明日のメインディッシュはエルフの女だ。
この世界は、魔力によるカースト制度が敷かれている。
魔力優性主義。
魔力の高い者が権力を持ち、魔力の低い者はそれに従う。
魔力は、魔素の濃度によって影響され、その濃度が、濃ければ濃いほど魔力量が多くなる。一般に言われている魔力の高さとは、魔力量の多さのことだ。そして魔素は、親から子へと遺伝していくため、魔力の高い親からは、魔力の高い子供が生まれ、魔力の低い親からは、魔力の低い子供が生まれる仕組みとなっている。
王族や貴族の魔力が高いのは、彼らの魔素が、長きにわたって代々受け継がれてきたものだからだ。よって王族や貴族は、血族の魔力を維持し、絶やさないため、王族同士、貴族同士での婚姻を徹底している。
それほどまでに、魔力は権力に精通している。
しかし稀に、王族や貴族ではなく、平民の中で、魔力の高い者が生まれることがある。
先祖に高い魔力を持った人物などがいると、先祖返りによって、魔力の高い者が生まれることがあるらしい。
特に異種族なんかは、先祖が獣だったり、精霊だったりすることがあるため、先祖返りすることが多いと聞いたことがある。
しかし、この世界は、魔力優性主義の社会であると同時に、血族優性主義の社会でもあるため、厳格な身分制度が敷かれている。そのため、たとえ魔力が高くても、平民が、王族や貴族になることはできない。
だが、魔力の高い者たちは、王族や貴族にとって脅威になりかねない存在だ。もし徒党を組んで、大規模な反乱を起こされたら、領地に大変な被害が出てしまう。
この世界では、領地に常備軍は存在しておらず、戦争の際は、使役する騎士と、金で雇った傭兵で行われていた。そんな彼らは、数が限られている上、軍隊とは程遠い烏合の衆であるため、統制された物量攻撃に対して非常に脆いといった弱点があった。
民衆が一つの目的を掲げ、大挙して押し寄せるだけで、領主は多大な損害を被ることになる。さらに、その中に魔力の高い者が紛れ込んでいれば、領地を潰される可能性も出てくる。
つまり、この世界において、魔力の高い平民は、非常に厄介な存在なのだ。
特に貧しく虐げられている者ほど、反乱を起こす可能性が高い。
そこで作られたのが、冒険者と呼ばれる職業だ。
冒険者は魔力量に応じて、S級、A級、B級、C級とランク分けされるが、ある一定の魔力量がなければ、ランクにすら入ることはできない。
つまり冒険者とは、魔力の高い平民の受け皿として作られた職業なのである。
冒険者になると、ギルドを介して、クエストと呼ばれる専門の依頼を受けることができ、依頼に応じて報酬を受け取ることができる。報酬の額はピンキリだが、最も報酬の安いC級クエストであっても、農奴が一年を通して得られる収入とさほど変わらないといわれている。
魔物退治といった危険な仕事も多いが、手っ取り早く稼ぐには、冒険者になることが一番なのである。
結果、貧しい農村から、出稼ぎ冒険者になった者は多い。
冒険者と呼ばれる職業は、魔力の高い平民、いわゆる危険分子を、金で黙らせることを目的として作られた職業なのである。
その後、冒険者という職業は、制度改正を重ねていき、現在では、異民族、異種族、異端者、そして異世界人に至るまで、そのすべてに資格が与えられるようになった。
そう、すべての危険分子を金で黙らせる職業として確立したのである。
王族や貴族を脅かす存在は、まとめて冒険者するのが手っ取り早いというわけだ。
つまりは俺も、王族や貴族の連中から見れば、国家を脅かす危険分子の一人のようだ。
会社から散々虐げられてきた社畜の俺が、異世界ではまさかの危険分子である。これまでの人生で、周囲から恐れられたことなど一度もないため、まるで実感がない。だが、不思議と悪い気はしない。むしろ優越感すらある。会社で出世したらこんな気分になるのだろうか。
話を戻す。
冒険者には、様々な優遇措置が定められている。
まず、冒険者として登録されると、都市での税金が免除され、都市への出入りが自由となる。そして、都市で売られている武器や防具、道具、また宿屋や酒場などで、割引が効くようになる。さらに都市に冒険者ギルドがあれば、そこでクエストの斡旋も受けることができる。
よって都市には、多くの冒険者が出入りしている。
