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勝利の女神。

 俺たちの仕事は、放置された竜骨を回収することだ。


 ひとつの現場で竜骨の回収を終えたら、次の現場へと移動する。


 この繰り返しだ。


 そして、今、俺たちがいる現場は、とある地方の山、その山頂だ。


 この山は、太古の昔に大噴火を起こし、頂上が巨大なカルデラとなっている。


 いつしか、このカルデラには、竜が棲みつくようになり、太古より竜の棲む山として、人々から畏れ崇められていた。しかし、三年前、突如として現れた勇者によって、竜は討伐され、カルデラには白骨死体だけが残った。


 俺たちは、そんなカルデラに残された竜骨を回収している最中だ。


 なぜ、竜骨を回収しなければならないのか。


 それは、竜骨を放置し続けると、非常に厄介なことになるからだ。


 カルデラを囲む外輪山は、岩肌が剥き出しの、切り立った崖となっている。


 そんな崖のいたる所に、洞穴のようなものがあり、暗闇の奥からは、不気味な気配が漂っている。


 ゴブリン族の棲み処だ。


 と、言っても、昼間は、大人しいメスのゴブリンか、子供のゴブリンしかおらず、獰猛なオスのゴブリンは、山や森へ食料の調達に出ているため、棲み処にはいない。もし、付近に村があれば、そこで盗みを働いたり、悪さしたりするのだが、幸い、この山から村までの距離は、かなり離れているため、彼らが人間と交わることは、ほとんどない。


 これは、人間にとって、最大の幸運といえた。


 なぜなら、彼らは、単なるゴブリンではない。


 竜属性を宿し、竜耐性が付与された、竜化ゴブリンなのだ。


「くそっ、もう帰って来やがったっ!」


 想定していた時間よりも、二時間くらい早い帰宅だ。いつもは、連中が戻って来る前に、砕いた竜骨を積み込んで、さっさとずらかるのだが、さすがに今回は無理そうだ。どうやら思いのほか狩りがスムーズにいったようだ。鹿や猪のような動物を何匹も抱えながら、嬉しそうに崖を下りて来る姿が見える。


「シュタインっ! 作業中止だっ! 奴らが戻って来た、とっとと、ずらかるぞっ!」


 無心で竜骨を割っていたシュタインが、ぐいっとこちらへ顔を向け、大きく頷いた。


「おいっ! ミーネっ! さっさと起きろっ! 奴らが戻って来たぞっ!」


 俺は、ほこらに向かって大声で怒鳴った。


 竜骨が積まれた荷車の近くに、小さな祠が建っている。かつて、この地の竜を崇め奉った人々が、竜を祀るために建てた祠だ。現在は、俺たちの休憩所となっている。


 祠の中からむにゃむにゃと目を擦りながら、ミーネが顔を出す。そして、おもむろに崖の方へと視線を向ける。


「な、なんじゃっ! もう戻ってきたのかっ!」


「狩りが思いのほかスムーズにいったんだろ。くそっ、もう戦闘を避けられないぞ! とにかく竜骨を死守しろ。奴らに奪われたら、今日の儲けはゼロになるぞっ!」


 俺はハンマーを握りしめ、竜骨の積まれた荷台へと駆け上がった。本来であれば、ゴブリンは、魔力の高い俺たちを狙うのだが、竜骨が奪われることを察知したのか、ゴブリンたちは、担いでいた獲物を投げ捨てると、迷うことなく荷車へ突進してきた。


 荷車ごと竜骨を取り戻すつもりだ。


 竜の魔力に魅了された魔物の特性だ。


「この下等種族どもがっ!」


 ミーネが六本のシャベルを器用に操り、迫り来るゴブリンを次々に殴りつけた。彼女のシャベルの刃は、俺のハンマーと同じく、竜鱗鋼で作られているため、低級の魔物であれば、小突かれただけで、風穴が開くほどの威力を持っている。しかし、ゴブリンたちは、どくどくと血を流しながらも、むくりと起き上がり、奇声を上げながら、荷台へと突進してきた。


「くそっ、荷台に近づくなっ!」


 俺は、荷台に飛び乗ってきたゴブリンに向かって、ハンマーを思いっきり振り抜いた。ゴブリンは小柄なため、ハンマーで殴り飛ばせば、簡単に吹き飛ぶ。


 俺のフルスイングを食らったゴブリンは、くるくると回転しながら飛んでいき、そのまま崖に激突した。潰れるような悲鳴が上がり、ずるずると力なく崖を滑り落ちていく。


 通常であれば、ここで絶命するのだが、この地のゴブリンはそうはいかない。


 地面に落ちると、すぐに、むくりと起き上がり、また奇声を上げながら、荷台へと突進してきた。


「…………!」


 駆けつけたシュタインが、突進してくるゴブリンを大斧で叩き斬った。ゴブリンの胴体から、盛大に体液が飛び散る。シュタインの大斧も、俺やミーネと同様に竜鱗鋼で作られているため、低級の魔物であれば、一振りで真っ二つにする威力を持っている。しかし、ゴブリンは肩から腰にかけて大量の血を流しながらも、むくりと起き上がり、またも奇声を上げ、荷台へと飛び乗ってきた。


