俺には、あんな笑顔を見せたことない。
どうやら、俺の魔力量は、S級冒険者の中でも桁違いらしい。
異世界転移した直後、市庁舎で魔力量を計測した際、俺だけ計測不能だった。どうやら、市庁舎に描かれていた魔法陣では、A級冒険者までしか魔力量を計測することができないらしく、計測できなかった場合、魔力量はA級冒険者より上と判断され、結果、S級冒険者に認定されるようだ。
その後、王都の魔法大学から、より精度の高い魔法陣による魔力量の計測を進められたが、面倒なので断った。正確な魔力量が判明したところで、何がどう変わるわけでもないからだ。
ミーネいわく、俺の魔力量は、S級冒険者の中でも桁違いのようで、地道に魔法の鍛錬を続けていければ、世界一の大魔導士になることも夢ではないらしい。
さすがは異世界転移だ。
テンプレ通りチート能力が宿っている。
まあ、世界一の大魔導士を目指すつもりなど、さらさらないのだが。
異世界転移者には、総じてチート能力が宿っている。
この世界におけるチート能力とは、魔力量の多さと、稀有な属性だ。
そんな異世界チート能力者の頂点に君臨しているのが、勇者である。
勇者の魔力量は、国王直下の騎士団と魔導団、双方の魔力量を合わせても、遠く及ばない。
とんでもない魔力量である。
さらに勇者には、光属性が宿っており、光耐性が付与されている。
光属性には、強力な自己治癒能力が備わっているため、どれほど負傷しても、たちまちに回復してしまう。まさに不死身の肉体である。加えて、光耐性には、物理攻撃と魔法攻撃を半減させる能力があるため、生半可な攻撃ではダメージすら与えられないのが現実だ。
とんでもないチート能力である。
そんな、とんでもないチート能力を、とんでもないクズ野郎が持っている。
とんでもなく厄介なことである。
で、そのクズ野郎が、なぜ、ルピナスのそばにいるのか。
嫌な予感しかしない。
神経を尖らせ、警戒しながら、ルピナスの魔力を辿っていく。
狭い路地をすり抜けていき、辺りを見渡しながら、ゆっくりと表通りへと出る。
そのまま、通りを真っ直ぐに進んで行くと、遠くに大聖堂が見えた。
瞬間、一気に視界が開けた。
中央広場は、相変わらず、多くの人々が行き交っている。
そんな雑踏の中でも、美しい容姿とスタイルを兼ね備えたエルフは、ひときわ目立っていた。
ルピナスを見つけた。
そして、彼女の傍らには、胡乱な笑みを浮かべる猿顔の日本人がいた。
猿顔の男の背後には、スタイル抜群の戦士と僧侶と魔導士が付き従っている。そこにルピナスが加わると、いよいよ勇者が子猿に見えてくる。
気の毒なほど、身体は小さく見えるが、態度は呆れるほどにデカい。
凄まじい自信に満ち溢れている。
俺TUEEE感は、世界一だろう。そこだけは尊敬する。
こんな奴は、どこの職場にもいた。やたらと根拠のない自信を振り撒き、やたらとプライドが高く、やたらと他人を見下す。気に喰わないことがあると、小型犬のように喚き散らし、トラブルが起こると、小鹿のように怯えて、見て見ぬふりをする。だが、こういう奴は、やたらとずる賢いため、やたらと上司に気に入られ、やたらと出世することが多い。そして、地位と権力を振りかざして、欲望の赴くままに、職場でやりたい放題するのが定番だ。
勇者は、まさに、その典型といえる。
勇者という地位と権力を振りかざして、欲望の赴くままに、異世界でやりたい放題している。手っ取り早く世界を平和にするなら、魔王よりも先に、コイツを討伐したほうがいい。
ま、とにかく今は、ルピナスと勇者の様子を伺うことにする。
中央広場から細い路地へと戻り、建物の陰に身を隠して、ルピナスと勇者の会話に耳を傾けた。
「まさか、イースラント王国のお姫様に、こんなところで出会うとは、まさに運命としか思えません」
胡乱な笑みを浮かべ、曲芸の猿のように、大げさな動きを見せる勇者。
「あたしも、勇者さまに、お会いすることができて光栄です」
ルピナスは緊張した様子で、僅かに頬を紅潮させ、笑顔を浮かべていた。
見たこともないしおらしい姿に、急にムカッときた。
いつもの高圧的な態度はどこにいった。
すると、急に、勇者が顔を曇らせた。
「イースラントは、今、魔王軍に占領されていると聞きました」
「あ、はい、そうです」
「大変、お辛い目にあったのでしょうね」
おもむろに、ルピナスへと近づく勇者。そして、彼女の肩に、いやらしく手を乗せた。
ルピナスの身体が、ビクッと震えた。
「でも安心して下さい。憎き魔王は、私が必ず討伐してみせます。そして、貴方の故郷、イースラントを必ず取り戻してみせます。絶対です。約束します!」
勇者の言葉に、ルピナスが涙ぐむのが分かった。
俺は、胸を奥がチクりと痛んだ。
奴の言っていることは大嘘だ。
魔王を倒すつもりなど毛頭ない。
奴は、竜を狩った金で、好き放題に遊びまわることしか考えていない。
どうして分からないんだ。
今にも叫びたくなる気持ちを抑え、グッと堪える。
今のルピナスに、俺の声は届かない。
絶対に届かない。
あまりのもどかしさに、気が狂いそうになる。
「そうだ、今晩、アメルリーヒ伯のお屋敷で、晩餐会を行うのですが、どうですか、ご一緒しませんか?」
「そ、そんな、あたしみたいな冒険者が、晩餐会なんて……」
「貴方は、冒険者である前に、イースラント王国の姫です。高貴な血筋であることには変わりありません。何も引け目に感じることなどありませんよ」
ルピナスが嬉しそうにうつむいた。
「で、でも、晩餐会に参加するにしても、この恰好じゃあ……」
「安心して下さい。ドレスは、私たちで用意させていただきます」
「えっ、ああ……」
何か言いたげなルピナス。
そんな彼女に、一瞬だけ、いやらしい表情を浮かべる勇者。だが、すぐに神妙な表情へと作り変えた。
「私は、貴方の祖国のことを何も知りません。魔王を討伐するため、姫である貴方に、イースラントのことを教えていただきたいのです。恐らく魔王は、最大限に地の利を生かし、私たちの行く手を遮ってくるはずです。その時、重要となるのが、イースラントの知識なのです。お願いです。どうか、魔王を討伐するため、私たちに、その知識を分けて下さい」
勇者の言葉に心が動いたのか、ルピナスが涙を拭いながら、満面の笑みを浮かべた。
見たことのない、優しい笑みだった。
俺は、胸の奥がズキッと疼いた。
――お前のことが好きなんじゃよ!
ミーネの言葉が、胸の奥で響いた。
嘘つけ。
俺には、あんな笑顔、見せたことない。
一気に体温が冷めていくのがわかった。
急に、どうでもよくなった。
ちょっとでも期待した俺が、馬鹿だった。
俺は、満面の笑みを浮かべているルピナスに背を向け、静かに路地を引き返した。