全員、撤収っ!
「馬鹿野郎っ、どこで油売っていやがったっ!」
「うっさいわねっ、こんなに早く戻って来るなんて、聞いてないわよっ!」
彼女は、ゴブリンの首を、刎ね飛ばしながら、女神とは思えない言動で、こちらへと駆け寄って来た。
「……」
シュタインが、地面に転がる首なしゴブリンから、手際よく竜骨を回収していく。
「どうせ、森で寝てたんだろっ!」
「違うわ、森で、花や小鳥たちを愛でていたのよっ!」
「働け、馬鹿野郎っ!」
「働いてるでしょっ!」
碧瑠璃色の瞳を吊り上げ、逃げるゴブリンの首を、容赦なく刎ね飛ばす。
「お前の仕事は、現場で働く俺たちを、魔物から護ることだろっ!」
「護ってるじゃないっ!」
金色の髪をふわりと浮かせ、逃げるゴブリンの首を、躊躇なく刎ね飛ばす。
「魔物が現場に侵入してからじゃあ、遅すぎんだよっ、仕事が中断するだろうがっ!」
「ほっんと、うっさいわね、悪いけど、アンタとあたしじゃあ、身分も種族も、天と地ほどの差があるのよ。それをあたしが、アンタのレベルに合わせて会話してあげているんだから、感謝くらいしなさいっ!」
尖った耳を上下に動かしながら、逃げるゴブリンの首を、慈悲なく刎ね飛ばした。
俺は呆れ果てた。
美しき勝利の女神の名はルピナス。エルフ族の最強の剣士にして、エルフの国のお姫様だ。エルフ族は、眉目秀麗かつ容姿端麗な種族のようで、中身はともかく、外身は中世の絵画に描かれている女神のように美しい。
年齢は二十歳くらいに見えるが、極めて不死に近い種族のようで、実年齢は三百歳をゆうに超えているらしい。高い魔力と、優れた弓技と剣技により、その戦闘能力は、人間よりも遥かに高い。
だが、性格は、異常なほど自尊心が高く、自分たちの種族を、優位種だと思い込んでいる節があるため、他の種族を見下す傾向にある。そのため、非常に付き合いにくい種族である。
無論、職場の同僚としても、非常に付き合いにくい存在だ。とにかく高圧的で傲慢な性格をしている。三百年以上も生きて、まったく性根が成長しない悲しき種族である。
それでも、ゴブリンの死体の山を見る限り、頼りになる同僚ではある。
彼女が振るう細身の剣は、ノートゥングと呼ばれる屠竜武器だ。
屠竜武器とは、竜特効の魔力を宿した武器で、世界にも数えるほどしか存在していない稀少な武器だ。竜特効の魔力は、竜属性そのものを完全に無効化にするため、竜耐性も機能しなくなる。よってノートゥングによる攻撃は、魔物に対してダイレクトに伝わるのである。
まさに、竜殺しの剣である。
俺たちの職場に支給された屠竜武器は、このノートゥング、たった一本だけだ。
《竜骨生物群集帯》での仕事において、屠竜武器が、たったの一本というのは、なかなかの鬼畜である。
俺たちの仕事は、竜骨を回収することであり、魔物を退治することではないで、仕方はないのだが、それでも、現場で働く人間からすると、やはり鬼畜としか思えない。現場の環境や安全面を考えると、人数分の屠竜武器は欲しいところだ。
ゴブリンの首が、簡単に刎ね飛ばされているのも、ノートゥングによる竜特効の効果だ。
実は、竜特効には、竜属性を無効化すると同時に、魔力も無効化にする効果があるため、魔力によって、あらゆる身体機能を向上させている魔物は、裸同然の状態なり、結果、致命的なダメージを与えることができるのだ。
しかし、たった一本の屠竜武器では、この地に潜む、すべてのゴブリンを屠るのは不可能だ。
ルピナスの魔力と、ノートゥングの耐久力が持たないからだ。
それでも、より多くの魔物を屠るため、俺たちの中で、最も剣技に長けたルピナスに渡している。
とは言え、いかんせんこのお姫様は、マイルールを優先するため、今のような危険な状況に陥ることは、特に珍しいことではない。
「よしっ、ゴブリンから竜骨を回収したら、さっさとずらかるぞっ!」
シュタインが、猛スピードで荷車に向かい、ハンドルとなっている持ち柄を強く握りしめた。
ミーネが六本のシャベルを器用に操り、荷台に積まれた竜骨に、巨大な布を被せた。この布は、魔封じの布と呼ばれており、竜骨から放出される魔力を封じる効果がある。
俺は、魔封じの布を、紐できつく結ぶと、荷車の後ろに回り、両手を荷台に押しつけ、筋力強化の魔法を唱えた。
ルピナスは、俺の背中に張りつき、襲い掛かってくるゴブリンを片っ端から斬り伏せていく。
「よしっ、全員、撤収っ!」
俺が、渾身の力を込めて荷車を押すと、そこにシュタインの怪力が加わった。直後、荷車の車輪がゆっくりと回り出し、大量の竜骨を詰んだ荷車が、軋みを上げ、左右に大きく揺れながら、ゆっくりと走り出した。布の隙間から、こぼれ落ちそうになる竜骨は、そのつど、ミーネが、スコップでキャッチしている。
俺は、シュタインと呼吸を合わせて、思いっきり、地面を蹴り上げた。
その瞬間、荷車が、弾けるように飛び出した。
ミーネは、六本のシャベルを、空中でイカダのように並べると、そこに飛び乗り、走る荷車の横を並走した。
しんがりを務めるルピナスは、荷車の後を追いながら、武器を剣から弓へと変えて、追いかけて来るゴブリンたちを次々と射抜いていった。ちなみに、彼女の放つ矢の先端には、純度の高い竜鱗鋼が使用されているため、急所に当たれば、ゴブリンを一時的に戦闘不能することができる。
そんな金色の矢を、ルピナスは、寸分たがわず、ゴブリンの急所に命中させ続けていた。
彼女は、剣技もさることながら、弓技も超一流なのだ。
性格を度外視すれば、やはり頼りになる同僚である。
俺たちは、荷車とともに、全速力で駆け抜けていく。
カルデラ周囲の外輪山は、切り立った崖に囲まれている。だが、一カ所だけ、傾斜の緩やかな場所があり、そこには、一応、道も走っている。
落石だらけの荒れ果てた道で、荷車がギリギリ通るほどの幅しかないのだが、こんな辺境の山の中で、道があるだけでも感謝しなければならない。どうやら、大昔の人々が、竜への供物を捧げるために通した道らしい。
本当に、ありがたいことである。もし、道がなければ、俺たちは、竜骨を袋に詰めて、地獄のクライミングをしなければならなかった。
絶対に嫌だ。死んでもやりたくない。
視界の先に、人工的に崖が削られた場所が見えてきた。
カルデラの外輪山を超えるため、崖を削って掘られた山道だ。
俺たちは、スピードを緩めることなく、山道へと突っ込んでいく。
その後を、ゴブリンたちが、奇声を上げながら追いかけてくる。
山道に突入しても、ゴブリンとの追いかけっこは、しつこく続くだろう。
魔物の竜骨に対する執着は凄まじい。
恐らく、魔力が尽きるまで追ってくるだろう。
だが、問題はない。
この程度で、俺たちの魔力が尽きることはない。
それよりも、問題は今後のことだ。
考えるだけで、憂鬱な気分になった。