表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/132

やっぱ、お前は、大魔導士だよ。

 俺は、ためらうことなく、巨大ハンマーで勇者を殴り飛ばした。


 派手にぶち抜かれた壁。その遥か彼方で、月の光に照らされた勇者の影が、くるくると回転している。


 ざまあみろ。


 全力のフルスイングを叩き込んでやった。


「ミーネ、相手は勇者だ、全力でぶっ放せっ!」


 ミーネの方へ顔を向けると、彼女はぶつぶつと何かを呟いていた。


 瞬間、怖気が走った。


 ミーネが()()している。


 すべての魔法を()()()で発動する彼女が、凄まじい早口で、なおかつ、はっきりとした口調で()()していた。


 精霊魔法は、地の精霊、風の精霊、水の精霊、火の精霊といった四大精霊を介して発動される。


 魔導士と呼ばれる者たちは、精霊と交信することができ、彼らとの契約を経て、加護を受けることができる。そして、精霊の加護を受けた魔導士は、彼らを介して魔法を発動することができるようになる。これが精霊魔法だ。


 精霊魔法の発動の条件として必要となるのが、呪文の詠唱だ。


 呪文の詠唱を通じて、発動したい魔法を精霊に伝え、彼らと共鳴することで、魔法を発動させることができるのである。これが精霊魔法の基本だ。だが、高位の魔導士の中には、脳内に呪文を投射させて、発動したい魔法を精霊に読ませることで、彼らと共鳴し、魔法を発動させることができる者がいる。これが無詠唱による魔法発動の仕組みである。


 しかし、無詠唱には大きな欠点がある。それは精霊が呪文を読み違えることだ。


 精霊が呪文を読み違えてしまうと、共鳴が上手くいかず、違った魔法が発動されてしまうのだ。それは複雑な呪文であればあるほど、そのリスクが高くなっていく。それでも、無詠唱で魔法を発動することができれば、戦闘中において、詠唱による無防備状態を避けることができ、さらには、魔法の発動時間も短縮され、戦闘を優位に運ぶ場合が多いのだ。


 だが、ミーネは、()()()で魔法を発動することができるにも関わらず、()()を行っている。


 凄まじいほどに早く、それでいて、一言一言を丁寧に詠唱し続けている。


 その呪文の内容は、精霊たちへと確実に伝わっている。


 次の瞬間、ミーネの全身が赤く染まった。彼女の小さな身体から、チリチリと炎の花びらが舞い始めた。


 ミーネが、ぽっかりと開いた壁の穴に向かって、小さな手をかざした。


 すると、その手を、するすると、小さな赤い蜥蜴が這っていき、指先に絡みついた。


 火の精霊(サラマンダー)だ。


 ミーネは、ふう、と息を吐き出し、夜空に浮かぶ勇者の影を睨んだ。


「消し炭となれ……」


 ミーネの小さな腕が、ゴオオッ、と赤く燃え盛った。


 薄暗かった室内が、真昼のような明るさに染まった。


 直感的にヤバいと思った俺は、ベッドの上で、ぐったりとうなだれているルピナスの元に駆け寄り、彼女を抱えると、そのままベッドの下に滑り込んだ。


 刹那、指先に絡みついていた赤い蜥蜴(サラマンダー)が、炎を巻き上げて膨らんでいき、呑み込むように、ミーネを取り込んでいった。


 炎に包まれたミーネの身体が、見る見るうちに巨大な蜥蜴へと変貌していく。鰐のように口が尖り、無数の牙が剥き出しとなる。ゆっくりと瞼が開かれると、深紅の眼球が反転して、細く長い瞳が飛び出した。四肢から肢体にかけて、菱形の鱗が這うように広がっていき、それらが一斉に逆立つと、その隙間から勢いよく炎が噴き出した。


 地獄の業火に包まれた赤い大蜥蜴(サラマンダー)がそこにいた。


 火炎大蜥蜴(サラマンダー)と化したミーネは、鋭く尖った口をじりじりと開いていく。


 炎が爆ぜる中、ぶちぶちっと、皮膚が裂けるような音が聞こえた。


 口は引き裂かれるように、180度まで開き、凄まじい轟音を吐き出した。


 喉の奥底で、地獄の業火が激しく渦を巻いている。


火炎大蜥蜴の叫びサラマンド・シュタイエンっ!」


 次の瞬間、ミーネの口腔から、膨大な量の炎が、激しく回転しながら、爆発とともに放たれた。


 猛烈な熱風が、室内に吹き荒れる。


 壁はすべて吹き飛び、遠くで貴族たちの悲鳴が聞こえた。


 ベッドも吹き飛んでしまったため、俺はルピナスに覆いかぶさって、必死で床にしがみつき、吹き荒れる熱風に耐えた。


 ミーネから放たれた地獄の業火は、大蛇のようにうねりながら、夜空を容赦なく蹂躙していった。


 轟々と燃え盛りながら闇を這い昇って行く大蛇。そして、夜空の果てに到達すると、その動きをピタリと止め、ある一点を凝視した。


 まるで獲物を見つけたかのように、一点を凝視している。


 そんな大蛇の視線の先には、落下する直前、手足をバタつかせている勇者の姿があった。


 大蛇はぐいっと身体を逸らすと、弾けるように飛び出し、ピンポイントで勇者を捕らえた。


 空中で暴れている勇者に向かって、業火に包まれた大蛇が、大顎を開けて襲い掛かった。


 そして、パクっと丸呑みにした。


 と、次の瞬間、業火の大蛇は、闇を引き裂くように盛大に爆発した。


 夜の闇が一瞬にして打ち消され、白日の空が波紋のように広がった。


「おいおいおい、マジかよ」


 すべての炎を吐き終えた大蜥蜴(サラマンダー)は、全身から勢いよく煙を噴き出すと、瞬く間にその形は崩れていき、ドロドロと溶岩のように床に広がっていった。そして、溶けた蜥蜴の中から、汗だくのミーネが姿を現した。


 ミーネは、ふう、と息を吐き出すと、その場にへたり込んだ。


「全魔力を使い切ったわ。もう動けん」


 俺はルピナスを抱えたまま、ミーネに近づき、小さく嘆息した。


「やっぱ、お前は、大魔導士だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