 押し寄せて来るゴブリンに、心が折れそうになる。


 全力で戦っても、ゴブリン一匹、仕留めることができない。


 S級冒険者が三人がかりでも、ゴブリン一匹、満足に倒すことができない。


 この地のゴブリンは、竜属性を宿したことにより、竜耐性が付与されている。


 つまりゴブリンであると同時に、竜でもあるのだ。


 竜には、魔法が通用しない。そして、武器による攻撃も通用しない。


 これが竜耐性である。


 竜が放つ魔力により、魔法による攻撃も、武器による攻撃も、すべて無効化されてしまうのだ。


 竜鱗鋼は、原料である竜鱗が、竜の魔力を宿しているため、竜属性を相殺する力を持っている。


 竜属性が相殺されれば、おのずと竜耐性も失われ、魔法による攻撃も、武器による攻撃も、魔物に対して有効となる。


 だが、現実は、そう上手くはいかない。


 竜鱗鋼の原料である竜鱗は、非常に稀少であるため、生成の際、どうしても鉄の比率が多くなってしまう。そうなると、竜鱗に宿る魔力も半減し、竜属性を相殺する力も弱まってしまうのだ。


 竜属性を相殺する力が弱まれば、魔物に与えるダメージも減ってしまう。


 ゴブリンへの攻撃は通っているが、致命傷を与えることができないのは、竜属性の相殺が中途半端なのが原因だ。


 ゴブリンたちが荷台へ飛び乗り、砕いた竜骨を鷲掴みにして、がじがじと嚙み始めた。


「ヤバイ、魔力を補給されるっ!」


 俺は、竜骨を夢中で貪っているゴブリンどもを、片っ端からハンマーで殴り飛ばした。しかし、奴らは、地面を転がっても、亡者のように起き上がり、迷うことなく荷台へ飛び乗ってくる。


「こりゃ! 魔力を補給するなっ!」


 ミーネがシャベルを振り回して、ゴブリンを荷台から叩き落す。


「…………!」


 地面に転がったゴブリンを、容赦なく叩き斬るシュタイン。


 しかし、どう考えても多勢に無勢。もはや、俺たちだけで、どうにかなる数ではない。


 そもそも俺たちは、戦闘要員ではない。


 労働要員なのだ。


 戦闘要員は、別にいる。


「くそっ、あの野郎、どこで油売ってんだっ!」


 と、次の瞬間、鋭い風切り音が響き、一匹のゴブリンのこめかみに、何かが突き刺さった。


 ゴブリンは動きを止めると、そのまま地面に膝を突き、ゆっくりと崩れ落ちた。


 ゴブリンのこめかみに刺さっているのは、光り輝く金色の矢だった。


 刹那、幾条もの矢が空を切り裂き、ゴブリンのこめかみに突き刺さっていく。


 金色の矢は、寸分違わず、ゴブリンのこめかみに吸い込まれていき、容赦なく脳を穿っていった。


 突如として降り注ぐ矢の豪雨に、ゴブリンたちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。その中に、竜骨を握りしめて逃げ回るゴブリンの姿も見えた。


「くそっ、アイツらから、竜骨を取り上げないと!」


 荷台から飛び降り、ハンマーを振り上げ、ゴブリンを追いかけようとした、その時、竜骨を持ったゴブリンの首が、一斉に天高く舞った。


 首なしゴブリンたちが、次々と地面に崩れ落ちていく中、細身の剣を掲げた、一人の女性の姿が映った。


 細く艶やかな長い金髪。碧瑠璃色に輝く大きな切れ長の瞳。通った鼻筋。淡く薄い唇。透き通った白の肌。しなやかな肢体は、彫像のように美しく、大地の上に凛と立つ、その姿は、まるで女神のように見えた。


 風に煽られ、流れるような金髪が、ふわりと揺れ、鋭く尖った耳があらわとなる。


 女性が、剣を天高くかざした。


 金色に輝く刃が、太陽の光を反射して、彼女の姿を、眩いほどに輝かせた。


 それはまさに、勝利の女神といえた。


 俺は、嘆息した。


 いやいや、遅すぎる到着である。

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