やれやれ、酒が抜けてしもうたわい。
酒場の二階へ上がり、宿泊するための部屋を探していると、突如、甲高い声が聞こえた。
ほろ酔いだったミーネとシュタインの表情も、一瞬にして鋭いものへと変わった。
女の悲鳴。
その声は、二階中に響き渡っている。
まさか事件か?
俺たちは、悲鳴の聞こえる部屋へと走った。
安宿には不釣り合いな、小綺麗な恰好をした男たちが、部屋から顔を出している。
宿泊している貴族たちだろう。突然の悲鳴に狼狽しているようだ。
俺たちは、ざわついている貴族たちを無視して、部屋へと向かった。
皮肉にもそこは、今夜、宿泊予定の部屋だった。
扉を勢いよく開けると、ベッドの上で暴れまわっている少女を、二人の男が、力づくで押さえつけていた。
「おい、お前ら、何やってんだっ!」
「ち、ちがう、違うんだっ!」
一人の男が、慌てた様子で叫んだ。
「はっ? なにが違うんだっ! 俺たちもここに泊まるんだ。わいせつな行為は他でやってくれっ!」
俺が怒鳴りつけると、もう一人の男が割って入った。
「こ、コイツは、オレたちの仲間なんだっ!」
「仲間?」
俺が訝しんでいると、ミーネが、おもむろに少女へと近づき、彼女をジッと見つめた。
「うむ、これは魔力汚染じゃな」
「魔力汚染?」
「何らかの魔法攻撃を受けたことにより、その魔力が肉体へと入り込み、魔素が汚染されている状態のことじゃ。眠り魔法や混乱魔法なんかも、このたぐいじゃな」
少女を見ながら、ミーネは続ける。
「ううむ、こりゃあ、重度の魔力汚染じゃぞ。肉体だけでなく、精神まで浸蝕されておる。一体、どんな奴から、どんな魔法攻撃を受けたら、こんなことになるんじゃ? おぬしら、上級魔族とでもやり合ったのか?」
二人の男が、同時に首を振った。
「オレたちはC級冒険者だ。上級魔族と戦うなんてありえない。そもそもC級クエストに魔族の討伐なんてないだろ!」
「ふむ、確かに」
ミーネは続けた。
「とにかく、早急に魔力浄化を行わなければならん!」
「魔力浄化?」
冒険者の二人が顔をしかめた。
「この娘の肉体と精神を浸蝕しておる魔力を消し去り、魔素を正常な状態に戻すことじゃ。このままじゃと、すべての魔素が汚染され、間違いなく命を失うじゃろう」
「そ、そんな、どうすりゃあいいんだ」
「慌てるでない。おぬしらは、全力で娘を抑えておれ!」
「わ、分かったっ!」
男たちがベッドの上に飛び乗り、暴れ狂う少女に対して、全体重をかけて押さえつけた。しかし少女の膂力は凄まじく、男たちの拘束は、一瞬にして振りほどかれた。
「おいっ、なんかよく分からんが、俺たちも手伝ったほうがよさそうだな」
シュタインが黙ったまま頷いた。
男四人がかりで、一人の少女を取り押さえる。
とんでもない力だ。
魔法で筋力を増強していなければ、一瞬で弾き飛ばされているだろう。
完全にリミッターが外れている。
血走った眼球に、剥き出しとなった犬歯。獣じみた咆哮
必死で取り押さえている男たちの顔には、いくつものひっかき傷と打撲の痕が見えた。
男たちは血を流しながらも、賢明に彼女を取り押さえている。
「よし、そうじゃ、そのままにしておれ」
ミーネがローブの裾から、ガラス瓶を取り出した。
それが何か、すぐに気づいた。
聖水だ。
竜骨の魔力浄化に使用している聖水だ。
ミーネは、ガラス瓶の蓋を開けると、すぐさま聖水を口に含み、そのまま、勢いよく少女の口にかぶりつき、強引に聖水を流し込んだ。
少女の身体が、激しく上下に揺れた。
必死に少女の身体を押える俺たち。
瞬間、彼女の身体から、少しだけ、力が抜けていくのが分かった。
ミーネは、ガラス瓶が空になるまで、何度も何度も、彼女の口に、聖水を流し込んでいった。
やがて少女は、糸の切れた人形のように、ぐったりとベッドに沈み込んだ。
俺もシュタインも、そして二人の冒険者も、崩れ落ちるように、床の上にへたり込んだ。
さっきまでの騒がしさが、嘘のように静かになった。
「やれやれ、酒が抜けてしもうたわい」
苦笑いを浮かべながら、ミーネも床の上にへたり込んだ。
ミーネの唇からは、鮮血が滴り落ちていた。