お前のことが、好きなんじゃよ!
「まったく、おぬしは、どうしてこうも、ひねくれておるのかのう」
骨に残った肉を、犬歯で噛み千切りながら、ミーネが呆れ顔を浮かべた。
「ひねくれているのは認める。だが、アイツが、俺ばかり責めるのは、事実だろ!」
俺は続けた。
「どう考えたって、これは差別だろ!」
骨にへばりついた肉を、犬歯でこそぎ落としながら、ミーネが肩を竦めた。
「まず言っておくが、ワシらは、おぬしのことを差別などしておらん。むしろ、ワシら全員、おぬしのことを認めておる。それだけはハッキリと言っておく」
骨をガリガリと犬歯で齧りながら、ミーネが続けた。
「おぬしのように、真面目にコツコツと仕事に取り組む人間など、この世界にはそうおらん」
俺は、言葉に詰まった。
「まあ、出会った当初は、異世界人ということもあり、多少の差別意識があったのは事実じゃが、そんなもん、おぬしの働きぶりを見るうちに、とっくに消え失せたわ」
歯型まみれの骨を、テーブルに投げ、ワインをぐいっと飲み干し、ぷはあっ、とオッサンみたいな声を上げるミーネ。
この世界のワインは、ぬるい上に、やたらとかび臭くて、やたらと酸っぱいのが特徴だ。よくもまあ美味そうに飲めるものだ。
ほろ酔いかげんのミーネを見ながら、俺は、どう反応していいのか分からなかった。
皆、俺のことを認めてくれている。
こうやって、誰かに、はっきりと認められたのは、生まれて初めてのような気がする。
だが、ひねくれ散らかしている俺には、どうしても、そのことを信じることができなかった。
ルピナスが、俺を認めているとは、到底思えなかったからだ。
「どうしてアイツは、俺ばっか、責めるんだ?」
ミーネが、やれやれと嘆息した。
「おぬしは、見た目は老け散らかしとるくせに、中身はちゅるんちゅるんの童子じゃのう。いったい、今まで、どんな人生を歩んできたんじゃ?」
「どんな人生……」
大学卒業後、ブラック企業を転々として、社畜となって、それから、それから、それから、死んだ。
働いて死んだ記憶しかない。
「何を考えて生きてきたんじゃ?」
「何を考えて……」
パワハラから逃れるためにはどうすればいいのか。パワハラのない職場はどう探せばいいのか。パワハラのない職場で働くにはどうすればいいのか。
人生の大半、そんなことを考えてきた。
パワハラのない職場。
すなわち安住の仕事を探すことに、人生を賭けてきた。
それ以外のことは、考えてことなかった。
ああ、そうか。
「自分のことしか、考えてこなかったな……」
自分が生きるために必死だった。
自分のことで精一杯だった。
だから自分のこと以外、考える余裕がなかった。
違う。
考えることを拒否していた。
考えないようにしていた。
なぜ。
諦めていたからだ。
自分以外のすべてを諦めていたからだ。
「ルピナスが、お前のことばかり責めるのは、お前のことしか見ていないからじゃ」
「へっ?」
「阿保みたいな顔するのう。まだ意味が分からんのか? さくらんぼ童子も、ほどほどにせい」
ミーネが大きく溜息を吐いた。
「もう一度言うぞ、ルピナスは、お前のことしか見ておらん。だから、お前の言動や態度が気になって仕方ないんじゃ。気になって、気になって、気になりすぎて、突っかかってくるんじゃよ。お姫様は、プライドが高くて、気が強くて、不器用じゃからのう、どうしても、言葉に棘が入ってしまうんじゃ」
「そうなのか?」
シュタインの方へ顔を向けると、犬のように骨を咥えたまま、ゆっくりと頷いた。
そもそも、どうしてそんなに、俺のことが気になるのだ。
俺のことばかりを見ている。
「そうかっ、俺の粗を探して、見つけたら、すぐに叱責するためだな!」
「馬鹿たれ、いったいどんな人生を歩んだら、そんな発想になるんじゃ。もっと単純なことじゃろうが!」
「単純なこと?」
困り果てた様子で、ミーネが肩を竦めた。
「そんなことまで、ワシに言わせるつもりか?」
「そんなことってなんだよ」
ミーネは、大きなため息を吐いた。
「お前のことが、好きなんじゃよ!」