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俺には、魔法の才能がなかったのか。

「ふむ、これは、傀儡魔法(かいらいまほう)のようじゃな」


「カイライマホウ?」


 静かになった室内。


 冒険者の少女を蝕んでいた魔法の正体が判明した。


「魔力の高い者が、魔力の低い者を操る魔法じゃ。かつて他国との交易が盛んじゃった時代、各地で対立する異教徒や異種族を屈服させ、奴隷にするために使われておった魔法じゃ。操る側の魔力と、操られる側の魔力差が大きければ大きいほど、自在に肉体を操ることができ、魔力差によっては、精神まで操ることができる危険な魔法じゃ。なにゆえ相手との魔力差が重要となるからのう、魔力の高い王族や貴族が好んで使っておったらしい」


 基本、魔法の効果は、放つ側と受ける側の魔力差に大きく影響する。


 これを魔力抵抗と呼んでいる。


 簡単に言うと、魔力の低い者が放つ魔法は、魔力の高い者には通用しないということだ。つまり、属性を度外視すれば、魔法による戦闘の勝敗は、互いの魔力量によって決定してしまうのである。この世界における魔力優性主義の根幹にあるのは、間違いなく魔力抵抗だろう。


 ミーネが続けた。


「じゃが、魔物が出現したことで、他国との交易が一気に衰退していき、大陸が森林に覆われたことで、各国は、瞬く間に弱体化していった。その結果、異教徒や異種族への弾圧も徐々に減っていき、やがて奴隷も姿を消した。こういった時代の流れによって、傀儡魔法(かいらいまほう)も、過去の遺物として、忘れ去られていったということじゃ」


 魔物が出現し、大陸が森林に覆われたのは1000年前のことだ。


 そんな大昔の魔法が、今になって蘇ったのか。


「つまり、この冒険者は、誰かに操られているってことか?」


 ベッドの上で、死んだように眠っている彼女に視線を向けた。


「いや、すでに、魔法は解けておる」


「じゃあ、なんで、暴れていたんだ?」


「強力な魔力汚染によって、肉体と精神が崩壊してしまったのが原因じゃな」


 室内に、不気味な静寂が落ちた。


「コイツは、いったいどうなるんだ?」


 仲間の冒険者の一人が訊いた。


「まずは、魔力浄化が先じゃ。夜が明けたら、すぐにヴィーネリントへ向かい、本格的な魔力浄化してもらえ。この程度の聖水じゃと、すぐに、その効力は切れて、また手がつけられなくなるぞ!」


 竜骨の魔力浄化に使用している聖水でも、瓶一本では全然足りないようだ。


「これは深刻な魔力汚染じゃ。魔力浄化には、かなりの時間が掛かるじゃろう」


「時間って、どれくらい掛かるんだ?」


「少なくとも半年、いや一年は掛かるじゃろうな」


 がっくりと肩を落とす二人の冒険者。


「そもそも、俺たちみたいな冒険者が、ヴィーネリントに入れるのか? あそこは大司教直下の特別区域だろ。異常なほど、警備が厳重だって聞いたことがあるぞ」


「安心せい、わしが紹介状を書いてやる」


 偉そうに言い放つミーネに、冒険者たちが怪訝な表情を浮かべた。変な空気になったので、とりあえず俺が間に入って、ミーネの素性を簡単に説明することにした。そして、彼女が、ニーベルゲン族の大魔導士であることを知ると、冒険者たちは、驚きながらも、安心した様子を浮かべた。


 まあ、ミーネからの紹介状を見せれば、ヴィーネリントの聖職者たちは、間違いなく歓迎してくれるだろう。ただし、警備している宗教騎士団(テンプルナイツ)は、この上なく怪しむだろうが。


「あ、ありがとう。それで、その聖水ってやつを飲み続ければ、コイツは元に戻るのか?」


 冒険者の男が訊くと、ミーネが顔を歪めた。


「ううむ、こやつを蝕んでおる魔力は、相当なものじゃからのう。完全に魔力浄化することができても、何らかの障害は残るかもしれん」


「そ、そんな、じゃあ、冒険者として働くことは……」


 珍しく、ミーネが、ためらいを見せた。


「悪いが、諦めるんじゃな」


 室内に、重苦しい空気が落ちた。


 今まで一緒に働いてきた同僚が、突然、脱落していく。


 そんなこと、社畜時代に幾度となく経験してきた。実際、社畜には仲間意識などないため、同僚が辞めても、何の感情も湧くことはなかった。むしろ、ライバルが減って、ラッキーとも思っていた。


