よりも魔力が高いとなると、奴以上の化け物ってことになる。


 さすがにありえないだろ。


「なあ、お前の超高性能な魔力探知を振り絞ったら、俺と勇者、どっちの魔力が高いのか、何となくは分かるんじゃないのか?」


 ミーネはかぶりをふった。


「残念じゃが、魔力探知は、皮膚の表面から滲み出している魔力しか探知することはできん。潜在的な魔力量は、魔力測定で魔素の濃さを調べんかぎり分からん」


「そうなのか……」


 まさか、勇者の化け物じみた魔力が、表面上の魔力だけだったとは驚きだ。潜在的な魔力を換算したら、どれほどの魔力量になるのか想像がつかない。


 もはや勇者が、この世界における神のような存在に思えてくる。


 紛れもなく、邪神、もしくは破壊神に違いないのだが。


 そんな破壊神よりも、俺のほうが、魔力が上?


 俄かに信じられない。


 俄かに信じられないが、その可能性に賭けなければならない時が来るかもしれない。


 ――料理は、練習すれば、それなりに上手くなるもんじゃよ。


 真面目に魔法の勉強をすれば、俺も大魔導士になれるのか。


 大魔導士になれば、勇者からバルムンクを奪うことができるのか。


 だが、魔法の才能がない俺が、勇者を葬り去るほどの大魔導士になるには、相当な年月が掛かるに違いない。


 果たして、それまでに、この世界は、存在しているのだろうか。


「ん?」


 俺は、魔力探知する中、ふと違和感を覚えた。


 それは一瞬だった。


 ハーデブルク司教座都市から、少し離れた森の中に、大きな魔力を感じたのだ。


 不思議な魔力だった。


 暖かく、そして静かな魔力。


 それでいて包み込むほどの大きな魔力。


 感じたことのない優しい魔力だった。


 だが、すぐに、魔力を感じる取ることはできなくなった。


 一瞬にして、消えてしまった。


「なあ、都市の近くの森で、一瞬だけ、大きな魔力を感じたんだが、あの森の中に何かいたりするのか?」


 ミーネは小首を傾げた。


「都市周辺の森には、赤帽子(レッドキャップ)しかおらんはずじゃが……」


「魔物のような禍々しい魔力じゃなかったな。すごく穏やかで、それでいて静かな魔力だった」


「いや、ちょっと待て、もしかして、おぬし、都市を越えて、森の中まで魔力探知しておったのかっ? ふう、まったくもって恐ろしい奴じゃのう」


 ミーネが肩をすくめた。


 その時、空の向こうが赤く染まった。森の果てから、ゆっくりと太陽が昇り、木々を赤く染め始めた。丘の上から見える景色が、濃紺の闇から、緋色に煌めく森へと一変していく。森の中から鳥たちが一斉に羽ばたき、次々と赤い空の中へと消えていった。


「あーあ、朝になっちまったな」


 異世界を照らす太陽を眺めながら、俺は溜息を吐いた。


 刹那、甲高い鳴き声が聞こえた。


 赤い空を見上げると、巨大な猛禽類が、翼を羽ばたかせ、弧を描いて飛んでいた。


「なんだありゃ、魔物か?」


 ミーネが口許をほころばせた。


「ほほう、ワシも見るのは久しぶりじゃのう。あれは魔物ではない。聖獣のグリフォンじゃ!」


「グリフォン?」


 よくRPGゲームに登場する鷲とライオンが融合したモンスターか。


 確かによく見ると、上半身には、鷲のような翼があるが、下半身には、ライオンのような尻尾が生えている。


「じゃが、こんなところにおるのは珍しいのう。本来、グリフォンは、山岳地帯で、群れを成して暮らしておるからのう。一匹でおるところを見ると、可哀そうに、群れからはぐれてしもうたか」


「はぐれグリフォンってことか」


 はぐれている割に、ずいぶんと気持ち良さそうに、空を泳いでいる。


 大きな翼に光が射し、赤い輝きが放たれた。


 そんな光景をぼんやりと見ていると、空からゆらゆらと風に煽られながら、何かが降ってきた。思わず手に取ると、それは大きなグリフォンの羽根だった。


 鮮やかな縞模様の入った羽根が、朝日に照らされて、きらきらと煌めいた。


 その美しさに魅入られた俺は、何となくその羽根を、胸のポケットに射した。


「んじゃあ、そろそろ行くか」


 俺たちは、赤く染まった森へ向かって、ゆっくりと丘を下りて行った。

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