表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/132

やれやれ、酒が抜けてしもうたわい。

 酒場の二階へ上がり、宿泊するための部屋を探していると、突如、甲高い声が聞こえた。


 ほろ酔いだったミーネとシュタインの表情も、一瞬にして鋭いものへと変わった。


 女の悲鳴。


 その声は、二階中に響き渡っている。


 まさか事件か?


 俺たちは、悲鳴の聞こえる部屋へと走った。


 安宿には不釣り合いな、小綺麗な恰好をした男たちが、部屋から顔を出している。


 宿泊している貴族たちだろう。突然の悲鳴に狼狽しているようだ。


 俺たちは、ざわついている貴族たちを無視して、部屋へと向かった。


 皮肉にもそこは、今夜、宿泊予定の部屋だった。


 扉を勢いよく開けると、ベッドの上で暴れまわっている少女を、二人の男が、力づくで押さえつけていた。


「おい、お前ら、何やってんだっ!」


「ち、ちがう、違うんだっ!」


 一人の男が、慌てた様子で叫んだ。


「はっ? なにが違うんだっ! 俺たちもここに泊まるんだ。わいせつな行為は他でやってくれっ!」


 俺が怒鳴りつけると、もう一人の男が割って入った。


「こ、コイツは、オレたちの仲間なんだっ!」


「仲間?」


 俺が訝しんでいると、ミーネが、おもむろに少女へと近づき、彼女をジッと見つめた。


「うむ、これは魔力汚染じゃな」


「魔力汚染?」


「何らかの魔法攻撃を受けたことにより、その魔力が肉体へと入り込み、魔素が汚染されている状態のことじゃ。眠り魔法や混乱魔法なんかも、このたぐいじゃな」


 少女を見ながら、ミーネは続ける。


「ううむ、こりゃあ、重度の魔力汚染じゃぞ。肉体だけでなく、精神まで浸蝕されておる。一体、どんな奴から、どんな魔法攻撃を受けたら、こんなことになるんじゃ? おぬしら、上級魔族とでもやり合ったのか?」


 二人の男が、同時に首を振った。


「オレたちはC級冒険者だ。上級魔族と戦うなんてありえない。そもそもC級クエストに魔族の討伐なんてないだろ!」


「ふむ、確かに」


 ミーネは続けた。


「とにかく、早急に魔力浄化を行わなければならん!」


「魔力浄化?」


 冒険者の二人が顔をしかめた。


「この娘の肉体と精神を浸蝕しておる魔力を消し去り、魔素を正常な状態に戻すことじゃ。このままじゃと、すべての魔素が汚染され、間違いなく命を失うじゃろう」


「そ、そんな、どうすりゃあいいんだ」


「慌てるでない。おぬしらは、全力で娘を抑えておれ!」


「わ、分かったっ!」


 男たちがベッドの上に飛び乗り、暴れ狂う少女に対して、全体重をかけて押さえつけた。しかし少女の膂力は凄まじく、男たちの拘束は、一瞬にして振りほどかれた。


「おいっ、なんかよく分からんが、俺たちも手伝ったほうがよさそうだな」


 シュタインが黙ったまま頷いた。


 男四人がかりで、一人の少女を取り押さえる。


 とんでもない力だ。


 魔法で筋力を増強していなければ、一瞬で弾き飛ばされているだろう。


 完全にリミッターが外れている。


 血走った眼球に、剥き出しとなった犬歯。獣じみた咆哮


 必死で取り押さえている男たちの顔には、いくつものひっかき傷と打撲の痕が見えた。


 男たちは血を流しながらも、賢明に彼女を取り押さえている。


「よし、そうじゃ、そのままにしておれ」


 ミーネがローブの裾から、ガラス瓶を取り出した。


 それが何か、すぐに気づいた。


 聖水だ。


 竜骨の魔力浄化に使用している聖水だ。


 ミーネは、ガラス瓶の蓋を開けると、すぐさま聖水を口に含み、そのまま、勢いよく少女の口にかぶりつき、強引に聖水を流し込んだ。


 少女の身体が、激しく上下に揺れた。


 必死に少女の身体を押える俺たち。


 瞬間、彼女の身体から、少しだけ、力が抜けていくのが分かった。


 ミーネは、ガラス瓶が空になるまで、何度も何度も、彼女の口に、聖水を流し込んでいった。


 やがて少女は、糸の切れた人形のように、ぐったりとベッドに沈み込んだ。


 俺もシュタインも、そして二人の冒険者も、崩れ落ちるように、床の上にへたり込んだ。


 さっきまでの騒がしさが、嘘のように静かになった。


「やれやれ、酒が抜けてしもうたわい」


 苦笑いを浮かべながら、ミーネも床の上にへたり込んだ。


 ミーネの唇からは、鮮血が滴り落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