 これが、普通の感情だと思っていた。


 が、異世界転移して二年。


 その意識は、徐々に変わっていった。


 もし、突然、ミーネがいなくなったら。


 もし、突然、シュタインがいなくなったら。


 そして、もし、突然、ルピナスがいなくなったら。


 そう考えると、胸の奥で重い何かを感じた。


 これが寂しさなのか。


 これが悲しさなのか。


 これが虚しさなのか。


 もし、その時が訪れたら、俺は、どういった感情を抱くのか。


 寂しさなのか。


 悲しさなのか。


 虚しさなのか。


 それとも、そのすべてが押し寄せてくるのか。


 俺には、分からなかった。


 ただ、そう考えるだけで、胸の奥で、ずっしりと重い何かを感じた。


 だから、冒険者たちに圧し掛かっている絶望は、何となく感じ取ることができた。


「しかし、気になるのは、傀儡魔法(かいらいまほう)を放った者じゃな。魔力の高い冒険者の肉体はおろか、精神の底まで浸蝕するほどの魔力量の持ち主じゃ。仮にワシが放ったとしても、精神まで浸蝕させるのは無理じゃな。とんでもない魔力差が必要となるからのう。やはり、こんなことができるのは、魔族しかおらんぞ」


「魔族、か……」


 ふと、ある記憶が蘇った。


「おいっ、もしかして、昔、お前が取り逃がした、あの、ナントカのナントカって魔族なんじゃないか?」


 ミーネが、眉間にシワを寄せた。


「邪眼のバロールのことか?」


 邪眼のバロール。


 魔王の側近の一人で、二年前、勇者暗殺のため、王都に潜伏していた上級魔族だ。国内屈指の魔法部隊であるブルグント魔導団と、A級冒険者のパーティーで討伐に乗り出したが、あと一歩のところで取り逃がしてしまったらしい。その時、ブルグント魔導団を指揮していたのがミーネだ。


 ちなみに、竜骨回収クエストが開始された当初、ミーネは、ブルグント魔導団の団長を兼任していた。その後、竜骨回収クエストに集中すべく、団長の座を弟子に譲って脱退した。


「いや、奴ではないな。なぜなら奴の魔力は、ブルグント魔導団が記憶しておる。もし、奴の魔力を探知すれば、ワシの元にも連絡があるはずじゃ」


 ブルグント魔導団は、国内各地を24時間体制で魔力探知している。しかも超高性能な魔力探知を行っているため、少しでも異質な魔力が発現すれば、即座に探知することができるようだ。


「そうか、じゃあ、別の魔族ってことか……」


 邪眼のバロールの線は消えた。


「つーか、魔族ってそんなにいるのか?」


「魔族は希少種じゃ。そう簡単に出会えるものではない」


「じゃあ、もし魔族じゃないとすれば、魔族と同じくらい魔力のある奴ってことか……」


 ミーネが、ちらりと俺の方を見た。


「もし、おぬしが、傀儡魔法(かいらいまほう)を扱えたら、この娘の精神まで浸蝕することは容易いじゃろうな」


 えっ、と冒険者二人が、驚いた様子でこちらを見た。


 ちょっと待て、犯人扱いはやめろ。


「ふふふ、心配するでない。確かに、こやつの魔力は、魔族以上に高いが、魔法の才能は、からっきしなんじゃよ」


 このガキ、からかいやがった。


 て、ゆーか、俺には、魔法の才能がなかったのか。


 地道に魔法の鍛錬を続けていけば、世界一の大魔導士になれるんじゃなかったのか。


 ちょっとだけショックだった。


 まさかの才能なしチートだったとは。


 まっ、別にどうでもいいけどさ。


「いや、でも、この都市には、魔族が潜んでいるかもしれない」


 神妙な表情を浮かべ、冒険者の一人が口を開いた。


「何か、知っておるのか?」


 ミーネが訊くと、もう一人の冒険者も口を開いた。


「実は、コイツみたいになってる冒険者、まだ何人もいるんだ」

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