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まさか、蹴りだけで、何とかなるとは。

 勇者パーティーの戦士が、咆哮しながら、バトルアクスを豪快に振りかざした。


 彼女の強さは、夢の中で何度も見ている。どんな魔物が現れても、あのバトルアクスで一刀両断していく姿は、まさしく爽快だった。


 だが、映像で見るのと、実際に見るのとでは、明らかに迫力が違う。あの魔物たちのように、自分も一刀両断されるのかと思うと、戦慄しか湧かない。


 勇者パーティーの魔導士が、静かに目を閉じ、詠唱を始めた。


 彼女の強さも、夢の中で何度も見ている。どんな魔物が現れても、精霊魔法で消し去っていく姿は、まさしく爽快だった。


 だが、映像で見るのと、実際に見るのとでは、明らかに迫力が違う。あの魔物たちのように、自分も消し去られてしまうのかと思うと、戦慄しか湧かない。


 とにかく、二人とも、とんでもなく強い。


 それだけは分かっている。


 シュタインはミーネを抱えた状態であり、俺はルピナスを背負った状態だ。


 しかも丸腰だ。


 どうすればいいのだ。


 俺が、極限まで身体強化を施して、奴らを攪乱(かくらん)し、その隙を狙って、シュタインで攻撃を仕掛けるのはどうだろうか。


 いやいや、どう考えても、姫を背負った状態で攪乱(かくらん)し、幼女を抱えた状態で攻撃をするのは、さすがに無理がある。そもそも、攻撃を仕掛けるにしても、シュタインの両手は塞がっている。


 ルピナスとミーネを下ろして、一か八か、ガチンコでやり合うのも考えたが、戦闘不能のルピナスとミーネを、その辺に放置するのは、あまりにも危険すぎる。隙を突かれ、彼女らを人質に取られたら、俺たちは完全に詰んでしまう。


 くそっ、どうすればいいのだ。


 ふいに、ミーネの言葉が脳裏を過った。


 ――蹴りじゃ、こやつらの蹴りのみで、敵を掃滅する。


 馬鹿馬鹿しい。


 なにが蹴りだ。


 どうひっくり返っても、蹴りでどうにかなる相手ではない。ちなみに俺は、小学生の頃、身体検査で、身長は平均くらいなのに、座高だけがクラスで一番であることが発覚した。その瞬間、クラスで謎の歓声が上がったのを覚えている。つまり、とんでもなく短足ということだ。


 蹴りなど届くわけがない。


 ついでに身体も堅いので、足も大して上がらない。


 そんなくだらないことに気を取られていると、魔導士の二撃目が襲ってきた。


暴風乙女の囁きシルフィード・ゲフリュスター


 地表から、猛烈な上昇気流が巻き起こった。


 両脚がふわりと浮き上がるのと同時に、勢いよく夜空へと放り出された。


「まずいっ!」


 吹き飛ばされそうになるルピナスを必死で掴み、自分の胸元に抱き寄せ、両腕で強く締め付けた。


 刹那、上空から、猛烈な下降気流が押し寄せ、激しい錐もみ状態となり、その勢いのまま、背中から地面に激突した。咄嗟に、身体強化魔法を重ね掛けしたが、不十分だったのか、口から盛大に血液が吐き出された。


 幸いルピナスは無傷だったが、俺は重症を負ってしまったようだ。すぐに治癒魔法を発動しようとしたが、苦しさと痛みにより、まったく集中することができない。必死で視線を横に向けると、シュタインもミーネを抱えたまま、仰向けに倒れてピクリとも動かない。


「けっ、呆気ねえな、もう終わりかぁ。本当にコイツらが、勇者さまを襲ったのか?」


 戦士がバトルアクスを肩に乗せ、呆れた様子で言った。


「間違いありません。私は、この目ではっきりと見ました。恐らく、あのエルフの仲間なのでしょう」


「ああ、勇者さまに誘われて、のこのこ晩餐会に来た、あのマヌケなエルフだな。つーかよ、勇者さまが、薄汚い冒険者なんぞを、貴族の晩餐会に誘うわけがねえだろ。テメエが餌だってことも知らずに嬉しそうに来やがって、この愚劣な異種族がっ!」