これらが大きな仇となった。
「この都市の周辺の森には、赤帽子と呼ばれる魔物が多く潜んでいます。人間の血を好む、残忍な魔物です。よって我が都市では、各地の冒険者ギルドに討伐の依頼を出しています。そのため、この都市には、赤帽子を討伐するための拠点として、多くの冒険者が集まって来るのです」
「なるほどな、だから美味そうな冒険者がウヨウヨいるのか」
勇者が、指を動かすと、冒険者の少女が悲鳴を上げ、ぐるりと白目を剥いた。
少女はベッドの上に立ったまま、ぐったりとうなだれた。
「かははっ、ラクショーで精神まで潜れたな。こりゃあ、チョー下っ端の冒険者だな」
「そのようですね。赤帽子は、人間を襲うため危険視されていますが、魔力は、ゴブリンとさほど変わりません。ですから、この都市を出入りする冒険者の多くがC級冒険者です」
「てことは、オレとの魔力差は、月とスッポンってことだな」
貴族たちが苦笑いを浮かべた。どうやらスッポンの意味が分からないらしい。
冒険者の少女は、だらしなく口を開け、ぼたぼたと唾液を滴り落としている。
「しっかし、チョロいもんだな。貴族の晩餐会に誘っただけで、ひょこひょこついて来るんだからな」
「勇者さまは、この国における大英雄ですから、誘いを断る者などいませんよ」
「異世界サイコーだな。やりたい放題じゃねえかっ!」
勇者が、高笑いを上げた。
「そうですね」
貴族たちが、うやうやしく笑った。
「でもよう、冒険者ってのは、どーもイモ臭いんだよな。田舎娘って感じでよ。まあ、王都に戻れば、お上品な王族や貴族の女どもとヤリ放題なんだけどよ。7人でヤルのは、許してくれないんだよな」
「まあ、そうでしょうね。宗教的には、かなり危険な行為ですから」
「だから、こんな田舎で遊ぶしかねえんだよ」
勇者が指を動かすと、少女の瞳がぐるりと戻り、とろんとした表情になった。
「あーあ、せっかく異世界に来たんだからよ、絶世の美女、うーん、そーだな、やっぱ、エルフなんかとヤリたいよなぁー」
勇者がいやらしく指を動かすと、少女がおもむろにドレスを脱ぎ始めた。晩餐会のために用意された高価なドレスが、するすると脱げていく。
「エルフですか……」
貴族の男が、眉間にシワを寄せた。
「なんだ、エルフに知り合いでもいるのか?」
勇者が激しく指を動かすと、全裸になった少女が、びくっと痙攣して、喘ぎながらベッドの上で四つん這いになった。
「いえ、知り合いというわけでないのですが、この都市では頻繁に見かけます。恐らく冒険者でしょう。この都市に異種族はいませんから」
「マジかっ!」
勇者が歓喜の声を上げた。
「しかし、エルフの魔力は、非常に高いと聞きます。勇者さまの魔法が、通用するかどうか……」
「関係ねえよ、オレは勇者だ。エルフだってドレイにできるはずだ!」
勇者が、小刻みに指を動かすと、少女が獣のように喘ぎながら、男どもの方へと尻を突き上げた。
「よっしゃぁっ! ガンガン、ヤル気が出てきたぜ。明日のメインディッシュは、エルフの女だ。野郎ども、今日は朝まで楽しもうぜっ!」
勇者が服を脱ぎ捨てると、貴族たちも一斉に服を脱ぎ捨てた。そして四つん這いになっている小さな少女に向かって、叫び声を上げながら、7匹の獣が一斉に襲い掛かった。
少女は、もみくちゃにされながら、獣どもの肉の中に消えていった。
「おいっ、こらっ、大丈夫かっ!」
突然の声に、俺は覚醒した。
視界に浮かぶ天井が、ぼんやりと揺れている。
呼吸が荒い。
大量の汗が、じっとりと布に張り付いている。
吐き気をもよおすほどの嫌な汗だ。
「起きたか、とんでもなくうなされておったぞ!」
ミーネとシュタインが、恐る恐る、俺の顔を覗き込んできた。
俺はゆっくりと起き上がり、額の汗を拭った。
隣のベッドを見ると、冒険者の少女が、静かな寝息を立てて眠っていた。
途端、いたたまれない気持ちが押し寄せた。
同時に、猛烈な怒りと焦りが込み上げてきた。
「どうじゃ、犯人は分かったか?」
ミーネの問いかけに、俺は頷いた。
「犯人は勇者だ!」
一同が騒然となった。
俺は立ち上がり、部屋の隅に立てかけていたハンマーを手に取った。
「急にどうしたんじゃ?」
俺は歯噛みしながら、答えた。
「ルピナスが危ない!」