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この世界は、ためらった者から死んでいく。

 俺が子供の頃に、よく遊んでいたRPGゲームは、基本、コマンド形式だった。


 モンスターが現れたら『たたかう』『にげる』『まほうをつかう』『どうぐをつかう』『ぼうぎょする』などといったコマンドが現れて、そこから選択していくシステムだ。


 選択している最中は、モンスターから攻撃を受けることはない。よって、出現したモンスターに応じて、ゆっくりと戦略を練ることができるのだ。


 その間、モンスターは、戦略が決定するまで、ずっと待っていてくれる。


「ためらうと死ぬわよ!」


 流れるようにゴブリンを斬り払いながら、ルピナスが怒鳴った。


 地面には、無数のゴブリンの死骸が転がっている。


 ルピナスは細剣で、ミーネは魔法で、シュタインは大斧で、迷うことなくゴブリンを(たお)していっている。


 俺だけ、ゴブリンを前に、どうすることもできずにいた。


 恐怖とは違っていた。


 感覚的に、自分とゴブリンの魔力には、圧倒的な差があることは感じていた。


 手に持ったハンマーを振るえば、一撃で倒せることも分かっていた。


 だが、身体が動かなかった。


 恐怖しているわけではない。


 俺は、頭の中で戦略を立てていたのだ。


 RPGゲームのように。


 ゴブリンとの戦闘が終わると、ルピナスが険しい表情で近づいて来た。


「アンタ、いくら相手がゴブリンでも、ためらったら、死ぬわよ!」


「い、いや、ためらっていたわけじゃない……」


「じゃあ、なによ!」


 ルピナスが強い口調で詰め寄った。


「せ、戦略を立てていたんだ……」


「はあ?」


 ルピナスが眉をひそめた。


 その時、背後で物音がした。


 咄嗟に振り向くと、鼻先数センチのところに、ゴブリンの赤い目玉が映った。


 刹那、目の前で閃光が走り去ると、ゴブリンの赤い目玉が、ゆっくりとズレていき、ぼとっ、と足元で鈍い音を立てた。頭部を失ったゴブリンは、首元から、おびただしい体液を撒き散らしながら、ぐにゃりと、その場に崩れ落ちた。


 俺は、ゴブリンの生暖かい体液を顔面に浴びながら、茫然と立ち尽くしていた。


 そんな俺の網膜には、迷いのない凛とした表情で、剣をかざしているルピナスの姿が映っていた。


 ルピナスは刃に付着した体液を地面に叩き落とし、こちらを睨んだ。


「アンタさ、魔物が現れてから、戦略を立てているわけ?」


「あ、いや、ま、まあ、そうだな……」


 ルピナスが肩をすくめた。


「戦略っていうのは、魔物が現れる前に立てておくことが基本なのよ。この辺りには、どんな魔物が潜んでいて、どれくらいの魔力があって、どんな属性で、どんな耐性を持っているのか、全部、事前に把握しておくの。まあ、ダンジョンの最深部なんかは、未調査の場所が多いから、どんな魔物が現れるか分からないけど、大抵の場所は、ある程度、予測することができるの。だから、事前に戦略を立てて魔物に挑むのよ!」


「確かに、普通に考えたらそうだな……」


 ルピナスが嘆息した。


「アンタたち、異世界転移者が、びっくりするほど、どんくさいのって、そのせいだったのね」


 異世界転移してくるオッサンどもは、昭和のRPGゲームの感覚が、痛いほど染みついている。魔物に遭遇すると、脳内で勝手にコマンドが現れて、『たたかう』のか、『にげる』のか、『まほうをつかう』のか、『どうぐをつかう』のか、『ぼうぎょする』のか、勝手に考えてしまう。


 魔物と遭遇してから、戦略を立ててしまうのだ。しかも、戦略を立てている最中は、魔物が待ってくれると無意識に思い込んでいる。


 だが、RPGゲームの魔物は待ってくれても、現実の魔物は待ってくれない。戦略を立てる暇など与えてくれない。当然のことである。


 この世界の魔物は、人間に対して、ためらうことなく襲い掛かってくる。


 そう、魔物には、ためらいがないのだ。


「異世界転移者って、すっごく魔力が高いけど、ほとんどが魔物の餌になってるのよね。その理由が、やっと分かったわ。アンタみたいに、魔物が現れてから、トロトロ戦略を立てている奴が多いからなのね。それで魔物に先手を取られたり、不意打ち食らったりして、殺されているのね」


 異世界転移してくるオッサンの多くは日本人だ。しかも不思議なことに、ニートや社畜といった、パッとしない人生を送っていた連中ばかりだ。そんな落ちこぼれ軍団が、突然、異世界で剣と魔法を使って、魔物と戦うことになるのだ。現実味などあるわけがない。この世界は、RPGゲームの延長線上だと勝手に思い込んでしまっている。


 平和で豊かな国で生まれ育った日本人に、当然のように魔物が蔓延るこの世界を認知することは、あまりにも難しく、現実味がないのである。


「悪いけど、アンタたち、異世界転移者が増えてから、魔物たちの魔力が急激に上がっているわ」


「どういうことだ?」


「魔力の高い異世界転移者が魔物に殺されて、その魔素を魔物に取り込まれると、異世界転移者の魔力が、取り込んだ魔物の魔力に上乗せされるのよ。ここのゴブリンだって、数年前とは比べ物にならないほど、魔力を増幅させているわ」


 つまり、異世界転移者たちは、魔物たちの魔力増幅の手助けをしているということになる。


「だからっ、アンタが魔物の餌になると、この世界にとって、すっごく迷惑なことになるのよ!」


 ルピナスが、怒気をあらわにして言い放った。


 当時の俺は、この世界のことを、まだよく分かっていなかったため、ルピナスの言葉に、めちゃくちゃムカついた記憶がある。


 このクソ生意気なエルフがっ、と心の中で毒づいていた。


 だが、今となっては、その意味が恐ろしいほど理解できる。


 俺が死ねば、俺の魔力は、俺を屠った魔物へと受け継がれる。


「だから、ためらっちゃダメ!」


 ルピナスは続ける。


「この世界は、ためらった者から死んでいくわ!」


 俺は、ためらっていたわけではない、戦略を立てていただけだ。


 だが、それは、紛れもなく、ためらいだった。


 戦うことをためらっていた。


 戦略を立てることで時間稼ぎをしていた。


 そりゃそうだ、人生で喧嘩すらしたことのない陰キャが、いきなり異世界で魔物と戦うなんて、できるわけがない。脳では理解できても、身体はそう簡単に動かない。


 多くの異世界転移者がそうなのだろう。


 だから、ことごとく命を失っていく。


 これは二年前、初めて《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》へ向かう最中の出来事だ。


 そして、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で、ルピナスの放った言葉の意味を、痛いほど味わうことになる。


 この世界は、ためらった者から死んでいく。

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