本当に犯人は魔族なのか。
ハーデブルク司教座都市の中心部には、人々の憩いの場として利用されている中央広場があり、そのさらに中心部には、大聖堂が鎮座している。
そんな大聖堂の周囲には、いくつもの教会や修道院が立ち並んでおり、その中に、聖職者たちが運営する施療院がいくつもあった。
施療院には、貧者を救済するための救貧院、孤児を保護する孤児院、老人を保護する養老院といった様々な種類の施設があり、怪我人や病人を治療する病院も、それら施療院の一つに含まれていた。
病院は、大聖堂のすぐ隣にあった。
厳かな雰囲気が漂う大聖堂の傍らで、甲高い悲鳴が、絶え間なくこだましていた。
女性たちは、獣のように叫び続け、ベッドの上で暴れまわっている。
この施療院は、修道院が運営しているため、修道士たちが、暴れ狂う女性たちを必死で取り押さえている。そんな修道士たちの傍らで、医者が、女性の腕から血を抜いたり、怪しい薬液を飲ませたりしている。また修道士と医者の背後では、教会から派遣された祓魔師たちが、怪しげな呪文を唱え続けている。
院内のベッドは、女性たちで埋まっており、その症状は、宿屋にいた少女とまったく同じものだった。
これは、奇病に侵されているわけでも、悪霊に取り憑かれているわけでもない。
皆、魔力汚染によるものだ。
「こりゃあ、とんでもないことになっておるのう」
ミーネが頭を抱えた。
「おいおい、もしかして、ここにいる奴ら全員、その傀儡魔法ってやつの被害者なのか?」
「うむ、間違いあるまい。全員、肉体から精神まで魔力汚染されておる。とにかく、ありったけの聖水を持ってこい。すぐに魔力浄化するぞっ!」
俺とシュタインは、鞄をひっくり返し、持っている聖水を、すべてミーネに渡した。
俺たちは、仕事上、竜の魔素を吸い込んで、魔力中毒になる恐れがあるため、常に聖水を持ち歩いている。また仕事中に、鼻と口を覆っている布にも、たっぷりと聖水を染みこませてある。どうやら魔力中毒も、魔力汚染の一つに含まれるようだ。
ミーネは、聖水を口に含むと、医者と祓魔師を押しのけ、一人の女性の口に聖水を流し込んだ。途端、暴れまわっていた女性が徐々に大人しくなっていき、やがて静かな寝息を立て始めた。
周囲から驚きの声が上がった。
ミーネは休むことなく、女性たちの口へと聖水を流し込んでいった。女性たちの荒ぶっていた肉体と精神が、瞬く間に鎮まっていく。
俺とシュタインも、ミーネをサポートするため、暴れる女性たちを必死で押さえつけていた。
けたたましく鳴り響いていた声は、徐々に薄れていき、気が付くと、院内は、静かな寝息だけとなった。
「ふぅ、なんとか治まったようじゃな」
ミーネが、床に尻もちを突いた。
「まったく、とんでもないことに巻き込まれちまったなぁ……」
俺とシュタインも、床に尻もちを突いた。
「あ、ありがとうございます。貴方がたのおかげで、何とかなりました」
修道院長が、俺たちの元へ駆け寄って来た。
頭巾付きの修道着は、ズタズタに引き裂かれ、布の一部が床に散乱している。女性たちとの壮絶な戦いを物語っていた。
「いや、まだ何も解決はしておらん」
「それは、どういうことでしょうか?」
修道院長が眉をひそめた。
「都市内に、魔族が紛れ込んでおるかもしれん」
周囲が騒然となった。
「ど、どういうことです?」
ミーネは、彼女らの発狂の原因が、傀儡魔法による魔力汚染だということを説明した。そして、被害者に魔力の高い冒険者が含まれているため、犯人は上級魔族の可能性が高いと告げた。
「まさか、魔族が、この都市に? いったい、何の目的で?」
「ううむ、それがよく分からんのじゃ」
