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もっと早く、勇者を止める方法を、考えるべきだったのではないか。

 夜が更けてきた。


 昼間は多くの人々で賑わっていた中央広場も、不気味なほど静まり返っており、警使たちの持つ松明の灯りだけが、ぽつんぽつんと闇に浮かび上がっていた。


 警使とは、都市の治安維持のため、犯罪者を取り締まる警察みたいなものだ。


 中央広場には大聖堂(カテドラル)があり、それを囲むようにして、教会や貴族の屋敷が立ち並んでいる。都市では、聖職者や貴族といった上流階級の者たちが、優先的に警備の対象となるため、中央広場の周辺は、多くの警使たちによって厳しい警戒が張られている。


 アメルリーヒ伯爵の屋敷付近にも、松明の灯りが、いくつも見える。


「貴族の屋敷に殴り込むのは、さすがに厳しいか……」


「ふむ、大聖堂(カテドラル)には大司教もおるからのう。中央広場であまり騒ぎを起こすと、後々、いろいろと厄介なことになるじゃろうな」


「何かいい方法はあるか?」


「警使どもを魔法で眠らせて、その隙に屋敷に忍び込むのが最善策と言いたいところじゃが、いかんせん数が多いのう。しかも、広範囲に分かれて警備しておるから、一斉に眠らせることは難しそうじゃな」


 夢で見た映像が、フラッシュバックする。


 激しい焦燥に、全身が震える。


「くそっ、どうすりゃいんだ!」


 ちょんちょん。


 誰かが、俺の肩を指で突いた。


 苛立ちをあらわに振り向くと、シュタインが大きく頷いた。


 そして、腰に下げていた布の袋を、ごそごそと漁り始めた。


 魔封じの布を加工して作った魔封じの袋だ。


 魔封じの袋。


 中身は、もちろん、竜骨である。


 シュタインは、躊躇することなく、魔封じの袋から竜骨を取り出した。


「ちょ、ちょっと、お前、なに考えてんだっ!」


 シュタインは、大きく頷き、竜骨を強く握りしめ、大きく振りかぶると、中央広場の中心に向けて、ポーンと放り投げた。


 竜骨が、美しい弧を描きながら闇の中へと吸い込まれていき、ややあって、コーンと乾いた音が響いた。


 石畳みの上に落ちたのだろう。


 警使たちの松明が、せわしなく動き始めた。


 風の音に混じって、微かだが、カラカラと竜骨の転がる音がした。


 竜の魔力が、風に流されて拡散されていく。


 刹那、空気が変わった。


 忌まわしい瘴気に満ちた空気。


 これは、紛れもなく《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》の空気だ。


 たった一個の竜骨が解放されただけで、この都市が《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》へと変貌した。


「ほほう、シュタイン、これは名案じゃのう」


 その効果は、恐ろしいほど早かった。


 徐々に慌ただしくなっていく警使たち。


「城門付近に、赤帽子(レッドキャップ)の群れが集まって来ているらしいっ!」


「衛兵では、とても対処できない数みたいだ!」


「至急、騎士さまに連絡を!」


「さっさと傭兵どもを、叩き起こせっ!」


「すぐに冒険者どもも、かき集めろっ!」


 中央広場が、瞬く間に騒がしくなった。


 都市在住の騎士や従卒が、中央広場を走り抜けて、城門の方へと駆けていっている。都市に魔物が迫り、衛兵や警使では対処できない場合、必然的に戦闘のプロである騎士や傭兵、そして冒険者が、前衛で戦うことになる。


 中央広場を、騎士たちが、鎧を躍らせながら走り抜けていく。都市在中の騎士は、参事会の命により、都市防衛の任務が課せられている。そのため、有事の際は、主君の許可が下り次第、即刻、都市防衛部隊に参入しなければならない。


 しかし、こんな夜更けに、突然の魔物の襲来だ。叩き起こされた騎士たちからすれば、たまったものじゃない。皆が、一様に悲壮感をあらわにして走り抜けて行っている。


 若干、気の毒に思えるが、それは仕方のないことだ。すべて勇者が悪い。


 そんな彼らを見送りながら、俺たちも走る。


 騎士たちとは逆の方向へ。


「シュタインよ、竜骨は後で拾っておくのじゃよ。司祭どもに見つかると、いろいろと厄介じゃからな」


 ミーネの言葉に、シュタインが頷いた。


「しかし、恐ろしいな、たったひとかけらで、ここまで魔物が反応するとはな……」


「それほどまでに、甘美な果実ということじゃ」


「そうだな……」


竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》で、日々、当たり前のように働いているため、麻痺している部分があった。


 竜骨に群がる魔物は、見慣れた光景であり、日常の光景であった。


 しかし、魔物のいない都市で、竜骨が放たれて初めて実感した。


 竜骨は、この自然界において、あまりにも異質な存在だ。


 たったひとかけらであっても、あらゆる事象を捻じ曲げ、人々の運命を大きく歪めるほどの力を持っている。


 今さらだが、そのことに気付いてしまった。


 もしかすると、俺は、とんでもない過ちを犯してきたのではないか。


 もっと早く、勇者を止める方法を、考えるべきだったのではないか。


「どうしたんじゃ?」


 ミーネの問いかけに、はっと我に返った。


「あ、いや、ちょっと、な……」


 ハンマーを地面に叩きつけ、強く固く握りしめた。


「気合、入れないとな」


 今は、ルピナスを救うことに集中しなければならない。


 相手は、この国の大英雄だ。


 ためらうな。


 俺は、自分にそう言い聞かせた。

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