 戦士の吐き捨てた言葉に、ルピナスの身体がビクッと震えた。


 瞬間、俺の奥底で、ドス黒い何かが蠢いた。


 この世界は、魔力優性主義であるのと同時に、血族優性主義でもある。


 高い魔力を宿し、数多のクエストを攻略してきたS級冒険者であっても、王族や貴族から見れば、異種族や異民族である時点で、平民や貧民と大差はないのだ。


 どう抗ったとしても、厳然たる差別からは逃れられない。


 結局、異世界転移しても、前の世界と何ら変わらない。


 人間は、自分よりも立場の弱い人間を差別する。


 さらにそこから、抵抗しない人間を選び、より差別をする。


 そして、否定する。


 差別して、否定して、また差別して、否定する。


 差別、否定、差別、否定、差別、否定、差別、否定、差別、否定、差別、否定。


 差別。


 否定。


 人間の社会は、差別と否定で成り立っている。


 ハッキリ言って、もうウンザリだ。


 人間ってのは、クソ野郎しかいない。


 クソ野郎どもに、正攻法で挑んでも馬鹿を見るだけだ。


 外道さながらの反則業をぶちかますくらいがフェアーだろ。


 俺は、魔導士や戦士に気付かれないように、ミーネに視線を送った。


 痛みに呻いていたミーネだったが、シュタインがクッションになったおかげで、どうやら大きな怪我はなさそうだ。


 俺は、視線をゆっくりと、シュタインの腰に掛かっている袋へ向けた。


 魔力封じの袋。


 この中には、とびきりのご馳走が入っている。


 ミーネの目に動揺が走る。


 だが、今の俺に、迷いはなかった。


 この都市の人間がどうなろうと知ったこっちゃない。


 今は、ここから逃げることだけを考えろ。


 死んでしまったら元も子もない。


 躊躇しながらも、ミーネは小さく頷き、魔封じの袋へと手を伸ばし、その中を静かにまさぐった。そして恐る恐る、小さな骨を取り出した。


 白く濁った不気味な骨。


 瞬間、辺りの空気が変わった。


 城壁の向こうで、何かが騒ぎ始めるのが分かった。


 突如、どこからともなく奇声が上がった。


 凄まじい数の獣が、凄まじいスピードでこちらへ向かって来る。


「おいおい、どうなってんだ、やけに騒がしくないか?」


 戦士がバトルアクスをかざして、周囲へ視線を向ける。


「ま、まさか……」


 何かに気付いたのか、魔導士が表情を引きつらせた。


 俺は、彼女らが見せた一瞬の隙を見逃さなかった。ありったけの魔力を振り絞って、治癒魔法で一気に傷と体力を回復させ、速攻で強化魔法を唱え、身体能力を極限まで向上させた。


 と、次の瞬間、城壁のたもとの地面が盛り上がり、破裂するように土砂が吹き飛ぶと、大量の魔物が飛び出してきた。


 赤い帽子が特徴的な、ゴブリンにそっくりな魔物。


 赤帽子(レッドキャップ)だ。


「うおっ、なんで、急に赤帽子(レッドキャップ)がっ!」


 動揺しながらも、即座にバトルアクスを構える戦士。そして、その傍らで、茫然と立ち尽くしている魔導士。


「そ、そんな、なぜ? 赤帽子(レッドキャップ)は凶暴だけど、狡猾で臆病な魔物のはず。いくら魔力の高い私たちに魅かれたとしても、その魔力差に慄いて逃げるのが普通なはず……」


 俺は、ルピナスを抱き抱え、一気に立ち上がると、ミーネとシュタインの元へ走った。


「て、テメエ、なんで動けるんだっ!」


 戦士が叫んだ。


「おいっ、ミーネ、竜骨をこっちに投げろっ!」


 にやりと笑みを浮かべ、ミーネが、俺に向かって竜骨をポーンと投げた。


 今の俺は、魔法によって、あらゆる身体能力が向上している。


 無論、動体視力もだ。


 ミーネが放り投げた竜骨が、放物線を描いてこちらへ飛んでくるのが分かる。


 驚くほどに、その軌跡が、スローモーションで見える。


 俺は、短い脚を振り上げ、飛んでくる竜骨にタイミングを合わせて、渾身の脚力で振り抜いた。


 生まれて初めてのダイレクトボレーシュートだ。


 足の甲にジャストミートした竜骨は、高速で叩き出され、光芒を描きながら、魔導士に向かって一直線に飛んでいった。完全に赤帽子(レッドキャップ)に気を取られていた魔導士は、俺のシュートに対しての反応が遅れ、竜骨は猛烈な回転とスピードを維持したまま、魔導士のみぞおちに突き刺さった。


 ぐげっ、と潰れた声が聞こえると、魔導士の身体が、九の字に折れ曲がり、そのまま、首を垂れ、跪いたまま、崩れるように倒れ込んだ。


 途端、赤帽子(レッドキャップ)たちの奇声が、魔導士の方へと向けられた。


 地面にひれ伏す魔導士を狙って、次々と赤帽子(レッドキャップ)が飛び掛かる


「くそっ、雑魚が、なめんじゃねえっ!」


 慌てて戦士が魔導士の元に駆け寄り、バトルアクスで赤帽子(レッドキャップ)たちを薙ぎ倒した。


「よしっ、逃げるぞっ!」


 俺は、シュタインの髭を引っ張って、無理やり起こすと、赤帽子(レッドキャップ)たちが噴出している穴に向かって走った。


 恐らく、あの穴がトンネルなのだろう。


 俺は小さく息を吐き出した。


 まさか、蹴りだけで、何とかなるとは。

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