ベッドで眠っている女性たちに視線を向ける。
年齢も種族もばらばらだ。
人間もいれば、獣人や亜人もいる。
「おや?」
ふと、ある共通点に気付いた。
皆、容姿が良い。
暴れ狂っていた時には気付かなかったが、すやすやと寝息を立てている姿を見ると、なかなかの美女、美少女ぞろいだ。
美人で美乳な人間のお姉さん。可愛い巨乳の獣人の少女。愛らしい貧乳の亜人の童女。
みんな漫画やアニメのヒロイン並みに、容姿が整っている。
そう言えば、宿屋にいた冒険者の女の子も可愛かった。
細く軽やかな赤髪に、小麦色の肌をした快活そうな少女だった。ショートヘアにすれば、運動部のアイドルになりそうな容姿だ。
異世界転移して二年。
数多の冒険者を見てきて、分かったことが一つある。
冒険者は、美女や美少女が多い。
特に根拠はないが、事実、ルピナスも美人冒険者の一人である。
そう、ルピナス。
ふいに、溜息がこぼれた。
やはり、彼女のことを考えるとモヤモヤしてくる。
とにかく、冒険者は、美人や美少女が多いってことだ。
ん、冒険者?
ふと、ある言葉が蘇った。
――実は、コイツみたいになってる冒険者、まだ何人もいるんだ。
「もしかして、コイツら全員、冒険者かっ!」
俺が声を上げると、周囲の視線が一斉に集まった。
「そ、そうです。よくお気づきになられましたね。みなさん、この都市に立ち寄った冒険者の方々です」
修道院長が答えた。
「ふむ、なるほど、冒険者の女ばかりが狙われているということじゃな。しかし、こやつらを操って、魔族はいったい何を企んでおるのじゃ?」
ううむ、と考え込むミーネ。
「冒険者を操って、この都市を内部から攻め落とそうとしているんじゃないのか?」
周囲がざわついた。
C級冒険者であっても、その魔力は貴族に匹敵する。しかも冒険者は、傭兵並みに戦闘に特化しているため、操って兵力にする分には申し分ないはずだ。
「じゃが、兵力とするならば、か細い女の冒険者よりも、頑丈な男の冒険者のほうが使い勝手がよかろう」
「うーん、確かにそうか……」
しかも、男の冒険者のほうが、女の冒険者よりも魔力が低いため、魔法で操るには、男の冒険者を操ったほうが、より効率的に兵力として利用できるはずだ。
だったら、女の冒険者を操るメリットとは何だ。
あえて女を利用する。
もしかして、あれかっ!
「くのいち戦法かもしれんぞ!」
「くのいち?」
その場にいる全員の眉間に、クエスチョンマークが見えた気がした。
俺は、こほんと咳を一つして、言い直した。
「色仕掛けのことだ。女の冒険者を操って、この都市の権力者へと近づき、巧みに誘惑し、情事へと引き込み、行為の最中、もしくは行為の後、油断しているところを襲って暗殺する戦法のことだ!」
被害を受けた冒険者は、美人、美少女ぞろいだ。ハニートラップとして利用するには申し分ない面々のはずだ。
「精神を上手く操れば、色仕掛けも可能じゃろうが、廃人寸前になるまで精神を操る必要はなかろう」
「うーん、確かにそうだな」
くのいち戦法で、精神崩壊まで追い込む必要はない。
「まずは、こやつらが、どこで傀儡魔法を受けたのか、それを調べるしかなかろう」
修道院長が、ミーネへ視線を向けた。
「彼女らを発見した警使によると、皆、早朝の中央広場で、全裸の状態で倒れていたそうです」
「中央広場じゃと?」
「しかも全裸で?」
中央広場は、大聖堂があるため、都市内では最も警備が厳しく、どの区域よりも治安が良いとされている。そんな場所で、魔族に襲われるなど考えられない。
本当に犯人は魔族なのか。
そして、なぜ彼女たちは、全裸で見つかったのか。
謎は深まるばかりだった。